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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人
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Side:人8

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 翌朝、修一はクロのちょっかいで目が覚めた。

「おはよう。」

 普通に体は起き上がる。

 クロは何か楽しそうに、じゃれついている。

「……大丈夫そうだな。クロと、御船さんのおかげかな。」

 修一はクロの頭を撫でた。


 クロはまた出勤前に渋ったものの、昨日ほどの抵抗はしてこなかった。

「おはようございます。」

「あっ、河瀬さん、おはようございます!」

 昨日と同じく、九時前にやってくると、結花は準備を始めていた。

「今日から力仕事が入ってきますけど、お願いしますね。」

「わかりました。」

 着替えながら、修一は返事を返した。


 今日はまず、入荷した本を出すところから始まった。

 結花の説明によると、本の配達は明け方だそうで、裏口横のプレハブの鍵を業者に渡してあり、そこに置いていくそうだ。それを、八時くらいから、結花が出し始め、十時の開店時には、新刊や補充本が棚に並んでいる状態にするそうだ。

 本は透明なビニールに包まれている状態で数冊から数十冊がまとめられて置いてあり、それがPPバンドで括られている。

 それを開けて、バックルームの作業台で片っ端から開けて積み上げていき、それを店内の棚に入れていく。

 厄介なのが雑誌の付録。

 基本的に雑誌と付録は別々で入荷していて、書店員が一緒に括らなければならないのだ。

 一冊一冊、本に付録を挟んでいき、付録バンドと呼ばれる黄色いゴムでとめていく。

「この、ゴムでとめるの、意外と難しいですね……」

 付録バンドは雑誌の四隅に引っかけてとめるのだが、これが意外とコツがいる。

「今日はまだ少ないので、大したことありませんが、女性向けファッション誌の発売が集中する日は、付録だらけな上、冊数が多いので、大変ですよ。」

「そうなんですか……」

「軽く地獄です。」

 付録のあるなしは、月によって違うので、この作業が多いか少ないかは、運だという。

 御船書房のような小さい書店だと、入荷がない雑誌も多いので、たまたま取り扱っている雑誌に付録が重なると、作業量が膨大になるのだそうだ。

「まぁ、今回からは河瀬さんがいるので、だいぶ楽になりますよ。」

「戦力になりますかねぇ……」

 修一が三冊付録を取り付けている間に、結花は十冊以上取り付けていた。


 雑誌が終わると、次はコミックのシュリンクだ。

「シュリンクっていうのは、コミックが立ち読みできないように、簡易のビニールをつけることです。この機械でやっていきます。」

 機械の電源を入れ、コミック本を上から機械内に入れると、シュリンクされて、下から出てくる。こちらは作業としては簡単だが、やはりコミックは入荷量が多く、これはこれで作業量が多い。

 粗方出し終わると、ふと作業台の片隅に雑誌やコミックが置いたままになっているのに気付いた。

「こっちの、紙が挟んでいるやつは、出さなくていいんですか?」

「あっ、それは客注なんですよ。」

「きゃくちゅう?」

 修一が聞いたことがない言葉だ。

「お客様の注文品です。世に出回っている本は膨大にあるので、店に置けるのは、ほんのわずかなんですよ。なので、ウチみたいな小さな書店は、如何に客注が取れるかが、勝負なんですよ。」

「そうなんですか……でも、それってネット通販の影響をモロに受けそうですよね。」

「その通りです。昔に比べて、客注は格段に減ってまして、現状、ウチで客注してくれるのは、インターネット通販が使えない、中高齢の方が殆どですね。」

 そう言って、結花は客注品をレジの方に持っていった。

 レジの後ろに客注品を管理する棚があり、注文した客の名前のあいうえお順で並んでいる。開店後、今日入荷した分に関しては、あとで開店後に入荷の電話やメールを入れるそうだ。


 一通り入荷商品を出し終わると、開店作業。

 その後、今日はレジを結花が担当し、修一はバックルームで返本作業をやってみることになった。

 客が途切れたタイミングで、結花がやり方を説明し、接客をしている間に修一が作業を進めていく。

 返本は昨日も見ていたが、ハンディ型の機械でバーコードを通していき、全て通し終わったら、バックルームの棚に置いてある、小さなプリンターにハンディを接続。すると、レシートのような紙に一覧が印刷されて出てくるので、それを箱の中に本と一緒にいれて、箱を閉じる、というのが一連の流れだ。

 だが、やはり本を綺麗に段ボールに詰めるのが、難しい。

「本は必ず、箱の中いっぱいになるようにして下さい。箱の中に隙間がある状態で閉じちゃうと、業者が回収してトラックに積んだ時に、荷崩れして、大変だそうなので。」

「そうなると、怒られるんですか?」

「私はありませんが、父は若い頃、業者のドライバーに怒られたことがあるそうです。」

「マジですか?」

「マジです。崩れた段ボールが業者の人に当たって、ケガ人が出たそうで。」

「それは、確かに怒られますね。」

 修一は若干萎えそうになっていたが、これは適当にはできない。

 

 交代で昼食後、レジをやりながら、今後の話し合いが始まった。

「お休みですけど、普通に土日でいいですか?」

「いいですけど、土日の営業はどうなるんですか?」

「日曜と祝日は本の入荷がないので、作業量が格段に少ないんですよ。土曜日は、以前は普通に入荷があったんですけど、今は月に一回くらいしか入荷がなくて、休配になることが殆どです。なので、私一人で十分回せますので。」

 本の入荷システムとは、そういう風になっているらしい。

「なるほど……でも、御船さんのお休みはどうするんですか?」

「私は元々、特定のお休みはなしでやってますので。用事があれば、この前みたいに、臨時で閉めたりしますね。その際は、河瀬さんもお休みになるので、事前にお知らせしますね。」

 修一はおやっと思った。

「でも、それって労働基準法とかに抵触しないんですか?」

「私は労働基準法でいうところの事業者になるので、休日とか労働時間の基準の範囲外なんですよ。そうでないと、個人事業主とか社長とかは経営していけませんから。」

「そうなんですね。」

 修一は雇われたことしかなかったので、その辺りの法的な立て付けは知らなかった。

「とは言え、河瀬さんの方はきちんと労働基準法が適用されるので、勤務時間は考えなければいけませんね。基本的には、九時出勤で昼食の一時間休憩、十八時まで勤務にしましょうか。」

「休憩時間を抜いて、八時間労働ということですね。」

「はい。昨日みたいに、閉店までいてもらう時は、二時間分は残業代が出るという形にします。それでいいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。」

 確かに、開店から昼までが入荷商品の処理や返本などがあり、一番忙しい。逆に、十八時頃になると帰宅ラッシュが終わり始め、客数も減るので、暇になる印象だった。

 なので、朝から十八時くらいまでが、人手がいるのだろう。

「お給料ですが、基本給5万円を用意しますので、時給は最低自給計算でいいでしょうか?今の経営状態だと、それが限界でして……」

 結花は申し訳なさそうにそう言ったが、今の修一にとっては十分過ぎる金額だ。

「単純計算、二十万前後ですね。十分ですよ。クロも養っていけます。」

 修一が笑いかけると、結花は心底ホッとした表情を見せた。

「よかったです。それでは働けないと言われたら、どうしようかなと思っていたので。」

 どうも、結花にとっては、これが一番の懸念材料だったらしい。

 こうして、細かい雇用条件の話はまとまったところで、十八時になった。


 家に帰ると、今日はクロがお出迎えしてくれた。

「ただいま。」

「みゅあー」

 クロは足にすり寄ってくる。

 やはり、寂しいは寂しいらしい。

「とりあえず、お前の食い扶持は確保できそうだ。贅沢はできないけどね。」

 修一が頭を撫でると、クロは嬉しそうに頭スリスリをしてくれた。

「ただ、書店員は思ったより重労働だなぁ。」

 腕に残る疲労感が、明日の筋肉痛を予告していた。

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