急:8話
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現在、飛行機内。地上から一万メートル上空を飛行中。羽田空港へ向かう便。
種子島に思い残した事は、
山ほどある。
いや、山ほどでは無い。一つしか無い。
海夏しかない。
きっと、あの写真は海夏の親御さんにも渡ってしまった事だろう。
二度と海夏には逢わせて貰えないだろう。実質、種子島出禁を言い渡された気分だ。
……気持ちが暗くなる。これからの生活の事を考えよう。
とりあえず東京大学に復学する。そして四年間かけて卒業する。
アルバイトは何しよう? やはり塾講師か?
いや、再度塾講師を始めたら、また生徒に恋し兼ねない。万が一にでも、夏海にーあるいは海夏に似た少女と出逢ってしまったら。
じゃあ、サークル活動の事でも考えようか? 何サークルに入る? やはりバスケサークル?
大学のサークルでは合コンが多いと聞く。そんな場所で新しい恋愛を見つけるか?
ークソくらえだ、恋愛なんて。
二度とするか、恋愛なんて。
……では大学卒業後、俺は何しているのだろう?
良い大学を卒業するのだから、良い会社に入る事だろう。
良い会社ー給料の高い会社?
一生そこで務める事の出来る会社? 順調に働いて、年喰って、昇進してー。
誰と結婚するのだろう? ……まあ、結婚なんてしないだろうな。
お金はそれなりに貯まるとは思う。俺は非リアだけど、無能だとは思っていない。
お給料で生活して、余ったお金を遊びに使ってー。
女の為に使う事なんて無いだろうな、一生。
女の為にお金を使うーと言えば、海夏にもっと美味しい物食べさせてやりたかったな。
映画館行ったり遊園地行ったりしたかった。「ロケット打ち上げ」という素敵な景色をプレゼントしてくれたお礼に、俺も彼女に素敵な景色をプレゼントしてやりたかったー。
……やっべ、いつの間にか海夏の事考えている俺がいる。
「……アレ?」
ズボンが、濡れている。
水滴がポタポタと垂れているせいで。溢れてしまうせいで。
溢れて、止まらない。止まって、くれない。
「海夏に……逢いたいな」
他の乗客員に聞こえない声で、ボソリと呟く。
ハンカチを取り出す為、エナメルバッグのフロントポケットを開ける。
ー なんだ、これ?
入れた覚えの無い紙が入っている。
紙、と言うより、手紙。
緑色の封筒に入った、手紙。
宛先が書いてある。「先生へ」ーとだけ。
心臓の鼓動が、高鳴る。
割れ物を扱うかのようにゆっくりと、開封する。
真ん中で折れた手紙が一枚。
開く。こう書いてある。
【渡先生ーハルちゃんへ。
大人になったら、必ず逢いに行きます。
それまで待っていてください。
ハルちゃんは、私にとって一生に一人の人です。
今思っているだけなんかじゃありません。
これから先、大人になっても変わるつもりはありません。
またね】
「またね」という文末には、「ありがとう」という言葉を消しゴムで消した痕があった。
ー「大人になったら」。
この言葉の意味を、海夏は理解して使っていたのだろうか?
高校を、卒業したら……だとしたら、後六、七年も先?
だとしたらー、
余裕だ。
俺が何年夏海を想って努力してきたと思っている? 十年だ。
海夏を想って七年努力し続けるなんて、簡単な事だ。
ーという思いと同時に、「高校を卒業する頃にはどうせ海夏も俺の事なんて忘れて彼氏を作ったりしてしまっているのだろうな」ーなんて思いが存在する。
俺は今でも、「一生に一人の人」という言葉が大嫌いだ。そんな言葉は、軽々しく使って良い言葉じゃない。重すぎる言葉だ。
重すぎる言葉……だけど、
海夏はその言葉の重みを理解した上で、この言葉を選んだのだろう。俺がかつての夏海に言われたこの言葉を、敢えて選んだのだろう。
俺は、彼女の想いをー信じたい。例えこの手紙の想いが、「今思っているだけ」だとしても、
ようやく見つかったのだから。
俺が「一生に一人の人」と思える人に。
俺を「一生に一人の人」と思ってくれる人に。




