急:5話
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「高木……何で……ここに?」
俺は心の中ではこの子をナツミと呼んでいるが、実際はタカギと呼んでいる。
「アナタのお父さんとお母さんに頼まれたから」
コートの中に踏み入れ、ゆっくり俺に近づいて来る。
「急に家から失踪して、『一年したら戻ります』なんて手紙残して出てった癖に、一年経っても戻ってこないから。スマホのGPSでアナタの居場所だけは分かってたみたいで、ナツミに連絡があったの。色々ご両親が調べていく内に、ナツミが原因だったって思ったみたいで」
俺の目と鼻の先で止まる。俺を、睨め付けている。
「色々な人に聞き回ったみたいだよ。愛にも聞いたみたいだし、小木先生にも。元六―二のクラスメイトにも聞き回ったみたい。アナタが何で家出したのか」
アナターか。
もうきっと、コイツは二度と、俺の事を「ハルちゃん」とは呼んでくれないのだろう。
「どれだけの人にアナタが迷惑をかけたか、自覚してる? ナツミとアナタの間だけで解決すれば良いのに、アナタの行動が、色々な人に迷惑をかけたの」
彼女の勢いに俺は一歩二歩、後退る。
「どうしてソレが分からないの? ナツミの家に手紙を入れたら、ナツミのお母さんやお父さんにだって、分かってしまう。愛に相談したって、小木先生に相談したって、誰かを巻き込む事になる。小木先生に相談なんて、今更じゃない? 小木先生はいつまでもナツミ達六―二の面倒を見てくれる訳じゃないんだよ? どうして他人を巻き込むの?」
「……」
「ナツミがアナタを好きになれないのは、そういう所」
(お前が俺を好きになってくれれば、俺は家出なんかしなかった)ー等というダサい反論が出せる筈も無い。
俺は彼女の言葉の圧力にーあるいは正論に、反論できる言葉が見つからない。
恋愛とは間違いなく、落ちた方の負けだ。
俺はこの高木夏海に、どうやったって勝てない。
「何で……俺の事を探しにこんな島まで来たんだよ?」
「まさか、勘違いしてないよね? ナツミがアナタを心配してここに来たなんて勘違いを」
「……」
「ナツミはただ、アナタのお父さんとお母さんが可哀想だったから、ここに来たの。アナタが家出してしまった責任は、ナツミにもある訳だし」
一呼吸置いて、
「この際ハッキリ言うね? アナタに好きになられて迷惑です! 想われるだけでも迷惑です! ナツミの事、どうやったら嫌いになってくれる?」
怒りで満ちた目から一転、笑みを作る。
「どうやったらって……」
その笑顔は、どこか狂気じみていて、俺に恐怖を感じさせた。
「ハルちゃん!」
また誰かの声。夏海を幼くしたような声。
海夏が、急ぎ脚でこちらにやってきている。
(そうか、バスでここまでやってきたのか。ここからバス亭まで歩いて十分……)
背丈百四十センチの幼い少女が、背丈百五十七センチの成人女性に圧倒されている俺の方に、向かってきている。
俺達二人の数歩分先で止まり、
「間に合った……もう種子島から出て行ったんじゃないかって、心配しました……」
息を切らしながら、言う。
夏海が、小さな少女ー海夏の姿を、目を丸くして見る。
特に顔を、見ている。
当たり前だ。ここまで小学生時代の自分と似た容姿の子供を見れば、誰だって驚く。
「アナタ、は?」
「私はー」
海夏も夏海と目を合わす。
誰か言わなくても、気づいた筈だ。この女性が誰かに。
二人の顔は、本当に瓜二つだ。
海夏が不思議な物を見るような目で彼女を見たまま、
「もしかしてアナタは……ナツミさん……ですか?」
「そう……だよ。アナタは……?」
「私は、小橋海夏です。ハルさんのー」
困惑した様子で数秒口を紡ぎ、間を置いてからー覚悟の籠った表情で、
「ハルさんの、彼女です」
毅然と、言う。今更誰かに隠しても仕方ない、とでも言うような表情で。
「かの……じょ……?」
上から下まで、海夏を品定めする夏海。
暫く少女の容姿を観察してから、改めて女性が俺の方に向き直り、
「そういう、事……。分かったよ、アナタが千葉に戻ってこなかった理由」
嘲るような顔で、
「いつまで過去に執着しているの? ナツミと似た容姿の女の子たぶらかして。はっきり言って、気持ち悪いよ?」
気持ち悪い、という言葉が、俺の心の中で木霊す。
「ハルちゃんは気持ち悪くなんてありません!」
海夏が、俺と夏海の間に割って入る。大の字を作って、俺に背中を向け、夏海の前に立ち塞がる。
「そうやって幼い子を騙したんだね、このロリコン。ホント……気持ち悪い」
「やめてください!」
その女性が放つ言葉の槍に対し、少女が言葉の盾を持って守ってくれる。
「アナタは、いつまで前に進まないでいるつもりなの? 過去ばかり見て、今を見ない。初恋をいつまでも引きずっている弱い人。バスケ上手いとか、東大入るとか、そんなのただの飾り。精神的に成長していない……」
「やめてください!!」
夏海の、言う通りだ。
俺は精神的に成長していない。
精神的に成長していないから、幼い少女に恋をしてしまったのだ。
もし俺が精神的に成長していたなら、大人になった夏海に似た成人女性に恋をした筈。
恋をしたのが成人女性ではなく、少女だった時点でー精神的に成長していない証拠なのだ。
大人になっても、初恋を諦めきれない。
諦める方が、苦しい。
苦しい。苦しい。
苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
喉が掻きむしられるようにー痛い。夏海の言葉一つ一つの圧力を浴びせられる度に、体に毒を盛られているかのようだ。とても喉が、痛い。
痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
夏海の言葉全てが槍となって俺の全身を貫き、その痛みと苦しみで、体と心が蝕まれる。
あまりの痛みに耐えきれなくなった俺は、その場から逃亡した。
二人を残して、逃げ去った。




