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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人

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Side:人10

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 それから、一か月あまり、このリズムで生活は続いた。

 初めは不安だったものの、朝起き上がれなくなることはなく、週五日きちんと休みなく出勤することができた。たまの残業も問題なくこなし、筋肉痛以来、体調を崩すこともなかった。

 その筋肉痛の一件以来、結花は週に一回か二回は修一の家を訪れるようになり、食事を作ってくれるようになった。相変わらず、クロは眉間にシワを寄せるのだが、結花はそれすら楽しんでいるようだ。

 そのクロのほうだが、一か月の間に一回り大きくなり、体重も1キログラムを超えた。子猫の成長は目を見張るほど早く、部屋の中を走り回るようになってきた。

 そんな忙しくも穏やかに日々は流れ、季節は初夏から梅雨に移り変わった。

「そろそろ、クロちゃんの予防接種ですね。」

 ある日の帰り際、結花が思い出したようにつぶやいた。

 この日は、女性誌の入荷が多く、客注も返本も多くなってしまったので、修一は閉店までいたのだ。

「予防接種?」

 修一は小学生の時に受けた注射を思い出した。

「ええ。大体、生後三か月くらいで予防接種を受けさせなきゃならないんですよ。」

「へぇ……予防接種って、どこで受けられるんですか?」

「獣医さんです。商店街を抜けたところが最寄りですね。」

 修一は獣医というものの存在は知っていたが、これまでの人生で行ったことがなかったので、どこにあるかなど、気にも留ていなかった。

「獣医か……ちょっと緊張するなぁ……」

 そして、初めての場所に行くのは、大いに気が引ける性分だ。

「でしたら、今度天気がいい日に一緒に行きましょうか。そこの獣医さんはウチもお世話になっていて、顔見知りなので。」

「是非!お願いします!」

 修一は一も二もなく、頭を下げた。


 梅雨はこういう時は嫌なもので、いざ動物病院へ行こうと思うと、雨の日が続いてなかなか行けない状態が続いた。

 天気予報に晴れマークが出たのは、獣医の話題が出てから、一週間ほど経った頃だった。

「明後日は確実に晴れそうなので、十八時で店を閉めて、行きましょうか。」

「わかりました。クロの為に、わざわざすみません。」

 修一は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえいえ。動物病院には私から連絡を入れておきます。」

「あっ、動物病院って連絡入れなきゃならないんですか?」

 修一はそこから知らなかった。

「クロちゃんの為ですから、気にしないで下さい。」

 結花は愛想よく答えた。

 これだけ世話になっているのだから、もう少しクロも結花に懐いてくれないかなと、修一は思った。


 結花との初めて買い物の時に買ってあった、キャリーケースが初めて日の光を浴びる日が来た。

 十八時に閉店すると、二人は修一宅に向かった。

「みぃい?」

 まずは出迎えに来たクロが眉間にシワを寄せ、そこを結花が鷲掴みにして、修一がキャリーケースを用意。抵抗する間もなく、クロはケースの中に放り込まれた。

「では、行きましょうか。」

「はい。」

「みぃぃぃ!」

 クロはしばらくケースの中で叫んだが、部屋の外へ出されると観念したのか、静かになった。


 駅前から商店街に入り、そこを抜けた先の目立たない路地裏に、小西動物病院という看板があった。看板が立っているだけで、建物自体は普通の民家に見える。

「ここです。」

 結花は慣れた様子で中に入っていく。その後ろを、キャリーケースを持った修一がおずおずとついていく。

「こんにちはー」

 入ると、入口左手が受付になっており、その前がロビーになっている。

 その受付には、見覚えのある人がいた。

「あれ?木下さん?」

 修一は思わず目を瞬いた。

 そこにいたのは、修一が御船書房で初めてレジを担当した木下さんだった。

「あっ、そういえば言ってませんでしたね。木下さんはここにお勤めなんですよ。」

 結花はそう言うと、受付で手続きを始めた。その間、修一はクロが入ったキャリーケースを床に置き、椅子に座って中を見回した。

 ロビーの片隅には、本棚が置いてあり、そこに『女性自身』が並んでいる。一月ほど前に、修一が初めてレジをしたものであろうものも見える。

「河瀬さん、どうぞ。」

 木下さんに促され、修一は結花と共に診察室の中に入った。

 中には、中年の細身の男性が立っていた。

「初めまして、河瀬さん。院長の小西といいます。御船さんはお久しぶりだね。」

「お久しぶりです。」

 結花は朗らかに挨拶した。

 小西は物腰が柔らかい、紳士然とした印象の男性だ。

 その瞬間だった。

「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 急にクロが絶叫し始めた。

 聞いたこともないもない叫び方だったので、修一はもちろん、流石に結花も驚いた。

 だが、小西はまったく動じた様子はない。びっくりするくらい平静だ。

「元気のいい猫だねぇ。じゃあ、ケースから出して。」

 ケースの扉を開けてみるが、クロは叫ぶばかりで、中から出てこない。

「どうした、クロ?出てこいよー」

 修一が呼びかけるが、やはりクロは執拗に出てこようとしない。

「どれどれ、ちょっと貸して。」

 小西はキャリーケースごと診察台に乗せると、中に手を突っ込み、ひょいとクロを掴み出した。結花以上に手慣れた様子で、診察台にクロを置くと、手早く押さえつけ、注射器を取り出すと、後ろ肢にプスッと刺し、ガーゼをあてると、テープでとめた。

「はい、終わったよ。」

 手早いを通り越して、鮮やかとしか言いようがなかった。

 クロは怯えたまま、キャリーケースに戻され、修一に返された。

「たまに副反応が出ることがあるので、その時はすぐに連れてきて下さい。」

 小西は淡々と説明し、それで予防接種は終わった。


「それにしても、何であんなに喚いたんですかねぇ……」

 帰り道、修一は不可解そうにつぶやいた。

「さぁ、本能的に痛いことされるって察したんでしょうか?」

 結花も首を傾げる。

 ケースの中を覗くと、クロは不貞腐れたように、丸まっていた。

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