Side:人20
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
「こんにちはー、お疲れ様でーす!」
11月初旬のある日、御船書房にスーツ姿の青年がやってきた。
「あっ、丸山さん。こんにちは。」
レジにいた修一が挨拶を返した。
この丸山という青年は、御船書房の取次先の担当社員である。月に一~二回、不定期で御船書房を訪ねてきて、キャンペーンや話題の新刊の発注などの打ち合わせをしている。
当初は、結花が丸山との打ち合わせを一手に担当していたが、通販の準備が進むにつれ、最近は修一もたまに打ち合わせに参加するようになっている。
「おー!今日も元気かクロ助?相変わらず真っ黒だなー!」
丸山がソファで丸まっていたクロを撫でまわす。
この丸山は、物静かなタイプの修一とは対照的で、いつも元気で調子よく、喋りも軽快だ。だが、単なるお調子者というわけでもなく、提案は割と的確だし、お願いした仕事は、速やかに済ませてくれる。書店の担当社員というのは、営業も兼ねているので、前職が営業だった修一は、彼が若いが優秀だということはよく理解していた。
「御船さん、います?」
「はい、バックルームで作業してますよ。」
「りょーかい!お邪魔しまーす。」
丸山は意気揚々と、店の奥に入っていった。
その様子を、撫でまわされ過ぎて、毛がクシャクシャになったクロが、ジトっとした目つきで見つめている。
「お疲れさん。」
「みゃー」
修一は乱れた毛を整えてやった。
その時だった。
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
突然、入口の方から声をかけられた。
見れば、若い女性が一人、入口から中を覗き込んでいた。
「あっ、いらっしゃいませ。どうかされました?」
修一が尋ねると、女性は辺りを窺いながら、中に入ってきた。
「突然すみません。サクラテレビの新田と申しますが、こちらの書店に猫ちゃんがいると聞いて、お伺いさせて頂きました。」
「サクラテレビ?」
確か、地元ローカルのケーブルテレビ局だ。
「主な事業は地上波及びケーブルテレビ放映とインターネット関連事業なのですが、『週刊サクラチャンネル』という自主制作番組も放映しています。今回、そのワンコーナーでこの辺りのロケ取材を行っていたのですが、商店街の方で聞いたところ、最近、この書店の黒猫が大人気との話を聞きまして、取材させてもらえないかと思ったのですが。」
新田が丁寧に説明した。
見れば、入口の方に、カメラマンと音声、あとディレクターと思われる男達が屯している。
「その黒猫はこの子ですけど、取材は店主に訊いてみないと……」
そこまで言いかけたところだった。
「オッケーですよ!もちろん!もう、どんどん取材しちゃって下さい!」
奥から丸山が走りこんできた。
打ち合わせをしていたと思われる結花も、何事かと出てきた。
「いや、丸山さん、そんな勝手に……」
「河瀬さん、何言ってるんですか!ケーブルテレビとはいえ、こんな宣伝の機会はないでしょ!ちょうど、通販も始めることだし!渡りに船ですよ!御船さんも、いいですよね?」
急に話を振られて、結花は戸惑いながら頷いた。
「そうですね。別に私は構いませんが……」
「じゃあ、決まりで!」
そう言うと、丸山は新田や、後ろのディレクターと何やら話し合いを始めた。
取り残された修一と結花は、その様子を呆然と見つめている。
「なんか、丸山さんが仕切って、バンバン話を進めてますね。」
「丸山さんは、こういうイベント事が大好きですからね。会社の忘年会とか、歓送迎会もああやって仕切っていくらしいですよ。他の社員さんが言っていましたけど、便利は便利らしいです。」
確かに、撮影の手筈やインタビューの内容が、瞬く間に決まっていく。
「じゃあ、段取り決まったんで、御船さんのおインタビューからお願いしまーす!」
丸山が号令をかけて、撮影が始まった。
「疲れた……」
修一は入口のシャッターを閉めた瞬間、つぶやいた。
結局、あれから三時間余り、撮影や取材、インタビューが続いた。当然、荷物の仕出しや返本作業が大幅に遅れ、修一は閉店まで残業となった。
だが、丸山が仕切ってくれたおかげで、撮影自体はスムーズ且つ順調に進んだ。クロもいつにも増して、カメラの前では愛嬌を振り撒いてくれたので、ディレクターやインタビュアーの新田は大満足で帰って行った。
「ああいう取材って、事前に申し込みとかるもんだと思ってました。」
修一がぼやくと、結花が苦笑いで返してきた。
「地上波のテレビ局とかだったら、そうらしいですけどね。ローカル局の自主制作番組ですから、殆ど個人製作に近いものらしいですよ。」
「でもまぁ、たまたま丸山さんがいて、助かりましたね。」
「そうですね。」
結局、丸山は撮影が終了するまで付き合ってくれた。新田達が帰ってから、打ち合わせの続きを済ませ、上司に連絡を入れて、直帰していった。
調子はいいが、仕事ができるのが、改めてよくわかった。
「丸山さんって、あそこまで仕事ができるのに、何でウチみたいな小さい書店が担当なんでしょうか?」
修一が尋ねると、結花は少しむくれて見せた。
「小さい書店?」
「あっ、すみません!悪気はないです。」
「……別に事実だし。」
と、前置きをしてから、
「丸山さん、まだ入社二年目だから、ウチを含めて小さい書店を担当して、経験を積んでる段階なんですよ。でも、あそこまで色々こなせるなら、その内大きな書店とかチェーン店とかの担当になっていくんじゃないでしょうか。」
確かに、今日の臨機応変な対応は、なかなか出来るものではない。丸山が即席で作った取材プランも、ほぼそのままテレビ側に採用されていた。
「近い将来、御船書房の担当じゃなくなっちゃうんですね。」
それはちょっと寂しいし、シンプルに不安にもなる。
「何を言ってるんですか、河瀬さん。丸山さんがステップアップしていくなら、ウチもそれに合わせて、取次にとって重要な書店になっていけばいいだけのことです。その為にも、クロちゃんの売り込みや、通販をしっかりやらないと!」
結花は元気よくそう言った
「確かに、御船さんの言う通りですね。」
修一は、結花のこういう前向きなところには恐れ入るしかなかった。




