自分勝手な義妹に、無能な婚約者が嫌だからお姉様にあげると言われましたが、いくらなんでもお相手に失礼です
「お姉様にルーク様をあげますわ」
ある日、妹が唐突にそう言いました。
「え?」
ルーク様というのは妹の婚約者です。妹のエレノアは1年前に父の再婚によりできた私より1つ下の義妹で、私は妹の婚約者とは面識がありません。
「……あげるというのは、どういう意味かしら?」
「説明しないと分からないなんて、お姉様は鈍いですわね」
妹はうんざりした顔で大きく息を吐きました。
「普段からわたくしの話を聞いていたら、分かるでしょう? ルーク様ときたら無愛想で何の面白みもなくて、伯爵令息だけれど三男だから爵位を継げるわけでもないし、年下で頼りがいもないし、いつもぼーっとしていて本当に何を考えているのか分からないし、ダサくてとろくて無能で、わたくしとは全然釣り合いがとれないのですわ。そんなわけで、もううんざり。要らないから、お姉様にあげることにしますわ!!」
妹は力強く、ガラスのテーブルを叩きます。
「でも、ルーク様は物ではありませんし、あげるとかもらうとか……失礼だと思うのです。大体、合わないのでしたら、普通に婚約解消してはどうかしら?」
妹は更に表情を歪めて、左右に首を振りました。
「馬鹿なの、お姉様。三男とはいえ、子爵家より爵位が高い伯爵家の令息だし、大した理由もなくこちらから婚約解消なんてできないでしょう? それに、実はルーク様のお父様のカーランド伯爵は、亡くなったわたくしの父と友人だったのよ。わたくし、カーランド伯爵に悪い印象を持たれたくはないわ。それで考えましたの。わたくしがお姉様とルーク様を引き合わせるから、お姉様がルーク様を気に入ったということにしてくれれば、問題はないでしょう?」
「そんなの、私がエレノアからルーク様を奪ったみたいに思われるわ」
「心配しないで。別にお姉さまに奪われたなんて言いふらさないから。実際、お姉様とルーク様はお似合いだと思うの。鈍くさい同士、気が合うはずよ」
酷い言われようだけれど、1年の間に妹のそんな暴言にもすっかり慣れてしまいました。
「でも、ルーク様のお気持ちもあるでしょうし……」
「ルーク様はわたくしからお姉様に婚約者が変わったって何とも思わないわ。きっとあの人形のような男は、婚約者なんて誰だっていいのよ。これまでわたくしに花一輪、手紙一通、寄こしたことがないんですもの」
妹の暴言はエスカレートしていきます。
「考えてみたら、人形の方が愛嬌があるだけまだマシかもしれないわね。あの無表情の木偶の坊、こんなに美しいわたくしと少しも目を合わせようとしなかったのよ。声をかけても唖者のように黙りこくって。挙げ句の果ては、ガチャガチャと変な機械いじりばかりして、本当に意味が分からないわ」
「エレノア、とにかくルーク様ときちんとお話してみましょう?」
「何を?」
「エレノアをどう思っているのか、彼の方も婚約を解消してもいいと思っているのだったら、彼からカーランド伯爵に話してもらえばいいでしょう?」
「嫌よ。わたくしが、あんな木偶の坊に振られるような形になるのだけは絶対に嫌」
「そういう問題ではなく、ルーク様はエレノアと婚約解消したくないと思っているかもしれないし」
「それも困るわ。わたくしには、次の……あ!!」
エレノアは急に口を押さえ、気まずそうに私から目を逸らしました。
「次?」
「別にいいでしょう」
妹は一言そう言った後、暫く口を噤んでいましたが、やがて諦めて再び口を開きました。
「まぁ、結局すぐに分かってしまうことだから白状するわ。わたくし、近いうちにヘンリー・サヴァス侯爵子息と婚約しようと思っていますの」
「え?……どちら様ですか?」
私は驚いて、そう尋ねました。
全く聞いたことのない名です。
彼女の想い人でしょうか。
「やっぱり鈍いわね。最近、執事長やメイドたちがひそひそと話しているのに気づかなかったの? お父様が子爵家に持ってきた縁談のお相手ですわ」
「でも、お父様はエレノアに婚約者がいることをご存知ですよね?」
「だから、お父様がお姉様に持ってきた縁談話ですわ」
エレノアは開き直ったかのように、言いながら胸を反らします。
「別にお姉様が悩む必要はありませんのよ。ヘンリー様は長男で次期侯爵になられるお方。侯爵夫人なんて、お姉様には荷が重いでしょう? お姉様にはルーク様の方がお似合いですわ」
「エレノア、色々なことを勝手に決めないで、まずはルーク様やお父様に相談してみましょう?」
「鈍いくせに、そうやって周囲を味方につけて、わたくしより優位に立とうとでも考えているの? お姉様にヘンリー様は渡さないわ」
渡すも渡さないもありません。そもそも、私はその縁談話自体知らないのです。
とにかく私は、エレノアの婚約者、ルーク様に会ってみることにしました。
エレノアに連れられて、ルーク様のお邸を訪ねます。
「今日は普通にお姉様のことを紹介するから、当たり障りのないことをお話しするだけにしてくださる? まあ、話なんて一方通行になるだけだと思うけど。後日、お姉様がルーク様に好意を抱いてしまったと説明するから。お姉様、それでいいわね?」
エレノアに小声でそう釘を刺されます。
そもそも最初から了承なんてしていません。私はただ妹の話を聞き流しました。
伯爵家のメイドに案内され、ルーク様のお部屋の前まで進みます。
「ルーク様、紹介が遅くなりましたが、こちらわたくしの義理の姉のリリアンですわ」
エレノアは勝手知ったる感じで、ずかずかとノックもせず彼の部屋に入り、彼にそう声をかけました。
「突然失礼いたします。初めまして、ルーク様。リリアン・グレンダと申します。妹が大変お世話になっております」
私はそう言って一礼しました。
「初めまして。ルーク・カーランドです」
ルーク様は無表情で返しました。
妹から表情がないと何度も聞かされていたので、冷たい印象なのかと思っていましたらとんでもありません。柔らかな雰囲気の、とても綺麗な顔をした男性です。
エレノアは、彼のどこに不満があるというのでしょう。
私と妹はルーク様と何気ないお話をして、帰りました。
彼は、口数は少ないですが、決して不快になるような返しはされません。
その日、注意深くルーク様を観察していたのですが、彼の妹への思いを推察することはできませんでした。
自邸に戻ると、妹はすぐにルーク様に私が彼と婚約したがっていると手紙で伝えようとしました。
私は、まずは彼ともっと2人で話してみたいと言いました。
エレノアは、私が彼に興味を持ったことをよいことと捉え、性急に事を進めることをやめました。
実は私は、妹や私がどうというより、ルーク様のお気持ちが知りたかったのです。
妹の我儘のせいで、彼に傷ついて欲しくないのです。
それから私は、妹のことで相談があると言って、1人で度々ルーク様のお邸を訪ねました。
どう切り出していいのか分からず、私は馬鹿みたいにどうでもいい話をして帰ることを繰り返しています。
そんなこんなで、彼のお邸を訪れるのも五度目になりました。
さすがに今日こそ、ルーク様のお気持ちを確認しなければなりません。
いつも淹れてくださるハーブティーのよい香りが彼の部屋に立ち込めています。
沈黙がとても重く、私は顔を上げることができません。
「リリアン嬢、あなたは優しい方ですね」
不意にルーク様がそうおっしゃいました。
「……僕はエレノア嬢に振られたのですね」
「知って……」
私は顔を上げました。
彼は優しい瞳で私を見つめていました。
「こんなに頻繁に婚約者の姉君が訪れるなんて、他に理由は考えられないでしょう? しかも、とても深刻な顔をして」
「申し訳ございません」
私は彼に頭を下げました。
「よいのです。エレノア嬢が最初から僕を好いていないことは分かっていました。僕の悪口を周りに言いふらしていることも。そして僕も父上の顔を立て婚約を承諾しただけで、正直なところ、彼女に好意を持ったことは一度もありません」
彼は無表情でそう言いました。
「え?」
「騒がしい女性は苦手なのです」
彼は肩をすくめます。
「それで僕からお願いがあるのです。もし可能性があるのなら、僕と友人からでもお付き合いをしていただけませんか?」
「私……ですか?」
ルーク様は頷きました。
「こんな形で願うのは非常識かもしれませんが、あなたといるととても心が落ち着きます。あなたは差し込む陽の光のように温かい。エレノア嬢に振られるような僕ですが、可能性はありますか?」
「はい……」
私は両手を胸に当て、頷きます。
ルーク様は笑いました。
それは微かな笑みでしたが、胸が締め付けられるほど素敵な笑みでした。
それからすぐに、当家とヘンリー・サヴァス侯爵子息との縁談話は立ち消えになりました。
実はルーク様とヘンリー様の弟君はご友人で、エレノアがルーク様からヘンリー様に乗り換えようとしていたことがばれてしまったのです。
それに、そもそもヘンリー様は私と婚約をしたいと考えていただけで、エレノアと婚約するつもりなど少しもなかったようです。
これまでのエレノアの言動も伴って、社交会ではエレノアの悪評が広がり、彼女への縁談話は一切来なくなりました。
自分勝手なエレノアは、私にルーク様を返してほしいと言ってきましたが、あいにく私たちの間に彼女が割り込む隙は微塵もありません。
数年後、ルーク様と私は結婚しました。
そして、ルーク様は長年続けてこられた科学の研究が認められ、国王から表彰されることになりました。
私は彼の側で、彼の好きなお菓子を焼き、ハーブティーを淹れます。
私たちは、とても穏やかに暮らしています。
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