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序:10話

☆☆

(堕ちたな)と、目下で眠る少女の柔らかな寝顔を見ながら、俺は笑みを浮かべていた。

 氷のうを彼女の額に当てたまま、カーテンから漏れ出る茜色の光だけが頼りの、薄暗い部屋の中で一人、笑う。

 ……この子は俺を好きになった。間違いない。

 俺は初恋に呪われている非リア男だが、非モテだと思った事は無い。中三の時に一回、高校時代には三回女子に告白された事がある。

 自分に惚れた女がどんな顔をするのか、ちゃんと観察している。海夏はようやく俺の事を好きになったと、確信している。

 だがここからが本番だ。「法律の壁」との闘い。

 まずは、この子に「俺の事が好きだ」と言わせる。そしてこの子の親も説得する。

 両想いになって見せる。今度こそ、「初恋」を手に入れてみせる。


 ー沸々と、背徳感が湧き上がってきた。それは「法律の壁」とは別の、背徳感ー。

 彼女を……小橋海夏を高木夏海の代わりに使っているという、背徳感。

 俺は本当に、彼女と両想いになる資格があるのだろうか? 小学生時代の夏海をー初恋を追い求め続けた事で出来てしまった心の傷を、癒す為だけに海夏と付き合おうとしている俺に。

 分からない、分からない、分からない、分からない……分からない。

 俺はこの子を、本当に好きなのだろうか? 俺が好きなのは、夏海なのではないだろうか?

「ゲホッ! ゲホッ!」と、背徳感で気持ち悪くなり、咳き込む。

 向かい側に置いてある姿見鏡を覗き込む。そこには、俺の本性があった。

 初恋に敗れ続け、初恋に呪われたまま二十歳を迎えた、哀れな男の顔。

 俺は、小学生の頃の夏海を忘れられない。あの面影を忘れられない限り、誰かと恋愛をする度に、必ずこの背徳感が湧き出てくるのだろう。

 でもさ、仕方ないじゃないか。俺の好きな人はもうこの世にいないのだから。俺の好きな人は、変わってしまったのだから。男を知って、変わってしまったのだから。

 俺は、今の「十一歳」の海夏が好きだ。この子の容姿も、綺麗な心も。

 だけどこの海夏も、いつか変わってしまうのだろう、夏海のように。

 この幼い少女と仮に付き合えても、いつまでも精神的に成長しない俺の事を、中学生、高校生、大人となっていく海夏の方が捨ててしまうんじゃないだろうか?

 仮に海夏が俺を捨てなくても、この無垢な少女も大人になればなるほど社会に(けが)されていく。

 俺の方が大人になっていく彼女を好きでいられなくなってしまうんじゃないだろうか?

 

 俺の中の、止まらない妄想。止まらない不安。止まらない恋心。

「一生に一人の人」ーその言葉は、俺の心の傷だ。俺はこの言葉が、大嫌いだ。





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