表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/141

Side:人13

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 退勤後、修一は家に帰り、クロに話しかけていた。

「クロ、ようやくここに慣れたところ申し訳ないけど、引っ越しだぞ。」

「にぃ?」

 クロは首を傾げた。そこはかとなく、言っていることは理解しているらしい。

「もしかしたら、おまえは暮らしにくいかもしれないけど、御船さんのところに行くことになる。ごめんな、俺に甲斐性がなくて。」

 結局、修一は結花の提案を受け入れることにした。というより、それ以外に選択肢がなかった。

 御船家は数年前まで猫を飼っていた、というのは修一も聞いていたが、どうやら店舗二階の住居スペースで飼っていたらしい。虹の橋を渡って数年経つが、住居スペース内はそれほど変えていないらしく、猫が触って危ないものなども、殆どないそうだ。

 二人掛かりなら、数時間あれば整えられるとのことである。

「俺がいなくても、御船さんと仲良くするんだぞ?もうちょっと、愛想よくしろよ。」

「みぃー……」

 本当に言葉がわかっているのか、クロは渋い表情になった。

 これは先行きが心配だ。

「本当にすまん。これしか手がないんだ。」

 修一がそう言って頭を下げると、クロは渋い表情のまま、膝の上に乗ってきた。


 引っ越しは二日後、客数が少ない日曜日にすることとなった。

 店は十五時で閉め、それから引っ越し作業となる。

 修一は時間より早めに御船書房を訪れ、閉店作業を手伝ってから、作業開始となった。

「では、まずは二階へどうぞ。」

 結花に促され、修一は二階へ向かった。

 修一がここに勤め始めてから二か月以上経つが、実は二階へ上がるのは初めてだ。階段脇のロッカーまでは毎日来ているが、そこから先は完全に未知の領域である。

 同年代の女の子の部屋に入ったことすらない修一は、ちょっとだけドキドキした。

 二階へ登ると扉があり、そこを開けると住居スペースが広がっていた。

 入ってすぐはリビングになっており、左手にキッチンへ続く引き戸、右手は窓、奥に廊下へ続くと思われるドアが二つある。配置からして、奥の扉から廊下へ出ると、風呂やトイレがあるのだろう。スペース的にもう一つ奥に部屋がありそうだが、そこが寝室だろうか。

 とにかく、修一が住むワンルームマンションよりは、かなり広い。

「とりあえず、荷物はそこにでも置いておいて下さい。」

 結花に指示されて、周知は持ってきたカバンと、持てるだけ持ってきたクロの用品をリビングの片隅に置いた。

 思ったより部屋内は簡素なデザインの家具しかなく、いわゆる『女の子女の子』した部屋ではなかった。まぁ、二年前まで父親と暮らしていたのだから、当たり前かと、修一は思い直した。

「しっかり片付いてますね。流石だ……」

「いえいえ、普段はもうちょっと散らかってますけどね。ここ二日でがんばって片付けました。あんまり物を置いておくと、クロちゃんが触ったり、下敷きになったりして、ケガしちゃいますから。」

 確かに、猫は好奇心が旺盛な生物なので、やたら色々触りたがる。特に、ここ数週間は、成長に合わせて行動力も増してきて、変な悪戯をされることもしばしばである。

「ありがとうございます、ここまでして頂いて……」

 修一は申し訳なさでいっぱいだったが、対して結花はウキウキである。

「っ全然大丈夫です!久しぶりに猫のいる生活なので、とっても嬉しいです。」

 結花がこう言ってくれるのが、せめてもの救いだった。


 それから、二人で修一の家へ向かい、残りのクロの用品を持ち出した。

 結花と出逢った初日に買って以来、それほど物は増えていなかったので、手分けすれば全て持つことができた。

「みぃい?」

 クロがずっと怪訝そうな顔で見ている。

 自分が使っている用品を持っていかれるのだから、不安で仕方がないのだろう。

「ちょっと待っててくれな。」

 修一はクロにそう言い残し、結花と共に部屋を出た。

 そのまま御船家へ行き、トイレ等等、必要なものを設置していく。

 リビングの奥の扉の向こうはやはり廊下になっており、左手にトイレ、洗面所、風呂場があり、右手に寝室と思われる部屋へのドアがあった。

「リビングのセッティングと、トイレはこれでいいですね。残りは寝室の方に置いておいてもらっていいですか。」

「は、はい。」

 結花に言われて、修一は寝室のドアに手をかけた。が、

「あ、あの、寝室に俺が入ってもいいんですか?」

 流石に躊躇われて、修一は尋ねた。

「別に大丈夫ですよ、見られてまずいものはありませんから。あっ、でも、タンスは開けないで下さい。下着とか入ってますので。」

「開けません!開けません!」

 修一は大慌てで首を横に振ってから、何かに怯えるように、そろりそろりと、寝室に入っていった。


 一通り、セッティングが終わると、今度は修一が一人でマンションに戻った。いよいよ、クロのお引越しである。

「クロ、それじゃ行こうか。」

 唯一残してあったキャリーケースにクロを入れようとしたが、

「みぎゃー!!」

 これまでになく、クロは激しく拒絶した。

 短い脚を出来るだけ大きく開き、ケースに入るまいと踏ん張る。

「おい、わがまま言わないでくれよ。」

 しばらく格闘したが、クロは頑としてキャリーケースに入らない。

 仕方なく、修一はクロを自らの膝の上に乗せた。

「クロ、このままだと俺もおまえもここで暮らせなくなるんだ。」

「みっ!」

「だから、おまえを守る為には、ここを出るしかないんだよ。わかってくれよ。」

「みっ!」

「まぁ、悪いのは俺なんだけどさ。」

「みぃ!」

「御船さんが助け舟を出してくれただけでも、幸運だったと思わなきゃ、な?」

「みっ!」

「おまえの気持ちをわかるけどなぁ……」

 そう言って撫でてやると、クロの体からようやく力が抜けた。

 喉をゴロゴロと鳴らし、修一に頭をスリスリしてくる。

「まぁ、観念してくれ。」

 次の瞬間だった。

 修一は弛緩したクロの体を、素早くキャリーケースに放り込んだ。

 油断していたクロは抵抗出来ず、そのままキャリーケースの蓋を閉められてしまった。

「みぎゃー!!」

 慌てて叫ぶクロだが、既に後の祭り。

 修一にキャリーケースごと持ち上げられ、住み慣れたワンルームを出ることとなった。


「クロちゃん、いらっしゃーい!」

 御船家では、ニコニコ顔の結花が待ち受けていた。

「今日からお世話になります。」

 クロに代わって、修一がそう言った。

 キャリーケースの蓋を開けるが、クロはまったく出てこない。

「クロちゃーん、出ておいてでー?」

「クロー?」

 結花と修一が呼びかけるが、クロは中で丸まって出てこない。こういう時は、気に食わないことがあって、不貞腐れている。

「出てくるまで待ちましょうか?」

 修一が溜息混じりにそう言うと、結花は勢いよくキャリーケースを掴んだ。

「いーや、待てません!」

 そう言うなり、キャリーケースを素早く解体し始めた。このキャリーケースは、上部を解体して取り外せるようになっているのだ。

 あえなく、ケースは解体され、立てこもっていたクロは、結花に鷲掴みにされた。

「みぎゃー!」

 クロはジタバタとするが、結花は離さず、リビングの真ん中まで連れて行った。

「はい、ここが今日からクロちゃんのおうち。よろしくね。」

 クロはリビングの真ん中に降ろされ、不安そうに周りを見渡すと、すぐに修一の元に駆け寄ってきた。

「はいはい。」

 修一は腰を下ろし、その膝の中にクロが潜り込む。

「慣れるまで、しばらく時間がかかりそうですね。河瀬さん、このまま夕飯を食べていきます?」

「あっ、すみません。そうします。」

 結局、結花が夕飯の用意をし、食べ終わるまで、クロはずっと修一の膝から離れなかった。


 夕食後、夜も更けてきたので、修一は帰ろうとしたが、そこでまた一悶着起きた。

「クロ、もう帰らなきゃ……」

「みぎぃー!!」

 最近生えてきた爪を必死にたて、修一の膝から離れないのだ。

「クロちゃん、わがまま言わないの。」

 結花も手伝って、ようやく修一の膝から引き剥がしたが、クロは尚も抵抗する。

「これは、河瀬さんの姿が見えているとダメですね。」

「わかりました、クロのことお願いします。」

 修一は結花に頭を下げ、そそくさと御船家を後にした。


「ただいまー、って、もうクロはいないんだった。」

 マンションに帰るなり、修一は思わず自分にツッコミをいれてしまった。

 ほんの二か月余りだったが、帰ったら「ただいま」を言うのが、すっかり習慣になっていた。

 カバンを下ろしてリビングに腰を下ろし、テレビを点ける。

 いつもなら、クロがちょっかいをかけてきたり、膝に乗ってきたりするのだが、それがないのが、途轍もなく空虚に思えた。

「今日から、また一人なんだなぁ……」

 御船書房に出勤すれば、もちろん会えるのだが、帰って誰も待っていないというのは、想像以上に寂しいものだった。以前はこれが当たり前だったはずなのに、一度誰かが待っている状態を経験してしまうと、それが耐え難くなってしまうものらしい。

「猫は麻薬みたいだなぁ……」

 修一は誰ともなくつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ