Side:猫10
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
その日は、一日中ビアの家のリビングで過ごした。
いつも使っている、座布団という名のクッションをこちらへ持ってきてくれたので、とりあえずそこの上で寝転びながら過ごした。
なんか、リーンの家に来た時とは違い、ここはちょっと落ち着かない。そこかしこがビアの匂いでいっぱいで、どうにも畏まった気分になってしまう。
あたしの中では、どうしてもビアはお姫様のイメージが抜けないのだ。
「クロちゃん、大丈夫?」
昼頃、ビアが様子を見に来た。
朝、大泣きしていたが、今はいつも通りだ。
「落ち着かねー」
そう言ってやったが、どうせ伝わってないだろ。
ビアはあたしの頭を撫でて、しばらく構ってから下へ降りて行った。
間もなく、今度はリーンがやってきた。
「クロ、いい子にしてるか?」
「行儀よくしてるよー」
返事をしてやると、リーンも頭を撫でてくれた。
こちらもしばらく構って、また下へ降りて行った。
どうやら、この家の一階で、ビアは書物を売る商売をしているらしい。リーンはその手伝いをしているようだ。
暇なので、時々、窓の外から様子を窺ったり、下の物音を聞いてみたりしているが……
多分、そんなに繁盛していない。
「下手したら、リーンとビア共々貧民街行きか……?」
それはちょっと困るなぁ、なんて思いながら、とりあえず商売が終わるまで、寝ることにした。
暗くなりかけた頃、リーンが外へ出て行く気配がした。が、しばらくすると戻ってきて、荷物を持った状態でリビングへ入ってきた。
「クロ、大人しくしてたか?」
「してたよー」
リーンは荷物を下ろしながら、話しかけてきた。
「おまえのおかげで、ここに泊まることになっちまったぞ。女の子の部屋に入るだけでもドキドキだったのに、怒涛の展開過ぎるぞ。」
「嫌なのか?」
「いや、別に嫌とか、そういうわけじゃないんだけどさ。」
あたしはちょっと嫌なんだけど。
でも、引き金はあたしが引いたみたいだから、もう抵抗もできない。
そんなあたしを他所に、リーンは一人でごちゃごちゃつぶやき始め、最後に、
「まぁ、その辺りの不具合で、起きれなくなったんだろうけどなぁ……」
と言って、あたしの頭を撫でた。
完全に日が落ちてからしばらくして、リーンが下へ降りて行った。多分、店を閉めに行ったんだろう。
下からガシャンゴシャン音がして、静かになったと思ったら、二人でリビングに戻ってきた。
そのまま、ビアは夕食の準備を始め、あたしはリーンの膝の上に陣取った。
間もなく、ビアが準備を終え、二人は夕食を食べ始めた。
すると、ビアは不意に手を止めた。
「今日はすみません。どうしても、一人だと不安になっちゃいまして……多分、河瀬さんがいてくれれば、クロちゃんは脱走しないと思うので。」
「まぁ、それはそうですね。」
リーンが返事をすると、ビアが声のトーンを落として語り始めた。
「今朝……」
どうした?
「今朝、クロちゃんがいないってわかった時、頭の中が真っ白になっちゃいました。クロちゃんが見つからなかったり、もしものことがあったりしたら、河瀬さんは悲しむだろうし、怒るだろうなって……そうなったら、もうここには勤めてくれなくなるんじゃないかって……その瞬間、私は愕然としたんですよ、自分自身に。」
「えっ?どうしてですか?」
あたしもわからん。
「クロちゃんの安否を第一に考えなきゃならないのに、真っ先に考えてたのが、自分がまた独りぼっちになるかも、ということでした。もし、クロちゃんが見つからなかったら、似たような黒い子猫を探してきて、誤魔化そうかと……そこまで、一瞬思ってしまいました。」
「……」
「……」
まぁ、気持ちはわからんでもないが。
「酷いですよね……そんなの、誤魔化せるわけないのに。自分がそんなに浅ましいことを考える人間だなんて、思ったこともありませんでした……」
ビアは聖人君子だと思っていたが、そんなこと考えることもあるんだな。
「それでも……そこまでしてでも、独りになりたくなかった……私は多分、そう思ってたんです。自分は孤独くらいじゃへこたれない、強い人間だと思ってたのに……」
ビアはまた涙目になってきた。
ほら、リーン。
ここは男を見せる時だぞ。
「……御船さん、すみません。このタイミングでこう言うのは、場違いかもしれませんが、俺は今、猛烈に嬉しいです。」
「え?」
涙目のビアがキョトンとした。
「えーっとですね、俺はこういうのを、うまく言語化できない朴念仁なので、誤解はしてほしくないんですけど……」
そう、前置きをしてから、リーンは腕を組み、必死に言葉を捻り出し始めた。
そういえば、皇太子やってた時から、こいつはこういうのが苦手だったな。
「俺は普通の家庭で普通に育ったんで、孤独を感じたことはなかったし、離れて暮らしてますけど、両親も健在なので、御船さんみたいに、物凄く寂しいと感じたことはないんですけど……」
「はい。」
ビアは真剣に聞いてくれている。
「でも、誰かに必要だとか、いてほしいとか言われたこともなかったんですよ。前職も、結局俺が辞めても、すぐに代わりの担当者が引き継いでくれたし、学生時代とか、友達らしい友達はいなかったし……そこら辺にいる、代わりがいくらでもきく、モブでしかなかったというか、何というか……」
不意にリーンがこっちを見てきた。
「多分、俺を必要としてくれたのって、クロが生まれて初めてだったんですよ。何で俺だったのか、わかりませんけど。だから、クロのことは、何としても守らなきゃって思ったんです。」
そこまで言うと、リーンは頭をぽりぽりと掻いた。
「ところが、いざやろうとすると、全然ダメで、御船さんに経済面まで含めて、頼り切りになってしまって、情けない限り、という状態です、ハイ。」
「そんなことありませんよ。河瀬さんがクロちゃんのことを何とかしようとして、ウチに本を買いにきたり、私に飼い方を訊いてきたりしたから、今があるんです。そこを恥じる必要はありませんよ。」
ビアがフォローを入れると、リーンはスッとビアのほうに視線を移した。
「でも、その御船さんが、俺にいなくなってほしくないと思ってくれていた……それが、俺は嬉しいんですよ。ただただ、頼り切りになってなかったなって……役に立ててるんだなって思えて。」
ビアは少し驚いたのかのような表情になった。
まぁ、たどたどしいけど、ちゃんと言えるじゃねぇか。
「俺のことを頼りにしてくれたのは、クロが初めてで、人間では御船さんが初めてです。だから、不慣れだけど、俺は俺を頼りにしてくれる存在を、全力で支えたいし、出来ることは、精一杯やります。」
「……でも、その私は思ったよりも、卑怯なことを考える女ですよ?」
あたしは知ってるけどな。
「それは、卑怯とか、浅ましいとかじゃなくて、単に未熟なだけです。当たり前です、俺よりいくつも年下だし、なんだったら、俺の方が御船さんより精神的に未熟まである。今回、それを実感できたこと自体が収穫だし、それを加味して、自分自身の在り方を、どうしていくか考えることが、成長なんじゃないですか?」
ビアはハッとしたように目を見開いた。
だが、言葉を捻り出すことに必死なリーンは、それに気付いていない。
こういうところは、まだまだだな。
「だから……えーと、共に成長しようとか、成長を手助けしますとか、そんな大それたことは言えないんですけど……」
「私の成長、そばで見守ってくれますか?」
おい、慰めてるはずのビアに助け舟を出されてるぞ。
「あ、そうですね、それくらいなら、俺にもできます。すみません、まとまりがなくて……」
「仕方ねぇから、あたしも手伝ってよるよ!」
本当に仕方なしだからな。
「クロちゃんも、手伝ってくれるの?」
ビアがちょっと意地悪そうに言ってきた。
やっぱりやめるぞ、こいつ。
「大丈夫、クロもわかってくれてますよ。」
くっそぉ。
リーンにこう言われたら、手伝うしかねぇじゃねぇか。
その晩、リーンはリビングに布団を敷いて、寝ることとなった。
リーンが布団に入ったのを見計らって、布団に潜り込んだ。
やっぱり、リーンの元が落ち着くぜ。




