Side:人12
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
『住民の皆様へ
このアパートで動物を飼育している人がいるのではないか、という連絡を最近いただいております。
当アパートは、動物の飼育が禁止となっております。
もし、飼育されている住民の方がいらっしゃいましたら、すぐにお止めいただきたいと存じます。
拒否されれば、契約に則り、退去していただくこととなりますので、宜しくお願いします。』
出勤しようとした時、入口のポストにそんな内容の紙が放り込まれているのに気付いた。
大家が書いたものだろう。多分、全室放り込まれている。
「マジか……」
まだ時間に余裕はあったので、修一は慌てて部屋内に戻り、契約書を引っ張り出した。
契約書を見たのは、入居以来だった。
「……マジだ。」
契約書には結構な文章量があったが、その片隅に『動物、ペット等の飼育は不可とする。』という一文があった。契約書など、読み飛ばしてしまい込んでいたので、まったく気付いていなかった。
そもそも、入居当初はペットを飼うなど、夢にも思っていなかったので、印象にすら残っていなかったのだ。
「……どうする……」
こうなると、選択肢は二つだ。
このまま隠し通すか、ここを出て引っ越すか。
だが、前者はこの手紙が放り込まれた時点で、押し通せる可能性は低い。クロが結構元気な猫であることも考え併せると、早晩バレてしまうと考えたほうがいい。
そうなると、引っ越ししか、選択肢はないが……
「みぃい?」
いきなり部屋に戻ってきた修一を、クロが怪訝そうに覗き込んでいる。
修一は寄ってきたクロの頭を撫でると、大きく溜息をついた。
「……大丈夫。必ず何とかするから。」
「引っ越しですか?急に?」
仕事の合間に、修一が今朝のことを伝えると、結花からは予想以上のオーバーリアクションを返ってきた。
「そうなんです、急遽なんですけど……」
「どうしてですか?」
「実はですね、」
「どこに引っ越すんですか?」
「いや、それはまだ、」
「ここは辞めちゃうんですか?」
「いえ、その、」
「いつまで、今のところに?」
「あ、あの!御船さん、落ち着いて下さい。」
怒涛の質問攻めを、修一はやっとの思いで堰き止めた。
「あ。すみません、つい……」
なぜか結花がシュンとなる。叱られた後のクロみたいだ。
「実は、俺のアパート、動物の飼育禁止だったんですよ。」
「そうなんですか!?」
結花からまたオーバーリアクションが返ってきた。
「いや、普通把握しておけよ、っていう話なんですが、全然気付いてなくて……今日、大家からと思われる手紙で、注意勧告がきました。このままだと、退去するしかないんですよ。」
「それで引っ越し、というわけですか。別に遠くに引っ越して、ここを辞めるわけではないんですね。」
結花としては、やはりそれが気がかりだったのだろう。話を聞いて、ほっとしたようだ。
「ただ、問題は……」
「お金ですか?」
「恥ずかしながら……」
最近まで無職だったので、引っ越し資金がない。
一応、給料日は二度あったが、クロにかかるお金もあり、貯金は減り続けている状態だ。
「あと、引っ越し先も問題でして……」
「引っ越し先?」
一応、昼休憩の時間に、近くで猫が飼えるアパートかマンションを簡単に探してみたのだが、とにかく物件が少ない。犬や金魚なら飼える物件は結構あるのだが、その殆どが猫不可なのだ。
「どうも、猫が柱で爪とぎをするのが、賃貸で嫌われる理由らしいです。退去する時に、修繕費とかでトラブルになることが多いそうで……」
「ああ、なるほど。賃貸だと、そういう問題が出るんですね。」
持ち家で猫を飼っていた結花は、こういう賃貸の事情は知らなかったらしい。
必然、数少ない猫飼育可能物件は、家賃が高くなってしまう。
今見つけている範囲では、一番安いところでも、今修一が住んでいるアパートの二倍以上である。
「生活のランニングコストが上がっちゃう、ということですね。安月給ですみません……」
話を聞いて、結花が申し訳なさそうに言った。
「いえいえいえ!これはもう、猫一匹養えない、俺の甲斐性の問題ですから!御船さんは気にしないで下さい。」
修一は慌てて執り成した。
「とはいえ、もたもたもしていられないですよね?」
「そうですね。現状、まだ完全にバレたわけではないですが、時間の問題だと思います。その前に、早く引っ越し先を探さないと……」
状況はかなり切迫している。
頭を抱える修一の様子を見て、結花が天井を見上げて考え込み始めた。
「そうですねぇ……引っ越し資金や敷金礼金なら、お給料の前借をして差し上げられますけど、毎月かかる高額な家賃の対策にはなりませんし……あっ!」
不意に結花が何かを閃いた。
「あの、河瀬さんがよければ、なのですが……」
「何か方法があるんですか?」
修一が食い気味に尋ねると、結花は若干含みがある笑みを浮かべた。
「クロちゃん、ウチで預かりましょうか?」




