Side:人2
原案:クズハ
見守り:蒼風 雨静
文;碧 銀魚
とりあえず落ち着いて、座布団の横に座ると、子猫はその座布団の上で、再び丸まった。
「なんか、早くも信頼されてるなぁ……」
こうなると、先程までの緊張が解けてきて、表情が緩む。
こんな小さな動物でも懐かれると、そこはかとなく嬉しくなってきてしまう。世の中に動物を飼う人が多い理由がよくわかる気がした。
ただそれだけに、このまま放っておくわけにもいかない。これから飼い続けるかどうかは別として、とりあえず世話をしないと、この小さな体は長くもたないだろう。
修一は手に持ったままのスマホで、ネット検索を開いた。
「猫、必要なもの……」
検索すると、簡単な猫の飼い方を説明したページがいくつか出てきた。
そのいくつかを目を通す。
それによると、今最低限必要なものは、餌とそれを入れる入れ物、そしてトイレだ。
「まぁ、人間と一緒か。」
どうやら、ホームセンターに行けば、一通りは揃うらしい、が。
「どーするかなぁ……」
失職しているこの状況では、かなり痛い出費だ。
このまま、追い出してしまう方が、現実的な判断に思われるが……
「……ちょっと買いに行ってくるから、おとなしく待ってろよ。」
修一は子猫にそう声をかけて、立ち上がった。
「……わかんねぇ。」
ホームセンターに来ると、途端に修一は途方に暮れた。
トイレから見始めたのだが、種類がいくつもあって、どれを選べばいいのか、わからない。しかも、トイレ単体が何種類もある上に、中に入れる猫砂も何種類もあり、素人の修一はお手上げだ。
さらに、餌のコーナーに来ると、これまた膨大な種類が置いてあり、もはや頭を抱えるしかなかった。
「猫を飼うのって、こんなに大変なのか……」
多分、普通の人とはズレたところで、修一は生き物を飼う大変さを実感していた。
結局、懐具合の都合もあり、トイレは一番安いプラスチック製のかご型のもの、猫砂は砂っぽいからという理由で、目の細かい砂状のもの、餌はドライフードと猫缶を一種類ずつ買うことにした。餌皿は、錆びにくいステンレス製のものにした。
帰ってくると、子猫は座布団の上で丸まったままだった。
「ただいま。」
と、口にして、強烈な違和感が湧いてきた。
そういえば、ここに住み始めてから、「ただいま」と言ったことは一度もなかった。
子猫はパッと顔を上げ、
「みゃー」
と、元気に返してきた。ちゃんと「おかえり」を言ってくれるらしい。
「やべ、こんな些細なことなのに、なんか嬉しい……」
修一は軽く感動を覚えた。
早速、トイレの設置を始めた。
ネットで調べると、この部屋のような間取りの場合は、玄関に設置するのがいいらしい。
風呂場で洗ってから水滴をふき取り、玄関の片隅に置いて、砂を入れる。
「これでいいのかな。」
スマホと睨めっこしながら、作業を終えた。
次いで、餌。
餌皿をリビングに備え付けられているキッチンで洗うと、ドライフードを入れ、子猫のそばに持ってきた。
「おーい、餌だぞ。食べるかー?」
子猫は立ち上がると、餌皿に近寄ってきた。
くんくんと餌の匂いを嗅ぎだす。
修一はなぜか、かなりの緊張感を以って、その様子を見守っている。
カリッと、音を立てた。
「にー……」
だが、一口だけで、子猫は食べるのをやめてしまった。
「マジかぁ……じゃあ、これはどうだ?」
修一は猫缶の方を開けた。そのまま置けて、皿がいらないタイプのものだ。
子猫はまた、匂いを嗅いで、ぺろりと舐めはしたが、やはりそれ以上は食べなかった。
「マジかぁ……あっ、待てよ。」
修一は閃き、冷蔵庫から牛乳を出した。
これならと思ったが、そこで初めて水入れ用の皿を失念していたことに気づいた。
「……仕方ないか。」
比較的使用頻度の低い小皿を出すと、修一はそれに牛乳を入れて、子猫に差し出してみた。
しかし、今度は匂いを嗅いだだけで、口をつけすらしなかった。
「マジかぁー……」
結局、牛乳を捨て、小皿に水道水を入れたところ、これだけは物凄い勢いで飲んだ。
成功したのは、これだけだった。
水以外に何も進展がないまま、夜になってしまった。
買い物も行けず、昼飯も食べ損ねたので、久々にカップラーメンの出番となった。キッチンの片隅に転がっていたものを拾ってきたのだが、賞味期限は一週間ほど過ぎている。
「まぁ、大丈夫だろ。」
お湯を入れて、三分待っていると、子猫がその様子をじっと見ているのに気付いた。
「どうした?」
修一は子猫を撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
ようやく、自然に頭を撫でられるようになってきた。
「う~ん……こいつに餌を用意できてないのに、自分だけ餌を食べるのは、罪悪感あるなぁ……」
そう思うと、若干焦りを感じた。
今のところ元気そうだが、このまま餌をちゃんと与えられないと、数日ともたないだろう。
明日には、絶対に何とかしなければならない。
かわいいだけでは、動物を飼うことはできないのだ。
「そういえば、名前どうしようかなぁ。」
ずっとこいつ、おまえで呼んでいたが、流石に可愛そうな気がしてきた。
「名前、名前……えっ、名前ってどうやってつければいいんだ?」
ペットを飼ったことがない修一は、何かに名付けをしたことがなかった。
「猫、子猫、小さい、いや、これはその内、大きくなるか……う~ん……」
そのまま、しばらく考え込んだ。子猫はその様を、横でじっと見つめている。
「……クロ、とかでいい?」
「みゃー」
結局、途轍もなく安直な名前しか思いつかなかった。
だが、子猫は嬉しそうに返事を返してきた。
「そっか、それでいいか。必ず、明日は何とかするからな、クロ。」
「みゃー」
修一がそう言うと、子猫ことクロは、元気にお返事してくれた。
とりあえず、カップラーメンはのびてしまった。