第7話:返礼
「はぁ~……予想通りか……」
グラハムが呼び出され、向かった先の部屋にシュバルツシルトとマクスウェルは居り、用件を訊くと、やはりあの時に渡した虹色マネーカードの返却と云う用件だった。
「コレのお陰で助かりましたぞ、教授!
ようやく、返せる時が参りました!」
「……国家予算に、大きな影響が出るなんて事態にならないでしょうね?」
「ソレが出来ねば、返せませぬ!」
どうやら、受け取っても大丈夫なお金のようだ。
「──で、如何でしょうか、教授?」
「──は?如何でしょうかとは、どう云う意味で?」
「ホラ、返した時の約束がありましたでしょうか!」
「──ん?何か約束したか?」
シュバルツシルトが、急に渋い顔をした。
「……まさか、忘れたとか申しませんでしょうな?」
「うん、多分、覚えていない!」
「コレを返せたら、一人前と認めて頂けるとの約束は?」
「……は?いや、皇帝陛下になられたのですから、もうとっくに一人前でしょう」
「え?……まさかそう云う意味で私を試し、『一人前になれ!』との教えを下されたのでしょうか?」
「うーん……そう云う意図があった可能性が否定出来ぬ……」
「ハッハッハッ。ソレは納得!
ソレは兎も角、受け取って下され」
「はい。頂戴致します。
それにしても、随分派手に腐敗を切り捨てましたね」
「あの当時は、腐臭がするレベルまで腐り切っておりましたからな!
『黄金世代』の面目躍如でしたよ!
まぁ、私が皇帝になる迄は、しばらくの時を要しましたがね!」
「30年で公爵家から皇位継承権者第一位に認められ、皇帝陛下になられたのは、十分に早いと思いますけどね。
普通、特例でもないとそもそも成れるものではないでしょう」
「30年……そうか。そんなにもの時を要してしまったか……。
しかし、腐敗を切り捨てて成り上がるには、その時間は必要でありましたな!」
「下らない独裁者にはならないで下さいよ」
「当然でありますな!
しかし、強い発言権は欲しい。
で、あるからこそ、皇帝の座は他の者には渡せなかったのですからな!
マクスウェルは、その為の大事な右腕になりましょう!」
「頼り切られても困りますが」
マクスウェル宰相はボソリとそう述べた。
「イマイチ頼りないのがツラいところでありますが」
「陛下が私を頼り過ぎているだけでありましょう?」
「ハッハッハッ。右腕を頼らなければ、私とて皇帝の座は重いくらいであるからな!
全く、もう少しだけ、望む方へ思い通りに動いて貰えれば、あと10年は早く事を成し遂げられたものを……」
笑うシュバルツシルトの目は、全く笑ってはいなかった。
「それで?
用件は済みましたか?」
「そう、『白龍牙剣』ですが、無償で頂くのも如何なものかと思いましたもので……」
シュバルツシルトは、懐から虹色コインを取り出した。
「代金として、如何でしょう?」
「幾ら何でも、高過ぎます!
赤か白かのコイン位で十分です!」
「いや、ならば、せめてこの位は受け取って頂きたい」
次いでシュヴァルツシルトが取り出したのは、白カード。対価として、50億マナクル相当である。
「……まぁ、個人的に懐から出しているのであれば、受け取りましょうか」
「ま、まぁ、そうですな。私めの懐から出すのが相当でありましょう!」
そう言って、マクスウェルに対して「な?」と確認しているところから見るに、国庫から出す案もあったのであろうし、シュバルツシルトの懐から出すのは、やはりちょっと痛い値段であるのだろう。
「国宝にしたいところですがなぁ……」
「個人用の装備とする為に、名を描いておいたでしょう?」
やはり、グラハムには国宝とされては困る事情があったようである。
「しかし、後の世では国宝と云うか、『聖剣』として祀られるでありましょうが……」
マクスウェルは尤もな事を言おうとしたようだ。
「何しろ、陛下の他には鞘から抜ける者も居りませんでしたし、後世で抜ける者が現れたら、『勇者』と云う認識で扱われるでしょうからなぁ」
「ワザワザ、現代ですら知る者が珍しい、古代文字で名を描いたのに?」
「鞘から抜けねば、その名すら判明しないでありましょう。
加えて、もしも抜けてしまった場合、その『古代文字』の情報収集に奔走するのでありましょうし」
「……そうか」
どうやら、その点はグラハムの想定の外であったようだ。
「後世で、名前の一致を意図的に行い、使えてしまえる事の無いようにその封印を施したのだが……。
シュバルツシルト殿が歴史に名を残す人物にでもならなければ、本当に偶然の一致でしか為し得ない行いになるようにしたのですけれどね」
「教授……」
マクスウェルは、頭が痛いとばかりに押さえて、こう言う。
「陛下の所業は、既に歴史に名を残すレベルであります」
「あぁ、政の改革を成し遂げたと云う意味では、確かに既に……と云う話になるな。
ソレを後世で必要に応じて名付けると云う伝承をしたら……うん、間違い無く、強い切り札になるね!」
俺はこの『切り札』を残すであろう事に、一抹の不安を覚えて、『皇帝就任祝い』としてこの剣を与えた事を、少しばかり後悔するのであった。