Side:人15
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
勤務終了後、修一は一旦マンションに帰り、着替え等をカバンに詰めると、御船書房にとんぼ返りした。
「戻りました。とりあえず、上にいますので、閉店する時、呼んで下さい。手伝いますので……」
「別に勤務時間ではないので、閉店作業はいいですよ。」
「いえ、その、泊めてもらうので、そのくらいは……」
修一はそれだけ言って、二階へ向かった。
リビングに入ると、クロがお気に入りの座布団で丸まっていた。これも修一の家から持ってきたのだ。
「クロ、大人しくしてたか?」
「みゃん」
クロはちゃんとお返事してくれた。
部屋の中を見渡すが、家具や物を落としたり倒したりはしていなさそうである。カーペットや壁に引っ搔いた跡もない。
今朝の脱走が嘘のような、お行儀の良さだ。
「おまえのおかげで、ここに泊まることになっちまったぞ。女の子の部屋に入るだけでもドキドキだったのに、怒涛の展開過ぎるぞ。」
「みぃ?」
「いや、別に嫌とか、そういうわけじゃないんだけどさ。」
恨むべきは自らの人生経験の乏しさである。
クロが来る前は考えたこともなかったが、この人生ノウハウの少なさで、何で恙なく生きていると思えていたのか……今となっては、不思議でならない。
「まぁ、その辺りの不具合で、起きれなくなったんだろうけどなぁ……」
修一はクロの頭を撫でた。
二十時になり、閉店作業が始まった。
結花は遠慮して修一のことを呼ぼうとしなかったので、修一は自ら一階に向かい、閉店作業を手伝った。
閉店後、二人は二階へ戻り、結花が手早く夕食を準備してくれた。
「今日はすみません。どうしても、一人だと不安になっちゃいまして……多分、河瀬さんがいてくれれば、クロちゃんは脱走しないと思うので。」
「まぁ、それはそうですね。」
修一は膝の上に落ち着いているクロに視線をやった。満足そうに丸まって、あくびをしている。呑気なものだ。
「今朝……」
不意に結花が声のトーンを落とした。
「今朝、クロちゃんがいないってわかった時、頭の中が真っ白になっちゃいました。クロちゃんが見つからなかったり、もしものことがあったりしたら、河瀬さんは悲しむだろうし、怒るだろうなって……そうなったら、もうここには勤めてくれなくなるんじゃないかって……その瞬間、私は愕然としたんですよ、自分自身に。」
「えっ?どうしてですか?」
修一には、話の真意が読めない。
「クロちゃんの安否を第一に考えなきゃならないのに、真っ先に考えてたのが、自分がまた独りぼっちになるかも、ということでした。もし、クロちゃんが見つからなかったら、似たような黒い子猫を探してきて、誤魔化そうかと……そこまで、一瞬思ってしまいました。」
「……」
「……」
修一だけでなく、クロまで神妙な顔で結花の話を聞いている。
「酷いですよね……そんなの、誤魔化せるわけないのに。自分がそんなに浅ましいことを考える人間だなんて、思ったこともありませんでした……」
結花は自虐的な笑みを浮かべた。
「それでも……そこまでしてでも、独りになりたくなかった……私は多分、そう思ってたんです。自分は孤独くらいじゃへこたれない、強い人間だと思ってたのに……」
結花はまた涙目になってきた。
修一はその様を見て、何か言わねばと、必死に頭を回した。が、気の利いた言葉は全然出てこない。
ならば、自分の気持ちをストレートにぶつけるしかない。
「……御船さん、すみません。このタイミングでこう言うのは、場違いかもしれませんが、俺は今、猛烈に嬉しいです。」
「え?」
涙目の結花がキョトンとした。
「えーっとですね、俺はこういうのを、うまく言語化できない朴念仁なので、誤解はしてほしくないんですけど……」
そう、前置きをしてから、修一は腕を組み、必死に言葉を捻り出し始めた。
「俺は普通の家庭で普通に育ったんで、孤独を感じたことはなかったし、離れて暮らしてますけど、両親も健在なので、御船さんみたいに、物凄く寂しいと感じたことはないんですけど……」
「はい。」
結花は真剣に聞いてくれている。
「でも、誰かに必要だとか、いてほしいとか言われたこともなかったんですよ。前職も、結局俺が辞めても、すぐに代わりの担当者が引き継いでくれたし、学生時代とか、友達らしい友達はいなかったし……そこら辺にいる、代わりがいくらでもきく、モブでしかなかったというか、何というか……」
修一は視線をクロのほうに落とした。
「多分、俺を必要としてくれたのって、クロが生まれて初めてだったんですよ。何で俺だったのか、わかりませんけど。だから、クロのことは、何としても守らなきゃって思ったんです。」
そこまで言うと、修一は頭をぽりぽりと掻いた。
「ところが、いざやろうとすると、全然ダメで、御船さんに経済面まで含めて、頼り切りになってしまって、情けない限り、という状態です、ハイ。」
「そんなことありませんよ。河瀬さんがクロちゃんのことを何とかしようとして、ウチに本を買いにきたり、私に飼い方を訊いてきたりしたから、今があるんです。そこを恥じる必要はありませんよ。」
結花がフォローを入れると、修一はスッと結花のほうに視線を移した。
「でも、その御船さんが、俺にいなくなってほしくないと思ってくれていた……それが、俺は嬉しいんですよ。ただただ、頼り切りになってなかったなって……役に立ててるんだなって思えて。」
結花は少し驚いたのかのような表情になった。
修一は構わずに続ける。
「俺のことを頼りにしてくれたのは、クロが初めてで、人間では御船さんが初めてです。だから、不慣れだけど、俺は俺を頼りにしてくれる存在を、全力で支えたいし、出来ることは、精一杯やります。」
「……でも、その私は思ったよりも、卑怯なことを考える女ですよ?」
結花は卑屈な物言いをしたが、修一は首を横に振った。
「それは、卑怯とか、浅ましいとかじゃなくて、単に未熟なだけです。当たり前です、俺よりいくつも年下だし、なんだったら、俺の方が御船さんより精神的に未熟まである。今回、それを実感できたこと自体が収穫だし、それを加味して、自分自身の在り方を、どうしていくか考えることが、成長なんじゃないですか?」
結花はハッとしたように目を見開いた。
だが、言葉を捻り出すことに必死な修一は、それに気付いていない。
「だから……えーと、共に成長しようとか、成長を手助けしますとか、そんな大それたことは言えないんですけど……」
「私の成長、そばで見守ってくれますか?」
結花が助け舟を出した。
「あ、そうですね、それくらいなら、俺にもできます。すみません、まとまりがなくて……」
修一が情けなさそうに再び頭を掻くと、
「みゃん!」
クロが元気よく相槌を入れた。
「クロちゃんも、手伝ってくれるの?」
結花がちょっと意地悪そうに言うと、クロはいつもの、眉間にシワを寄せた表情になった。
「大丈夫、クロもわかってくれてますよ。」
修一はそう言って、クロの頭を撫でた。
その晩、修一はリビングに布団を敷いて、寝ることとなった。
クロは当然、修一の布団に潜り込んできたので、二日ぶりのぬくもりを感じながら、修一は眠りに落ちていった。




