Side:猫12
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
それから、ビアの家の二階があたしの住処となった。
リーンの家にいた頃は、日中ずっと独りぼっちだったが、ここで過ごすようになってからは、仕事中でもリーンやビアが時々様子を見に来るので、退屈ではなくなった。
だが同時に、毎日ではないが、リーンがここに泊まるようになってしまった。
あたしとしては、リーンと一緒に寝たいから、いてもらいたいが、それはビアとリーンの同居も意味している。
非常に複雑な気分だ。
そして、半同居が始まると、リーンとビアの間に微妙な変化も出てきた。
「クロちゃんの餌って、まだ予備あるかな?」
「あっ、これでラスト。後で俺が買ってくるよ。」
会話から敬語が抜けた。
別に何か話し合っている風はなかったが、自然とそうなっていった。というか、あたしの世話がそれを促した感はある。
なんか、あたしの行動全てが、二人のお膳立てをしている気がするんだけど……
そんなある日だった。
いつも通り、日中に二階で寛いでいると、リーンが部屋に来て急にあたしを持ち上げた。
「クロ、お客さんがお呼びだよ。」
「は?あたし?」
そのまま、一階の商売をしているところへ連れてこられた。
ここに来る時に檻に入れられた状態で通ったが、まともに来たのは初めてだ。
なんかよくわからないうちに、入口付近の機械が置かれた台の上に座らされた。
そこにいたのは、キノばあさんだった。
元気そうだな。
「あらー、ちょっと見ない間に、大きくなったわねぇ。」
キノばあさんはそう言って、あたしを撫で回す。
この手の感じは、オブスタクルにいた頃と変わらないなぁ。
「この時期の子猫は成長が早いですね。俺は猫を飼うのは初めてなので、ちょっとびっくりしてます。」
「そうね、あっという間に大人になっちゃうわよ。」
リーンとキノばあさんがそんな他愛のない会話をしている。
あたしからすると、この二人がこうやって世間話をしているのは、凄い違和感があるんだけど。
なんて思ってた、その時だった。
「あー!猫ちゃん!!」
急に入口から子供の叫び声が聞こえてきた。
「ほんとだ、猫ちゃん!」
「かわいー!」
10人ほど子供達が店内に入ってきて、あたしをガン見してくる。
ちょっと嫌な予感がするんだけど。
「あのぉ、撫でても大丈夫でしょうか?」
引率と思われる大人が、リーンに尋ねている。
やっぱ、そうなるのか。
「頭とか、背中とかを優しく撫でてあげれば、大丈夫です。基本的に人懐っこい性格なので。」
リーンがそう説明すると、子供達はちゃんと言いつけを守って、あたしを撫で始めた。
まぁ、商売は客が命だから、このくらいは我慢してやろう。
と、思っていたら、キノばあさんと子供達が帰った後、入れ替わり立ち代わり人が入ってきて、あたしを撫で始めた。
しかも、次々人が来て、途切れない。
しまった、これは大変なことになったぞ。
「クロ、大丈夫かー?」
「疲れたー……」
昼頃になって、あたしの疲労を察したリーンが、二階へ戻してくれた。
こんなにたくさんの人間に構われたことがなかったので、流石に疲れた。
そのまま、水と餌だけ摂取して、お気に入りのクッションへ行くと、横になった。
瞬間、意識が飛んだ。
次に目が覚めた時には、もう外が暗くなっていた。
リーンが仕事を終えて、いつの間にか二階へ来ていたようで、ちょうどビアも上がってきたところだった。リーンはあたしの今日の頑張りを労わって、膝の上に乗っけてくれた。
「今日の売上、いつもの二倍近くもあったよ。」
部屋に来るなり、ビアが珍しく興奮気味にそう言った。
「えっ?今日、なんか売れ筋の新刊とかあった?」
「ううん。でも、午前中の売上が凄まじくよかったよ。」
「あー、そういえば、クロがレジにいた間、いつもは前を素通りするような人達が、やたらとクロを見つけて入ってきてたな。なんか、雑誌とか漫画とかをついで買いしてたかも。」
どうやら、あたしがいたことで、いつもより多くの客が来て、たくさん買い物をしていってくれたらしい。
「流石はクロちゃん。凄い集客力だね。」
当たり前だろう。
あたしの猫の手を舐めるな。
翌日、同じく二階で寛いでいると、またリーンに抱えられて、一階へ連れていかれた。
来ていたのは、昨日の子供の一人だ。
「かわいー!」
今日もこれかよ。
「申し訳ありません、この子がどうしてもって聞かなかったので。わざわざ連れてきて頂いてしまって。」
子供の母親らしき人が、リーンにペコペコしている。
「別に大丈夫ですよ。この子も、基本的には人間が好きな性格なので。」
リーンがそんなことを言っている。
すると、また昨日に続き、人が次々と入ってきた。
自分自身でも気味悪くなるくらい、人があたしの姿に吸い寄せられてくる。
そのまま、昨日より長い時間粘り、閉店時間近くまで客に愛想を振り撒き続けていた。
軽く死ぬかと思った。
夜になり、あたしは先に二階に戻されたが、リーンとビアはしばらく下で話し合いをしていた。多分、売上がよかったんだろうな。
なんかよくわからんが、どうやらあたしの役目はこれらしい……
で、また、リーンとビアの関係性をお膳立てすることになるらしい。
何だよ、これ。
「第一回、御船書房経営対策会議ぃー。」
ようやく二階へ上がってきて、晩飯を食べ始めたかと思ったら、ビアが急に何かの開会宣言を始めた。
「……会議って、食事しながらするもんなの?」
あたしを膝に乗せているリーンが尋ねた。
「食事しながらはいけないという法律はありません!御船書房、28年目にして、初の経営会議を、今から始めます。」
「わかりました。」
リーンが一瞬で折れた。
「まぁ、冗談は置いておいて……昨日今日の売上を見た結果、クロちゃんの集客力がシャレにならないことが判明しました。」
「そうですね。それで、クロを常に一階に常駐させて、看板猫にするということですか?」
「う~ん、それなんですけどねぇ……」
ん?そういう話じゃねぇの?
「クロちゃんのストレスになることは、したくないんですよねぇ……」
「ああ、それはそうですね。」
あ~……一応、あたしのことを心配してくれてるのか。
「クロちゃんは、びっくりするくらい手がかからない子ですし、凄く人懐っこいですけど、不特定多数の人間に接し続けるのは、流石につらいかもしれません。クロちゃんの健康を害してまで、売上を得たいとは思いません。」
相変わらず、ビアは男前だなぁ。
「クロはどうだ?」
リーンが訊いてきた。
「別にあたしは大丈夫だけど。」
と言っても伝わらないので、頭をスリスリしてみる。
「とりあえず、昨日今日でクロちゃんのファンが、それなりにできたのは事実だから、呼ばれたら連れてくる、という感じでしばらくは運用しましょうか。あと、必ずどちらかが、クロちゃんの動向を見張ること。心無い人がクロちゃんに乱暴したり、なんてことも考えられますし、この前みたいに脱走したら、危ない目に遭うかもしれませんから。」
「入口はどうします?脱走防止の為に閉めます?」
ビアはう~んと、唸りだす。
「店外の絵本塔のこととか考えると、閉められないんですよね。お客様が入りにくくなるというのもありますし……ただ、前の通りは車が少ないとは言え、人通りや自転車が多いですし、すぐ近くには踏切もありますし、どうしましょうか。」
ビアは唸りながら考え続けている。
「昔はあの踏切には警手さんがいたらしいですけど、今はいませんしね。」
「けいしゅさん、って何ですか?」
あたしも知らん。
「昔の踏切って、遮断機が手動だったんですよ。なので、電車が来るたびに、遮断機を上げ下げする係の人がいて、それを警手っていうそうです。そこの踏切も、昔は遮断機が手動だったそうで、警手さんがいたらしいのですが、私が生まれた頃には、既に今の自動遮断機になってたみたいです。多分、父が子供の頃の話だと思います。」
「確かに、常に踏切を見張ってくれてる人がいれば、多少クロが出歩いても、見張っててくれそうですよね。残念です。」
リーンは溜息をついた。
何でも自動で動くというのは、便利なようで不便らしい。
「とりあえず、入口は開けたまま、クロちゃんはどちらかが常に見張る、あと、お客様から要望があれば、二階から連れてくる、という形で運用してみましょうか。状況をみて、臨機応変に運用を変えていきましょう。」
「わかりました。クロ、よろしくな。」
任せとけ!
「じゃあ、そういうことで。今日は泊まる?」
「うん、ちょっとクロを労わってあげるよ。」
あっ、仕事モードが終わった。




