破:2話
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俺は今、バスケの試合中。二階から海夏とバスケクラブの子供達が観戦している。
塾長と海夏のクラブのコーチが知り合いらしく、コーチが海夏の実力の変わりようを目の当たりにして、彼女に指導を施したという俺の試合姿を見たいが為に、子供達と一緒に観戦しに来たのだとか。
ちなみに、この社会人チームには助っ人で呼ばれた。正社員の先輩方の一人にバスケする人がいて、その人に頼まれ、つい試合に出てしまった。
先輩は、俺がまだ高校生だった三年前、バスケット選手なら全国の誰もが知るバスケット雑誌である「月刊バスケットボール」にて俺の事が特集されていた事を知っていたのだ。三年前の雑誌を彼が所属する社会人クラブの仲間達に見せたのだと。
それを見た彼の仲間達は喜んで俺を受け入れてくれた。チームは、あっという間に新参者である俺中心のチームになってしまった。
そして、現在の決勝戦に至る。点差は百対三十九で俺のチームのリード。百点中、九十点が俺の得点。
嬉しいっちゃ嬉しいのだけど……会場中に注目され過ぎて恥ずかしい。それに、インターハイのかかった高校の公式試合と、大人の草バスケ大会じゃ、そもそも熱量が違う。
強いてここに来て良かった事があるとすれば、海夏に俺の姿をアピール出来る事くらいか。
現在、俺のチームのオフェンス。俺はスリーポイントラインを踏むか踏まないかの所で、味方からボールを貰う。俺をマークする敵をー、
0・一秒で抜く。俺を待ち受けるのは、ゴール下で構える百九十センチ程の選手が二人。
「ハ! チビ野郎が!」「関東で有名だったか何だか知らねえけどよぉ!」
彼ら二人を見て、俺は思った。「十センチ背が足りない。跳躍力も足りない」、と。
俺は地元のストバスコートで、彼らよりも大きくて跳べる選手を相手に、修行してきたのだ。
★
高校一年生の春。俺は死んだような気分で高校を通っていた。
バスケ部に入った。「夏海の彼氏を公式戦で倒す為」。
バスケの修羅と化した。生活の全てをバスケに捧げた。
だが、茨城県にある俺の中高一貫校は勉強ばかりに力を入れる学校で、毎日九時から十八時までの授業。部活の練習時間は、他校と比べ僅かな時間しか無かった。
それがフラストレーションだった。バスケの力を求める俺には、授業が邪魔だった。
そんな日常のある日、電車の窓際から、とあるストリートコートを見つけた。
河川敷にあるコートだ。茨城県と千葉県の間境にあるコート。
気まぐれに次の日、そこへ赴くと、外国人達がバスケをしていた。
フィリピン、中国、イタリア、セネガル……多国籍なプレイヤー達が十人程。白人、黒人、黄色人種と入り乱れていて、中には二メートルを越える選手もいた。
俺がコートに脚を踏み入れた時ーセネガル人の、二メートル近い黒人男が、
「オマエ、ちびダナ。ソンナちびデ、バスケナンテ出来ンノカ?」
せせら笑う黒人男と、様々な国の男達。俺は、彼らの笑い声が引いてからー、
「俺は弱えよ。だけど、アンタ達みたいなデカい奴らとやった方が、上手くなれる」
その日から、俺が強くなる為の特別な場所が出来た。ストリートコートで外国人達と競い合う日々が始まった。
この河川敷の近くに外国人の為の日本語学校があるらしく、彼らはそこの学生達なのだと。
セネガルから来た二メートルの黒人は、元プロ選手だったとか。
バスケで強くなる為に、高校が邪魔になったので、千葉の高校に転校した。
元からそのつもりだった。茨城の高校ではなく、千葉の高校でなくては「彼」と戦えない。
転校先の千葉の高校は弱小校で、大して練習しない部活だったが、学校サボって部活だけ出ても何も言われないくらい緩い校風だった。それが好都合だった。
ただひたすら、強さを求める日々だった。毎日、毎日、ストリートコートで屈強な外国人達と闘い、トレーニングジムで体を鍛え、なおかつ部活をこなす日々。
外国人達に練習メニューを組んで貰い、バスケの為の肉体改造を施す事で、ダンクできる跳躍力を手に入れた。
ストリートコートでの記憶。外国人の男達との、ワルツを踊るかのような一対一。
「オッセエゾ! ハル! 相手ヲヨク見ロ!」「ああ! 分かっている!!」
十人もの多国籍選手が睨みを聞かせながらコートを囲む中での、一対一の記憶。
一人倒しては、次の相手、次の相手、次の相手……五人でのチーム力を圧倒できるような、「個」の能力の向上。チームワーク重視及び、せいぜい平均身長百七十センチしかない高校生同士の部活では味わえない、平均身長百九十センチの巨人達との勝負経験。
トレーニングジムでの記憶はーー、
筋繊維一本一本をイジメる度に得られた、体が進化する感覚。
スクワット、レッグカール、ベンチプレス、腹筋運動、腕立て伏せ(プッシュ・アップ)、エトセトラ……。
(もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……もっと!!)
筋肉を破壊する度にこう心の中で叫んだ、「まだ鍛え足りない」と。他のジム会員がドン引きして俺を見る視線等、全く気にならなかった。
千葉の高校ー転校先のバスケ部での記憶。皆、俺中心のチームとして動いてくれた。
「その身長でダンク出来るなんてすげぇな!」「その調子で俺達を勝たせてくれよな!」
茨城の高校では俺のワンマンプレイは疎まれたが、ストリートコートとトレーニングジムにて、バスケにおける圧倒的な「個人技術」を身に着けた俺は、千葉の高校の部員仲間達を魅了する事が出来た。皆、俺に期待してくれた。
夏海の彼氏を公式大会で倒すというー亡霊のような本心を隠す俺に、期待の眼差しを向けてくれたのだ。
バスケに明け暮れる日々。今振り返るに、勉強をサボってバスケに打ち込んでいたから、一浪する羽目になった訳だけど。
当時はそれで良かった。全国大会出場にも、仲間と青春を駆ける事にも、興味が無かった。
ーただただ、初恋を奪った男をバスケで倒す事が出来れば、それだけで良かったー。
☆
「ブー!!」と試合終了のブザーが鳴る。俺のチームの圧勝。
既に左脚に痛みが迸っている。だが教え子の前だ、無様を晒すワケには行かない。
二階を見上げ、海夏と顔を合わす。
微笑してこちらに小さく手を振ってくれる。そんな彼女に、俺も微笑で返す。
俺にとって、復讐の為の道具だったバスケは今、二度目の初恋を手に入れる為にある。
☆
小橋家内、海夏の部屋にて。俺は今、彼女に英語を教えている。
二学期に入ってからも、金曜の夜のみ、海夏の家庭教師を継続する事になった。土日は海夏も俺も、塾の方に赴いている。
「先生。この間の試合、無理してませんでしたか?」
「……ちょっと、頑張り過ぎたかもしれないな」
「ダメですよ! お体はご自分で大切にしてください! ウミカ、先生の脚が心配です!」
「……気を付けるよ。ところでー」
話題を無理矢理変え、
「あれからマコとはどうだ?」
「マコちゃんは相変わらず皆に厳しいですけど、前より皆を褒めるようになった気がします。ウミカにもたまに優しいですよ。普段はやっぱり、ちょっと怖いですけどね!」
「……あの日のウミカとマコの戦いを見ていたチームメイト達に『二人の勝負の事は誰にも言わないでくれ』って言ったらしいな?」
「え? 何で先生がその事知ってるんですか?」
「マコから聞いた。彼女にも個別指導しているからな」
「……マコちゃんと学校の皆の仲が悪くなるのは、見たくないですから」
優しい子だな。自分の額に傷を付けた相手に対して……。
「クラスの皆とは上手くやっていけているか?」
「はい! 学校、楽しいですよ!」
「それは、良かった」
「全部……先生のお陰です」
頬を赤らめて、恥ずかしそうに俯く。分かりやすい子だ。
「違うよ。ウミカが自分自身で手に入れた『今』だよ。俺はただ、背中を押しただけ」
「その背中を押してくれた事が、ウミカにとってはとても嬉しい事だったんです。友達に向き合う勇気をくれたんです」
友達に向き合う勇気……か。俺には無い感覚だな。
あの中三の三月の、「世界が砂になった夜」に、「バスケの修羅」になる事を決めた俺は、友達と遊ぶ時間なんて強くなる為に不要な物だと考え、捨てた。
女にモテる為には、初恋を手にする為には、友情は不要物だと判断した。一つの恋愛の為に、全ての友情を捨てた。
「先生の小学校時代は、どんな感じだったんですか?」
「俺の?」
「はい! 先生がどんな子だったのか、気になります!」
「……目も当てられない、イタイ奴だったよ。いじめられっ子……いじられ役だったかな?」
「先生が、ですか?」
「うん。でも誤解しないように言うと、凄い良いクラスだったよ。担任の女先生も、とても熱い人で、クラスを盛り上げてくれた。俺の人生で一番幸せだった時期だ」
ー幸せ過ぎて、もう一度あの素晴らしき日々に戻りたいと、何度思った事か。
運動会、ピクニック、修学旅行のキャンプファイヤー、クラス内での花火大会、夏海がバレンタインの日にクラスの皆に配ったチョコ……全てが今では、眩し過ぎる光の結晶。
俺が過去の想い出に耽っていると、海夏が焦ったような顔を浮かべた。きっと俺の表情が、哀愁を含んだ顔になっていたからだろう。悲しそうな顔に見られた、かも。
「せ、先生、ウミカとの約束、覚えてますか?」
海夏の方から、話題を切り替えてくれた。
「約束?」
「ロケットを一緒に見る約束です」
「ああ! もちろんだ! ロケットの打ち上げは十二月二十四日……だったよな?」
「はい! ウミカ、とても楽しみです! 先生がロケットに驚く顔を見るの!」
俺が驚くのを、か。嬉しい事を言ってくれるな、この少女は。
……十二月二十五日、クリスマスの朝という日付は、俺の心のカサブタが、少し開く日付だ。一生治らない、「初恋の喪失」という名のカサブタ。永遠の後遺症。
「そういえば先生。バスケクラブのコーチが、今度先生をウミカ達のチーム練習にお招きしたい、って言っていましたよ」
「……え?」
「先週の社会人大会での、先生のご活躍ぶりを見て、是非先生にクラブの特別講師をやって頂きたいのだとか!」
「……俺何も聞いてないよ?」
二日後、その件で塾長から電話があった。海夏の所属するバスケクラブである以上、断る訳にもいかない。俺は仕方無く、特別講師の仕事を受け持つ事を了承した。




