第6話:カリー事変
「カリー?!大量の香辛料を使った料理!?」
一年生入学式の後の夕食。ソコで、新一年生の皆は、驚きのメニューを知る事になった。
「うん。ターメリックって云う香辛料をメインに、十種類以上のスパイスで味付けた、この寮の金曜日の夕食の定例料理だ!」
グラハムは、ソレラのスパイスの提供主であるし、発案者でもあるから、ちょっと自慢気だ。
元々はエルフの伝統の料理だった。
ソレを、近くの隠れ村で生産されている大量のスパイスを仕入れる事によって、学園にのみ提供している人気料理である。が、初見の者は、ソレをゲテモノ扱いする事が多かった。
「確かに、スパイスの良い香り……」
コレは、グラハムの財力があって為せる事であり、グラハムが卒業した後は、恐らく食べられなくなるだろうと言われて惜しまれている料理だ。
グラハムは、今日はナンにするかライスにするかを迷っており、ソレ以上の説明を省いていた。
だが、間もなく、エジソン達もその料理を目にする。
「うわぁ~、あんなものを食わなくちゃならないのかよ!」
リンカーンがそう反応した。
「皆、最初はそう言うんだよなぁ……」
迷った結果、エジソンはライスに決めた。
「食べ切れないと思うなら、ナンを選んで、カリーはナンに少し付けて試しに食べて、カリーは食べられないと判断したら、ナンだけ食べるといいよ。
俺はライスで食べるけど」
エジソン達は迷って相談した結果、男子がライスを、女子はナンを試す事にした。
ところが、実際に食べてみると。
「……アレ?──美味しい。コレなら食べられる!」
「本当だ!美味い!凄く美味いぞ!」
驚きを覚えながら食べ進める一年生。だが、そんな中にとんでもない人物が紛れていた事を、最初に気付いたのはグラハムだった。
「……何やってんだ、あの人。こんな場所に居ていい人じゃないだろう」
その人物とは──シュバルツシルト・ノーベル=オーファ皇帝陛下その人だった。様子を見ると、教職員に混じって美味しそうにカリーをライスで食べていた。
「ちょっとゴメン。ちょっと見過ごせない人が居るから、少し挨拶して来る」
急いでカリーを食べ終え、グラハムは席を立った。
よく見ると、マクスウェル宰相も同席している。カリーを食べて、いい笑顔だ。
「お二方、失礼。
こんな場所で、何を為さって……」
「おお、教授!相変わらず、カリーは美味しいですな!
全く、学園以外では食べられないのが残念で堪らぬ」
「全く以て、左様に御座います。
王城でも、週に一度は食べられるようにするべきですな」
「……不可能では無いですが、高く付きますよ?」
「おお、そうじゃ!教授に用件があったんじゃった。
後で別室にて」
「……はぁー……。余り騒ぎを起こさないで下さいね!」
「大丈夫じゃ。後世で愚帝と言われるよりも、物好きで美食家な皇帝としての、奇行として有名な逸話を残す位の方が、気分が良い」
「宰相閣下も止めて下されば……」
「私めも、物好きで美食家な宰相として、陛下と並び称される方が好ましく──」
「陛下の御子息に挨拶させに呼びましょうか?」
「「不要である」」
「サッサと食べて帰って下さい!」
「否、用件があるのは本当じゃ。
コレだけは済ませぬと、成仏出来ぬ!」
「……本当に、大事な用件なのですよね?」
「ウム。ワシの矜持に傷が付くレベルじゃ!」
「……今は信じて、呼び出されるのを待ちます。
下らない用件だったら、有ること有ること、全部ぶち撒けますからね?」
「判った!大丈夫じゃ!保証する!」
この男の、この言い方の時は信用出来る。──筈だ。過去の経験を基に、グラハムは『大丈夫』と判断した。
でも──
「……何か面倒事を持ち込んだのでは無いですよね?」
「用件そのものは直ぐに済む。安心して下され」
ならばいいかと、グラハムもようやく納得して席に戻る事にした。
ソレはいいものの、グラハムは席に戻った後に、エジソンから質問責めに合って、少しシュバルツシルトを恨んだ。
尚、グラハムの握っている『有ること有ること』とは、グラハムが過去の知人を試す時に試す定番の文句であって、例えあのシュバルツシルトと云えど、記憶に残っている事なぞ殆ど無いのだが……。
過去に何人か、『有ること有ること』を吹聴されて、社会的に死に追いやられ、後悔した者が居ることは事実で、そのニュースは学園OB&OGの間であっという間に噂が流れ、本気でグラハムを畏れている者が、国の中枢にも多い事は、今も尚と云うか、今だからこそ、多いのだった。
「でも、何の用件で来たんだろうなぁ……」
グラハムには、本気で理由が判らなかった。
高い金を貸していたと云う記憶も最早無かったのもある。
ただ、偶に挨拶の為にやって来ては、スカウトの真似事をされた事は二度や三度では無い。
二人もそう云った用件で来たのかと思えば、シュバルツシルトの矜持に傷が付くレベルと来た。
思えば、暴君子──皇太子の頃から八年でシュバルツシルトは国の根幹を立て直す、一大事業に成功している。
そうやって記憶を掘り出してゆくと、そう云えば、虹色のマネーカードを渡した覚えがあるような無いような……。と云う程度の認識であった。
「まさか……ねぇ?」
虹色のマネーカードと云えば、小国の国家予算並みの価値がある。
ソレを、返せるレベルで経済的に立て直した?
「うーん……それかも知れないとだけ、思っておくことにしよう」
結局、グラハムはその程度で考えを纏めて、後は忘れてしまう事にした。
そして、カリーを食べるついでに来た可能性を、頭の片隅に置いておく。
まさか、カリー食べたさの余りに、無理矢理に用意した場合には、軽く説教をした方が良いのではないかと、シュバルツシルトにとっては、面目丸つぶれの考えをグラハムはしているのだった。