Side:人25
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
11月の月間売上は、昨年対比150パーセントを記録した。
莉愛のおかげでバスった30日単日だと、昨対300パーセントである。
「いやー、僕が入社してから、初めて見ましたね、昨対300とか。」
2日連続でやってきた丸山が、レジ締めの記録を見ながらそう言った。
12月最初の日だったが、昨日の余波で比較的客数が多かった。結花とクロががんばって客を捌き、修一は今日も100冊以上きていた通販の注文を発送して、閉店間際の今、ようやく返本作業をしていた。
「大手のチェーンとかでも、ないんですか?」
修一が尋ねると、丸山はオーバーに首を横に振った。
「全っ然!大手でも日昨対100パーセントすら見ることも、あんまりないですよ。月単位だと、本当にまったくなので、月昨対100パーセントなんて、UMAと同じですよ。」
書店業界というのは、本当に厳しい時代らしい。
「じゃあ、ツチノコ並みの価値はありそうですね、そのレジ締め記録。」
「これもらって、財布とかに入れておいたら、金運アップしないですかね?」
「本当に蛇の抜け殻扱いじゃないですか。」
修一は記録を取り上げた。本気で持って帰りそうだったからだ。
「まぁ、冗談は置いておいて、通販の在庫、品切れとかは?」
急に真面目な話題に切り替えてきた。
「えっと、いくつか、今日品切れになりました。」
猫本のほうは、コミックエッセイが売り切れた。メディアミックス本のほうは、コミックの1巻が3点品切れ、間の巻もいくつか切れていた。
「やっぱ、1巻が真っ先になくなりましたねぇ。」
「今度から、1巻だけ多めにしたほうがいいですね。」
店売りでもそうだが、コミックやライトノベルはが映像化した場合、1巻だけ買う層が一定数いる。面白ければ、続巻を買うつもり、というのが殆どだ。
「1月からのアニメ化ばっかりなので、今ならギリ、発注すれば間に合うと思います。思いきって、倍は入れておきましょう。」
「本気で俺のマンションの足の踏み場がなくなるなぁ。」
修一はぼやいた。
本格的に、御船家の二階に棲みつかなければならなくなりそうだ。
と、その時だった。
「結花ちゃーん、いるー?」
レジの方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。多分、莉愛だ。
「あっ、莉愛さん。こんばんは。」
「みゃー」
結花とクロの挨拶が聞こえる。
この前、結花には莉愛を紹介しなかったのに、いつの間にか二人は仲良くなっていた。修一が知らない間に、ここを訪問していたらしく、SNSに上がっていたクロと莉愛の写真は、その時に撮ったものだそうだ。
「行動力お化けだな。」
修一は、密かに莉愛のことをそう呼んでいた。
「あれ?あの子って、ここをバズらせた、インフルエンサーじゃないっすか?」
丸山が、バックルームの戸の隙間から覗き見しながら、修一に尋ねた。
「ああ、そうですよ。俺の従妹なんです。」
「いとこ!?インフルエンサーの可愛い従妹とか、そんな超有効手段、何で今まで放置してたんですか!?」
丸山は一声叫んで、レジの方にすっ飛んでいった。
確かに、従妹なので可愛いかとかで見ていなかったが、数少ない人脈を有効利用しようなどとは、思い至っていなかった。
「どうも初めまして、わたくし、取次の当店担当、丸山と申します。」
結花と莉愛が話していたところに、丸山は平気で割って入っていった。
「取次の担当……?」
莉愛は名刺を受け取りながら、怪訝そうな表情になっている。
「取次というのは、私達書店の取引先です。書店は取次から本を入荷して、売っているんですよ。発注とか、キャンペーンとか、色々あるので、各店には担当の社員さんがついてるんですよ。ウチの担当が、この丸山さんなんです。」
結花が簡単に説明を入れた。
「いやー、RIAさんの拡散力は凄かったですねー。おかげで、こっちは大騒ぎですよ。取次の部長レベルまで、ざわついてますもの。」
丸山はあからさまに莉愛を煽てたが、これでいい気になるほど、莉愛は軽くない。
「ふぅ~ん。まぁ、あたしは結花ちゃんと修一君の助けになれれば、いいだけだけどね。」
「ほぉ?」
不意に丸山の目が光った。
「そう言えば、通販商品がいくつか品切れになったそうですけど、発注できそうですか?」
結花が尋ねると、丸山は手でOKを作った。
「今なら大丈夫。ただ、1月アニメの作品は、今がラストチャンスなんですよ。なので、当初の倍発注しようと、河瀬さんに提案したのですが、渋られました。マンションのスペースがなくなるとのことで。」
今度は莉愛の目がキラリと光った。
「ねぇ結花ちゃん、本って売れなくても、返品できるんだよね?」
「えっ?そうですね。」
結花が頷くと、莉愛は丸山の眼前に手をパーにして翳した。
「5倍。5倍発注して。」
「えっ!?」
結花は驚愕したが、丸山は予想していたかのように、ニヤリと笑った。
元々、通販用のメディアミックス本は、各巻10冊ずつ入荷していた。これでも御船書房では破格の冊数だったのだが、5倍となると、各巻50冊である。取り上げているものアニメ化作品の1つが既刊10巻の為、これだけで500冊になる計算だ。
それが、単巻の猫本と合わせて、20作品もあるのである。
「いや~、発注自体は可能なのですが、返本できるとはいえ、果たして売れますかねぇ……?」
どこかわざとらしく丸山が言うと、莉愛はフンと鼻を鳴らした。
「通販で取り上げられてる本は、あたしがあっちこっちで紹介するし、出来るだけここで買わせるように仕向けるわ。完売させる勢いでいくから、そのつもりで!」
莉愛が丸山相手に啖呵を切った。
経営者のはずの結花が、完全に置いてきぼりだ。
「わかりました。でも、置く場所はどうします?」
丸山が、またもやわざとらしく話を振った。
「結花ちゃん、軽く引っ越し作業とか、する時間ある?」
「引っ越し??」
急な話の転換に、結花は追いつけていない。
「修一君の部屋、この前見た時に、大体全体の5分の1くらい本で埋まってたんだよね。5倍入ってきたら、部屋がいっぱいになっちゃうんじゃない?」
そこまで言われて、結花はようやく莉愛の企みに気付いた。
要は、修一のマンションを本でいっぱいにして、御船家で完全に暮らすように仕向けようというのだ。
そして、丸山は初対面にも拘わらず、一瞬で莉愛の意図を読み、協力する代わりに、ちゃっかり大量発注を取り付けたというわけである。取引先からの大量発注を取り付けたとなると、丸山の営業としての成績にプラスになるのだ。
「それは……大丈夫、です、けど……」
結花が顔を真っ赤にして、頷いた。
その返事を聞いて、莉愛と丸山は同時にニヤリと笑った。
「じゃあ、けってー!何日くらいに入荷になるの?」
「そうですねぇ……1週間前後で、順次入り始めると思います。上司にもかけあって、早めに入れられるようにしてみますので、クリスマスには、確実に入荷を終えられると思います。」
丸山は、敢えて『クリスマス』を強調した。そこは、莉愛も念頭にあったらしい。
「上出来!じゃあ、今週中に必要なものを、マンションからこっちに運び出しちゃおう。結花ちゃん、それでいい?」
「は、はい。」
結花は顔を赤らめたまま了解した。
一方、バックルームで作業を続けていた修一は、
「やったー!閉店前に、ギリギリ終わったー」
マンションから追い出されることを知る由もなく、返本作業を全うして、無邪気に喜んでいた。
修一がこの話を知るのは数時間後。
結花の手料理を前に、莉愛から世間話のついでで、さらっと話されたのだった。




