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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人

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22/141

Side:人19

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 それからというもの、クロは開店準備の為に結花や修一が一階に降りる時に、一緒に降りてくるようになった。

 階段へのドアを開けると、自分から下に降りていき、自然と定位置となったレジカウンター台の片隅に陣取る。開店準備が終わり、客が入ってくると、ちゃんと愛想を振り撒く。

 それが定番となった。

 そこで、箱型の猫用ソファーを購入し、定位置に置くと、クロはそこで寛ぎながら、客を待つようになった。

 当初は、脱走も考えられたが、まったくその様子はなかったので、10月に入る頃には、修一も結花もクロを常に見張る必要はなくなった。また、トイレに行きたくなったり、餌や水がほしくなったら、スッとレジから離れ、二階に上がって自分で済ませ、また一階のレジに戻ってくるようにもなった。

 おかげで、10月後半に入った今では、クロはまったく手がかからなくなり、御船書房内を自由に動き回るのが当たりまえとなっている。

 一応、積み重ねた本や台車など、クロが巻き込まれたりしたら危ないものには気を付けていたが、クロはそういうところには、近付かなかった。

「おまえは本当に賢い猫だなぁ……」

 修一が感心しながら撫でてやると、

「みゃん!」

 と、クロは誇らしげに鳴いてみせた。

 それで肝心の売上だが……


「第二回、御船書房経営対策会議ぃー。」

 不定期開催の経営対策会議の開催宣言がなされたのは、10月最後の日の夜だった。

 前回と同じく、夕食時である。

「今回は売上の報告をします。まず、月の後半からクロちゃんが店に出始めた9月は、昨年対比約120パーセント、ほぼフルで店にいてくれた10月は、昨年対比150パーセントとなりました!いぇーい!」

「い、いえい……」

 珍しくテンションが高い結花に、修一が若干ついていけていない。

「御船さん、それは、結構凄いことなんですか?」

「そうですね、凄く凄いことです。どれくらい凄いかと言うと、今年の月別昨年対比は、1月が82パーセント、2月が79パーセント、3月が86パーセント、4月が91パーセント、5月が89パーセント、6月が77パーセント、7月が82パーセント、8月が72パーセントでした。それからすると、飛躍的な売上です!」

「月別昨年対比って、去年の同じ月と比べてってこと?」

「そうです。つまり今年の1月は、昨年1月の売上の82パーセントの売上しかなかったということです。ちなみに、私が経営を引き継いでから、月別昨年対比で100パーセントを超えたのは、先月9月が初めてです。」

 それは相当きつい状況だったことが、営業職をやっていた修一には容易に理解できた。

 例えば、一昨年1月の売上が100万円だったとして、昨年1月が80パーセントだとしたら、売上は80万円。今年は更にその80パーセントだとしたら、売上は64万円。月別昨年対比が100パーセントを超えたことがなかったということは、そういう状態が数年続いていたということだ。

 結花が一か八かで通販を始めたいというのも、わからないでもない。

「それは、クロ様様ですね。正直、クロを見たいが為に、こんなに人が来るとは思いませんでした。」

 クロの人懐っこい性格や愛嬌ある顔立ちもあるだろうが、それにしてもクロ目当てで来た人の、”ついで買い率”が高い。食品や煙草と違い、本はそれほどついで買いされる性質のものではないのだが、これは駅前立地尚且つ商店街立地だというのもあるかもしれない。

「今のところ、クロちゃんがストレスを感じている雰囲気もありませんし、危険なことに遭うこともなさそうなので、このままクロちゃんの自由にさせておこうかなと思います。」

「確かに、疲れたら自分で二階に退避してるみたいですしね。」

 たまに、店内に人が犇めき合うと、二階に上がっていくことはあるが、そういう時は、無理に降ろしてきたりはしないようにしている。大体、数分から数十分で、勝手に戻ってくる。

 本当に、二人の手がかからないようにしてくれているみたいだ。

「そういえば、通販サイトのほうはどうですか?」

 結花が話題を変えてきた。

「11月中には、稼働させられます。目下の問題は、俺の写真技術と画像加工技術の未熟さです。」

「どういうことですか?」

 結花が目を瞬いた。

「実は、クロが御船書房の顔みたいになったので、先立って作っていたSNSアカウントに店の外観と共にクロの写真を載っけています。ただ、俺が写真を撮ったことが殆どなかったので、うまく撮れなくて、現状微妙な写真しか載っていません。サイトの方にも、クロの画像を使おうと思ってるんですけど、なかなかうまくいっていません。」

 修一は面目なさそうに報告した。

「スマホのカメラとか、使わないんですか?」

「まったく。」

 修一には、写真を撮る習慣はなかった。男性ではそれほど珍しくないことだが、結花にはそれが意外だったらしい。

「そうなんですか……クロちゃんの写真ねぇ……」

 結花はおもむろにスマホを取り出すと、クロを修一の膝から降ろし、適当にカーペットの上に座らせ、スマホを構えると、5秒ほどでパシャリと撮った。

「こんな感じですね。」

「えっ!?うまっ!」

 さっと撮ったようにしか見えなかったが、修一がこれまで撮ったどのクロの写真より、綺麗に撮れていた。

「何でそんなにうまく撮れるんですか!?」

「ん~、慣れ?河瀬さんがいない時は、何度かクロちゃんを撮ってますし、自分の家なので、照明の角度とか、明るさとかは熟知しているので。」

 結花はさらっと言ってのけた。

「これはもう、撮り慣れてるかどうかだなぁ、単純に。」

「あと、加工すれば、こんな感じに……」

 これまた、一分足らずスマホを弄り、色味を調整した上で、色々デコレーションして、再び画像を見せてきた。

「御船さん、写真の担当をお願いします!」

 というわけで、SNSと通販ページの写真は、結花が担当となった。

「そういえば、通販のラインナップは決まりました?」

「はい、一応は……」

 この二か月ほど、取次先と相談したりもしているが、やはり世の全ての本を網羅するタイプにするのは現実的ではない、という話になっている。いくつかの本をピックアップして、通販するしかないのだが、そうなると問題は、どこの通販でも買える本を如何にして、御船書房のサイトで買ってもらえるようにするかである。

 結局、当初の構想段階からの課題である、この点がクリアできずにいる。

 一応、修一が考えた対策としては、話題の新刊と、メディアミックス作品の品揃え、という案がある。この二つは、リアル書店でも大手ネット通販でも、品切れになることが高いので、御船書房のような零細の通販サイトでも、見付けて買ってもらえる可能性があるのだ。

 ただし、この方法にも問題はある。

 まず、新刊だが、これは基本的に御船書房側から冊数を指定することはできない。日本の出版業界は独自の委託販売制を採用しており、新刊の配本数は取次が決める形になっている。一部例外はあるが、基本的に販売実績に応じて取次が書店をランク分けしており、それに応じて、新刊数が決められる。

 つまり、御船書房のような弱小の書店は、話題の新刊であっても、配本数が少ないのだ。これでは、通販しようにも、在庫が確保できない。

「新刊がすぐに入ってくるように、発注することはできませんか?」

 修一が尋ねると、結花は首を横に振った。

「発売日に発注しても、話題の新刊は取次にも出版社にも在庫がないことが殆どなので、入ってくるのは数日から数週間後ですね。運が悪いと重版待ちになり、数か月先になって忘れた頃に入ってくることもあります。」

 現状の委託販売制度下では、売上数が高い大手チェーン書店が新刊獲得という点では有利過ぎて、対策がないとしか言いようがない。

「で、メディアミックス作品についてですが……」

 実はこちらも、あまり明るくない。

 まず、第一の壁としては、メディアミックス作品が多すぎる点にある。

 一言にメディアミックスといっても、アニメ、ドラマ、映画などと色々あり、アニメだけでも30本くらいを入れ替わりで放送し続けている。

「まぁ、コミカライズとかノベライズはそれほど売れないので、本が原作になっているものだけに絞ればいいとは思いますが、それでも数は結構あります。」

「そうですね、棚に並べるのも大変ですしね。」

 第二の壁としては、売れるかどうかが賭けになる点である。

 残念ながら、メディアミックスすれば全ての本が売れるわけではなく、映像化がコケれば、原作は全然売れないことが珍しくない。

例えば、二か月ほど前、実写映画化した小説を10冊入荷して、ポップ付きで展開してみたが、週間興行収入ランキングのベストテンには一度も入らず、御船書房では今日に至るまで1冊も売れていない。スペースの問題で、半分の5冊を昨日返本した。

 しかも難しいのは、映像化が成功しても、なぜか原作本は売れないということもあるし、逆に映像化がそれほどヒットしていないのに、妙に原作本が売れる、という現象もしばしば起こるのだ。

 となると、御船書房のスペースを考えると、ピンポイントに原作本が売れるだろう映像化作品を予想して、それを放映もしくは放送開始前に大量に入荷する、という離れ業をしなければ、収益にならない。

 では、映像化のヒットの有無にかかわらず、とりあえず売れ始めたら、発注を入れればいいのではないかと考えがちなのだが、ここで立ちはだかるが、第三の壁である。

 これは新刊と同じで、発注しても、ランクが高い大手出版社に優先して配本される為、御船書房のような弱小の書店は長期間入荷できない、という点である。

 入荷した頃には、放映や放送が終わり、旬が過ぎて売れなくなってしまうという現象が起きてしまい、行きつく先は返本である。

「いずれにしろ、売れるものを見極めて、入荷する術が必要ですね。」

「なるほど……」

 結花は修一の報告を聞いて、うんうんと唸り始めた。

 すると……

「みゃーん」

 急に、クロが長めに一鳴きした。

 自然と二人の視線が、クロのほうに向いた。

「あっ」

 不意に結花が声をあげた。

「どうかしました?」

 修一が尋ねると、結花はぐっと身を乗り出してきた。

「猫関係の本で固定フェアをサイト上で組むのはどうでしょうか?」

「どういうことですか?」

 書店員の経験が浅い修一には、意味を理解しきれなかった。

「通販サイトも、クロちゃんの写真を載せるつもりじゃないですか?でしたら、しっかりと猫書店として売り出して、常に猫関係の本を強化して売るんですよ。猫関係の本はメディアミックス作品と違って、発注すればいつでも希望の数が、数日以内に入ってきます。どこまで売れるかは、クロちゃんの売り方次第ですが、その為にSNSでクロちゃんの写真とか、動画とかをあげて、たくさんの人に知ってもらえるように仕掛けていけば、もしかしたらいけるかもしれません。」

「なるほど……つまり、クロをネット上でアイドル猫にして、それに肖って猫本を売ると、そういうことですか。」

「もちろん、先程のメディアミックスも並行してやっていって、狭いけど売れる通販サイトにしていってはどうでしょうか。」

「そっかー……思いつきもしなかったです。」

 この辺りは、書店員歴が長い結花の勘のようなものだが、そもそもの経営者は結花であるし、修一としても、しっくりくるものではあったので、勝負してみるのもいいかと思った。

「じゃあ、通販サイトはその筋で進めていきましょう。」

「わかりました。」

 これでようやく、話がまとまった。


 会議及び夕食後、修一はクロに話しかけた。

「クロ、おまえアイドルとかできるか?」

「みゃー」

 お返事は元気な鳴き声だった。

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