第5話:男装の麗女
食事を終えると、一年生は一旦寮に戻る。
そして、六人部屋の同じ部屋に八年間の付き合いになるであろう相手との挨拶を済ませるのだが。
「アレ?この面子?……女子も二人居るのに?」
そう、グラハムの同室に、エジソン含むその取り巻きの男子二人と女子二人も同室だったのだ。
そして、部屋はカーテンで部屋を半分に仕切るように二つに分かれるのだが、エジソンは女子二人と同じ側に在った。
そして、部屋は両端に三段ベッドが二つあり、入って左側のベッドの一番上がグラハムであり、右側のベッドの一番上がエジソンであった。
「ふーん……。──アレ?ひょっとして……と云うか、確信しているんだけど、エジソン君って男装の麗女?」
「──はぁ……。隠しても無駄か。
そう、僕は男装しているけど、歴とした女子だよ。
狙われるといけないからとこんな格好して誤魔化しているけど、何年かしたら誤魔化しも効かなくなるだろうね」
「……シュヴァルツシルトの命名のセンスを疑いたいところなんだけど、実は『エジソン』は偽名だったりする?」
「……父上は、予備の男児が一人欲しかったからと言って、僕を男児として育てる為に、名前も男らしい名前をと、この名を名付けたんだ」
「ほぅ……。実は、性別変換の魔法が使えたりするんだけど、必要になったら相談してよ。
まぁ、妊娠していたら効かない魔法なんだけど」
「うっ……。ホントに困った時には相談するよ。
よろしく、グラハム」
「コチラこそ、よろしく、エジソンちゃん」
エジソンは眉を顰めて口を尖らせた。
「『ちゃん付け』は止めてよ。他の人にバレる」
「で?他の四人の名前は?ああ、呼び方だけで良いよ」
四人は順に、『リンカーン』『ケネディ』『ナイチンゲール』『キュリー』と名乗った。
「八年間、よろしく頼むよ!」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
グラハムにとっては定例の挨拶であるが、エジソン達からすれば、『皇帝陛下から直々に「丁重に挨拶をしておくように」との指示が出されている相手』である。決して無視のならない相手である事は間違い無い。
リンカーンとケネディは、エジソンの護衛。しかも、「生命を賭してでも護り抜け」と父親である貴族当主から命じられた、自らの鍛錬兼護衛任務である。生半可な覚悟では無い。
ナイチンゲールとキュリーは、同じく貴族当主である父親から、「殿下に何一つ不自由の無いように」と命じられて、万が一の時の影武者的な役割も仰せ付かっている。
今は女性としての格好をしているが、男装の備えもある。
もしもの場合には、「自分が犠牲になってでも、殿下を逃がせ」とも言い含められている。
だが!
グラハムがその気になったら、誰にも止められない。
曲がりなりにも、ドラゴンを毎年一人で一体狩って来ているのだ。その実力は、底が見えない。
「さてと」
そんなグラハムが、挨拶を終えてから取った行動は。
「エジソンち……君。獲物の剥ぎ取り用のナイフなんか要らない?」
「へ?……話の流れが見えないのですが……」
「そう?
この世界って、争い事を起こしたら龍神様がお怒りになるから、戦争と言える規模の争い事をしないでしょう?
だから、戦うとなったら、相手は魔王や魔族・モンスター。
特にモンスター狩りは騎士になっても大きな役割でしょう?
そうなると、その生命を頂くのだから、適切な処置をしての剥ぎ取りによる素材の活用は、大事な供養でしょう?
だから、良い剥ぎ取り用のナイフは、大事だよ?ちゃんとしたナイフ、持ってる?」
「いえ……ソレ用のナイフはありませんが、剣ではダメなのでしょうか?」
「うん、じゃあ、今から剥ぎ取り用の『龍牙ナイフ』を造るから、出来上がったら贈るよ。
折角だから、部屋の皆の代表として、受け取ってよ」
この時、エジソンは父親である皇帝陛下から言われた話の一つ、「絶対に奴に借りを作るな!──と言っても、奴に一つも借りを作らないと云うのは不可能だろうから、アイツが勝手に貸しを付けて来られたら、諦めて借りを作っておけ」と云う言葉の真意を知った。
『龍牙ナイフ』。皇族・貴族の女性にとって、ソレは自らの貞操を不本意に奪われそうになった時に、相手か自分か、どちらかの生命を奪う為に使われる、最上級品である。当然、半端な価値では無い。
だが、この借りを作ることを避けられるだろうか?いや、相当に難しい。何しろ、エジソンが希望した訳でも無いのに、グラハムが勝手に「造る」と言って、ソレを「贈る」と言っているのだから。
下手に断って、グラハムの機嫌を損ねるのも、明らかな悪手だ。
よって、エジソンが父親の言葉の真意を悟った通りに、有り難く受け取って、感謝の言葉を尽くす、と云う手が、目に見えた最善手だ。ソレも、もし明らかにされても、スキャンダルのネタになり得る性質のものでは無いのだ。エジソンから見て、その手は一つの問題も無い。単なる、お近付きの品として、例えソレが分不相応なものであっても、致命的なダメージを受ける可能性は見えない。
で、あるからして。
「──完成した暁には、有り難く感謝して頂きたく思います」
そう答えたエジソンは、自分で自分を褒める程の良手だったが、もしも父帝がその場に居たら、「自主的に求める気持ちを明らかにする馬鹿が何処に居る?!」等と、エジソンの意に反して責められたであろうが、何しろエジソンは未だ12歳。騎士学園の一年生にようやくなったばかりでしか無い。
この学園のジュニアスクールを首席で卒業した才女であるものの、この無自覚善意の鉾先を向けられたのなら、父帝に見られたら責められたであろう発言も、仕方が無いだろうと言うものだ。
ただ、もしも居合わせたらと云う仮の話であり、辛うじてナイチンゲールとキュリーから、気付いたが後でエジソンにコッソリと、発言の迂闊さを指摘されてしまうに済むのだった。