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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人

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36/141

Side:人33

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 修一は渾身の発声で、スイートルームに殴りこんだ。

 馬鹿広い室内だったが、中にいたのは三人だけだった。

 老齢の男性と、中年近い年齢の男性。

 そして、その向かいに座っていたのは、結花だった。

 修一の姿を目にとめた途端、結花は泣きそうな、でも嬉しそうな表情になっていた。

「誰だね、君は?」

 老齢の男性のほうが不機嫌そうに訊いてきた。おそらくこれが、岡本専務なのだろう。

「俺は河瀬修一といいます。御船書房で従業員をしています。」

 修一は臆することなく言い放つ。

「そうかね。その従業員が何の用かね?今、大事な話し合いの最中なのだが?」

 岡本専務は明らかに威圧的に言ってきたが、修一は怯まない。威圧感だけなら、普段から受けている莉愛のもののほうが数段上だ。

「話の内容は概ね予想がついています。そちらの息子さんと、御船さんの縁談でしょう?」

「わかっているなら、話は早い。出ていってくれないか?」

 修一は首を横に振った。

「そうはいきません。なぜなら、僕は御船結花さんを愛しているからです。だから、相手が誰であろうと、引くわけにはいきません。」

 突然の修一の告白に、結花は驚愕した。

「えっ、河瀬さん、ちょ、こんなところで!」

 あまりの急展開に、結花の思考が追い付いていない。

 すると、岡本専務が明らかな嘲笑を始めた。

「何を言い出すのかと思えば!君は御船書房で働いているだけの、従業員だろ?そんな程度の経済力で、御船さんを幸せにできるのか?子供じゃないんだから、現実を考えたまえ。」

「俺は確かに、経済力はないし、丸山さんや莉愛のように際立った特技も優秀さもない。それでも、御船さんは俺を必要だと言ってくれたし、俺は御船さんに一生かけて恩を返していきたい。だから、死ぬまで人生を共にしたいと思っています。その気持ちだけは、あなたの息子さんには、絶対に負けません。」

 修一は、あくまで静かに言い切った。

 そして、結花を見つめる。

「もちろん、御船さんが嫌じゃなければ、だけどね。」

 その瞬間、結花の目から涙が零れ落ちた。

 それが何を意味するか、晋也以外の全員が理解していた。

「河瀬さん!」

 結花は駆け出し、修一に抱き着いた。

「私も、私も一緒にいたいです!ずっと、ずっと!」

 結花は泣きじゃくりながら言った。

 修一はそれを聞いて、思わず結花を強く抱きしめてしまった。

「ありがとう。御船さんもそう思ってくれてて、こんなに幸せなことはないよ。」

「うん……」

 絶体絶命からの大逆転だったが、どちらに軍配が上がったかは明らかだった。

 だが。

「御船さん、本当にそれでいいのかね?」

 地に響くかのような低い声で、岡本専務が言った。

 途端に修一と結花の表情が強張る。

「先程申した通り、息子と夫婦になってくれれば、御船書房の将来は安定だ。だが、それを断るなら、どういうことになるか、わかるかね?」

 やはり、奥の手を使ってきた。

 こうなると、一従業員に過ぎない修一には勝ち目はない。

 修一には、だ。

「は~い修一君、お疲れ様―。凄くよかったよー。」

 重苦しい空気をぶち壊しながら入ってきたのは、莉愛だった。その後ろには丸山の姿もある。

「いやー、僕のミスが発端とはいえ、いきなりこの状況でプロポーズとか、考えてませんでしたよー。すごいっす!」

 丸山にからかわれて、修一も結花もようやく冷静さを取り戻してきた。と同時に、急に恥ずかしさも沸き起こってくる。

「いやー、ホントいいもの見れたわ、うん。一生、話のネタになるわー」

 莉愛が怖いことを言いながら、岡本親子を見据えた。

「そういうわけだから、結花ちゃんのことは諦めな。自分の権力使って息子の嫁探しなんて、だっせーからやめといたほうがいいって。」

「君は、御船書房の宣伝をしていたインフルエンサーか。」

 岡本専務が険しい表情で言った。

 どうやら、修一のことは存じてなかったが、莉愛のことは把握していたらしい。

「そーだよ。ちなみに、この修一君の従妹。だからさー、親族としては、この二人を応援したいわけ。お偉い人なんだかどーなんだか知らないけど、出来れば邪魔しないでほしんだけどなー?」

 莉愛はニヤニヤしながら、岡本専務に対峙した。

 社内の権力が通用しない位置にいる莉愛は、岡本専務にとって最も相性が悪い相手だ。

「口を慎みたまえ。まだ学生なのか、社会に出て間もないのか知らないが、目上の者への態度というものがあるだろう。社会人としてのマナーは最低限弁えなさい。」

 岡本専務が一喝したが、莉愛は萎縮するどころか、逆にニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。先程、車内で修一を戦慄させた、あの笑みである。

「社会人のマナーねぇ……その辺の女に子供孕ませて、知らんぷりしてるのって、最低限の社会人のマナーに反してないの?」

 莉愛の言葉に、初めて岡本専務の顔に動揺が生じた。

「何のことだね?」

「そこの息子、子供いるよ。」

「えっ!?」

 岡本専務だけでなく、修一と結花も同時に叫んだ。

「正確には、もうすぐ産まれるのかな?知り合いの女を孕ませて、適当な手切れ金渡して別れたんでしょ?」

「ど、どうして、それを……」

 晋也は青ざめ、唇がわなないている。

「ダメだよ~、そういうことは裏垢とかでも書いたら。結局、がんばれば特定はできちゃうんだから。それに相手のSNSもちゃんと管理しとかなきゃ。ネットリテラシーは高く持たなきゃねー」

 どうやら、丸山からの一報以来、ずっとスマホを弄っていたのは、これを調べていたらしい。もしかしたら、仕事上で知り合った人間などに、調査を依頼したりもしていたかもしれない。

「晋也、それは本当なのか!?」

 岡本専務が怒鳴りつけるように尋ねたが、晋也は俯いたまま黙り込んでしまった。

「社会人のマナー云々言うなら、結婚するべき相手は他にいるんじゃないですかー?それを、ウチの従兄のフィアンセに手を出そうなんて、黙ってられるわけないじゃないですか。何か間違ったこと、言ってます?」

 莉愛が追い打ちをかけたが、もう晋也から言葉は出てこない。

 すると、後ろに控えていた丸山が、すすすと前に出てきた。

「いやー、僕も最初にこの話を聞いた時は、信じられなかったんですよ。岡本部長にお子さんが出来てるなんて。でも、その様子だと、本当みたいですね?」

 丸山は晋也に問いかけたが、やはり返答はない。

 そこで、岡本専務のほうに水を向けた。

「岡本専務、そんな不安そうな顔をしないで下さい。おめでたいことじゃないですか!何人目のお孫さんですか?」

「く……」

「おめでたいことではあるんですけど……今のところ、この事実は社内では僕と専務と、部長本人しか知りません。僕は平和主義者なので、揉め事とか嫌いだし、誰かに言うつもりもありません。」

 流石の岡本専務も、額に汗が浮かんでいる。

「ただ、もしこれ以上御船書房にちょっかいをかけてくるというのであれば、営業担当として、黙ってるわけにはいかなくなりますね。流石の平和主義者の僕も、何らかの実力行使に出なければならなくなりますよ、多分。」

 丸山は楽しそうに演説している。

 やっていることは明らかな脅迫なのだが。

「わ、わかった。御船さんの件は諦める。それでいいんだな?」

 岡本専務がそう言うと、丸山はニヤリと笑った。

「結構です。もちろん、御船書房を他書店より冷遇するような真似が少しでもあれば、僕は平和主義者の看板を下ろしますので、そのつもりで。」

「それから、この丸公の待遇もよろしく。冷遇したり、出世の邪魔したりしちゃ、ダメだぞー」

 莉愛が付け加えた。

「わ、わかった。すまなかった。」

 岡本専務が頭を下げた。

 こちらの完全勝利だった。


「いやー、お待たせしましたー」

 ホテルの前に停めたレンタカーの中で修一、結花、莉愛の三人が待っていた。

 そこへ、へこへこしながら、丸山がやってきた。空いていた助手席に座る。

「会社の忘年会なのに、抜け出してきていいんですか?」

 修一が尋ねると、丸山は手をヒラヒラさせた。

「別にだいじょーぶです。他の担当店の人達には、挨拶を済ませてあるので、後は自由解散ですよ。それに、今日はもうあの会場にはいたくないですしねぇ。」

 確かに、ここまでやり合うと、いたくはなくなるだろう。

「じゃあ、皆さん出発しますよ。」

「はーい。」

「お願いします。」

 後部座席の莉愛と結花がお返事した。

 四人を乗せた車は、一路御船書房へ向かった。

「しかし、よくあの短時間で、あんなネタを見つけてきたな。」

 修一が感心しながら言うと、莉愛は事も無げに返した。

「本人にも言ったけど、情報管理が杜撰だったから、簡単だっただけ。悪いことする時に、あんな迂闊なことしてたら、ダメだよね~」

「でも、あんな都合のいいネタがあったからよかったものの、もしなかったらどうするつもりだったんだ?」

「まぁ、叩いて誇りが出ない人間って滅多にいないからね。大きな企業のお偉いさんの息子なんて、探しようで、何かは出ると思ってたよ。こんなわかりやすいもんが出てくるとは、思ってなかったけどね。」

 莉愛が説明すると、丸山が溜息をついた。

「しっかし、内容が内容だったなぁ。一応、ウチの部署のボスだから、これからやりにくいなぁ……あれだけ脅せば、冷遇はしてこないだろうけど。」

「そういえば、これから岡本専務と部長はどうなるのでしょうか?」

 結花が尋ねると丸山は腕を組んで、考え始める。

「そうですねぇ~……僕達に知られたままなわけだから、妊娠させた相手と結婚するんじゃないですか?」

「もしくは、私達を口封じに殺して、結花ちゃんをゲットするとか?」

 莉愛がさらっと怖いことを言った。

「マジですか!?僕まだ死にたくないんですけど!」

「現代日本でそれはリスクが高すぎでしょう。」

 修一が冷静に説明した。

「でもまぁ、脅して無理やり黙らせたとはいえ、よくは思われないだろうから、今後は僕も社内政治とかにもう少し注意しなきゃならないですね。」

 丸山は面倒臭そうだ。

「まぁ、また変なことが起きたら、あたし達に言いな。多少のことなら、何とかしてあげるから。」

 莉愛がさらりと言ってのけた。

 今回の手際を見る限り、本当にやりそうで恐ろしい。

「それより、とりあえず御船書房に向かってますけど、莉愛と丸山さんはどうします?家まで送ったほうがいいですか?」

 修一が尋ねると、途端に二人からブーイングがとんだ。

「えー!もうこの四人で忘年会やろーよー!祝勝会と修一君の突然プロポーズの冷やかしを兼ねてさー!」

「俺のプロポーズは、お祝いじゃなくて冷やかしなのかよ!」

「僕も飲みなおしたいです!さっきの忘年会より、百倍楽しいですよ!」

「わかった、わかりましたから!じゃあ、途中でコンビニ寄るんで、そこで買い出しして帰りましょう。」

「やったー」

 こうして、四人は御船書房に移動し、急遽忘年会を開くこととなった。


「ただいま、クロ」

「みゃー」

 御船書房に帰ると、クロが入口までお出迎えに来てくれた。

 修一の足にすり寄り、それから結花の姿を見つけて、どこかほっとしたような表情を見せた。

「おまえは、本当に人間の言葉をわかってるのか?」

 修一はそう言いながら、クロの頭を撫でてやった。

「修一君、早く入って!ここの裏口、狭いんだから!」

 後ろから莉愛がせっついてきた。

「わかったって。クロ、上にいくぞ。」

 修一はクロと共に二階へ上がった。


 予告通り、修一のプロポーズは、莉愛と丸山に散々冷やかされた。

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