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序:9話

☆☆

 冷たい。頭が冷たい。額の当たりが。

 試合はーどうなったんだっけ? ウミカなんかがあのマコちゃんと良い勝負していた事までは覚えている。それから、転んで、どこかに頭ぶつけてーどうなったんだっけ?

「ウミカ、痛むか」 

 渡先生の声だ。ここはどこだろう? 夏なのに涼しい。エアコン?

 ゆっくり、目を開けるとー、

 ウミカはベッドの上に寝ていた。額にはアイシング用の氷のう。先生が上から押さえている。

 明かりを付けていない、薄暗い部屋。カーテンの隙間から少しだけ漏れ出ている、オレンジ色の光だけが部屋の明かり。もう、夕方みたい。

「せん……せい……」

「氷、ぬるくなってきたら言ってくれ。すぐ新しいのに入れ替えるから」

 先生……ウミカの為に。

 先生がウミカを上から覗き込んでいる。先生の顔は今、ウミカが少し手を伸ばせば届く所にある。やっぱりウミカのお兄ちゃんによく似ている。

「先生、一人でアイシングできますよ」と言おうかな? と思った。両手は動かせる。氷のうくらい、自分一人で額に当てられる。

 だけど、氷のう越しの手の平に、どこか安心感を覚えてしまった。

 先生のご厚意に、甘えたくなってしまった。

 そういえば小さい頃、公園で遊んでいる最中に転んで擦りむいて、泣きじゃくっていたウミカに、お兄ちゃんが「痛いの痛いの飛んでけ!」をやってくれていた気がする。

「痛いの痛いの飛んでけ!」っておまじないは、本当に痛いのが和らいでいる訳じゃなかったけど、心が和らいだ。あのお兄ちゃんの笑顔が、安心感をくれた想い出がある。

 氷のうの上から額を押さえられていると、頭を撫でて貰っているような安心感がある。

 氷が傷を、氷のう越しの手の平が心を、癒してくれている。

 

 クラスの誰にも話しかける事が出来ない状況になって、産まれて初めて孤独の怖さを知った。

 隣の席に友達がいるのに話しかけてはいけない孤独感は、一人でいる時の孤独感より、ずっと孤独を感じた。「人に優しくする事は良い事」なはずなのに、それが原因で皆に嫌われてしまうなんて。どうすれば良いか分からなかった。学校に行くのが怖くなった。

 そんな孤独感を、渡先生が埋めてくれた。先生とバスケする毎日は、大変だったけど楽しかった。「可愛いだけ」のウミカから、変われたような気がした。

 今もまだ、クラスの皆とどう向き合えば良いか分からない。優しさで人を傷つける事もあるという事を、知ってしまったから。「おはよう」と、女の子に言うのも、男の子に言うのも、怖い。

 でも……怖くても一歩踏み出せば、何か変わるかもしれない。

 このストリートコートで西之表市(にしのおもてし)の小学校の男の子達と二対二をやったあの日ースリーポイントシュートを決めた瞬間、自分が変わったのを感じた。シュートを外してしまって、味方に怒られてしまうという恐怖を乗り越える事が出来た瞬間だった。人生で初めて得点を決めた瞬間ーあの経験が無かったらマコちゃんに勝てなかった。

 ウミカは、この一ヶ月でちゃんと変われた、はず。「人に嫌われてしまうんじゃないか」という恐怖に、向き合えるくらいには変われた、はず。

 今のウミカなら、クラスの皆と向き合える、はず。


 ウミカは、氷のうを押さえてくれている、頭上の先生に向かって、

「先生……ウミカ……学校……行ってみます……」

 途切れ途切れだったけど、口に出来た。

「そうか……良かった」

 勇気をくれた先生に、感謝を言いたくなってしまって、

「ありがとうございます、先生。ウミカ、先生の事が……」

「?」

 続きを言う前に寝たふりをした。寝たふりをしていたら、いつの間にか本当に寝てしまった。


 ウミカは、ウミカだけに人一倍優しくしてくれる先生の事が、大好き。




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