第4話:入学式
入学式の場。ソコに、グラハムは居た。
学園長の挨拶と共に、長い新入生代表の挨拶。
フワァー……──。
グラハムは、緊張感無く欠伸を掻く。
「コラ、グラハム」
「はぁい?」
「欠伸を掻くな。俺は残念ながら、ソレを咎めねばならぬ」
「今年は例年に増して、挨拶が長い──」
「仕方無かろう。現皇帝陛下の一番下の子だぞ?」
「ハハハッ。『僕は気合が入っています』ってぇ意思表示かねぇ……」
「それより、今年も新入生全員分のドラゴン肉、確保したのか?余裕は何人前ある?」
「何人前分あれば、えーと……トーマス先生もドラゴンステーキにありつけます?」
「うーん……最低限、七人前分以上」
「えーと……今年の一年生は──30人位?
10人前分位はありますよ」
「うーん……割とギリギリだなぁ……。
なぁ。師匠の独断で、俺の分を確保して貰えないか?」
「別にいいですけど、他の人から恨まれますよ?
順番待ちして、間に合う事を祈った方がいいと思いますけどねぇ……」
「やっぱり、ソレが無難か……。
──なぁ。ソレやって恨まれた実例があるか?」
「立場上、誰も責めなかったですけど、昔、学園長が。
何で誰も相手してくれないのか、深刻に問題だから、解決してくれと言われて、俺が──」
「ああ、やっぱりいい。素直に並ぶ。
あの時の真相を、初めて知ったよ……」
トーマス先生が、学生だった頃の話だ。結末も知っている。学園長が、グラハムに土下座して、もう一体分のドラゴン肉をグラハムが確保して来たのだ。
「恨まれる覚悟があるなら、特別なのを用意したんですけどねぇ……。
俺も、偶に食べたい時の為に確保してありますし」
「いや!恨まれて迄は嫌じゃ!正々堂々と並ぶ!」
「祈っておくと良いですよ。叶うかも知れませんから」
「……もしかして、本気で祈った方が良いと思って言っているのか?」
「ハイ。特に『龍神様』に御祈りしておくと、効果覿面ですよ」
「そっか……。試しに祈ってみる」
神妙な顔で悩ましげに考え込んでいたが、この世界で『龍神信仰』は色濃く、肝心な時には『龍神様』に御祈りすると良いとされている。トーマス先生も、真剣に御祈りをしている様子だった。
「──以上、新入生代表、エジソン=オーファ!」
パチパチパチと御座なりな拍手が響く。どうやら、エジソン君の長い新入生代表挨拶は不評のようだった。
「さあ、では、今年も定例の、新入生へのサービス『ドラゴンステーキ定食』の時間だ!
皆、一階の食堂へ向かいなさい」
急ぐ者は居なかった──と言いたかったが、残念、トーマス先生は急いで食堂へ向かった。
「あーあ。人にものを教える人間が、そんなに食い意地を張っていたら、他の先生に恨まれるだろうに」
グラハムは、当たらなかったら備えがあるので、一年生の中では最後に食堂へ行くつもりだった。
トーマス先生に関しても、彼の人柄から他の教員に対して愛されキャラとして人気があった事から、どうやら、ドラゴンステーキにあり付けて、尚且つ、恨まれる事も無さそうであった。
コレが『龍神様』に御祈りした結果かどうかは判らないが、結果的に結果オーライ。
「グラハムさん!」
掛けられた声に、つい先程聞き覚えがあり、目を付けられた事にグラハムは微妙な気持ちになるが、一応、丁寧にお相手をしなければならない相手だろう、立場的に。
「えーっと……エジソン殿下、何かご用事ですか?」
「父上に、確実に挨拶をしておいた方が良い人物だと窺っておりまして。
その……」
「食事をしながらにしません?」
グラハムは笑顔で申し出る。
一応、自分の分は確保してあるとは云え、他の一年生と同じ条件でグラハムもドラゴンステーキが食べたい。
「では、参りましょうか」
有無を言わせぬ雰囲気を纏い、グラハムが先立って歩く。
今日だけは、一年生が全上級生から羨まれる日だ。
何せ、ドラゴンステーキは飛び切り美味い。
付き従う一年生4人も含めて、エジソン含む一行はグラハムを追って食堂へと向かった。
「美味い!何だ、このお肉!」
食堂では、既にドラゴンステーキを食べ始めた者も居り、事前に知らなかった者達は、殊更にドラゴンステーキの美味さに驚きを露わにする。
「おお、グラハム!俺もドラゴンステーキが当たったぞ!」
その中に混じって、無邪気に喜ぶトーマス。
「うぉぉぉぉおおおお!!」
中には、ドラゴンステーキの効果を初めて受けて、不思議な万能感を覚える者達も居る。
「滾るぅぅぅぅうううう!」
特に、低レベルの者達の方が、相対的に効果を強く感じる。
一年生全員に行き渡るだけのドラゴン肉を提供しているのだが、少しの余裕もあるので、ダメ元で一年生の食堂でドラゴンステーキを注文する上級生も僅かに居る。但し、一年生が無料なのに対して、他の者達は有料だ。トーマスも、月の給与の一割程を支払って購入している。
「お姉さん、えーっと……入学式サービスランチ、6人分をお願いします」
「アンタは、また一年生からやり直しかい。
そろそろ卒業したらどうだい?」
「今回は、本気で卒業を目指して学業に励みますよ。
もう、全てのコースは一通り学び終えましたから、もうそろそろ、独立しても何とかなると思うので」
「まぁ、おばちゃんもお溢れには預かっているから、有り難いと云えば有り難いのだけどねぇ……」
「ハハハッ。そろそろ、人間辞めたレベルの能力、授かっているでしょう?」
「まぁ、先生方には負けない位にはなったから、何か困ったら相談においで。無理矢理にでも、解決してあげるから。
6人分だったね、あいよ!」
グラハム、エジソンを含む一行は、お盆に乗ったドラゴンステーキ定食を一人一つ持って付き従った。
「おっ、丁度よく6人掛けのテーブルが空いてる。
ココにしよう!」
まず、奥手中央の席にグラハムが座り、その正面にエジソンが。残りの席を順番に残り4人が座った。
「いただきます!」
エジソンからの挨拶も済まぬ内に、グラハムは食事を始めた。
「……はぁ……。成る程、父上が挨拶をしておけと言う筈だ」
エジソンもボヤきながらも、箸を手に取って食事を始めた。
「……成る程、コレは美味しい」
「でしょ?俺も年に何度かの特別な時に食べる肉なんだ。
尤も、胡椒とかの香辛料や、適切な塩加減でなくば、ココまでの味にはならないんだけどね!」
そう言ってから、グラハムは声を潜めてこう告げた。
「何かあった時に備えて、食堂のお姉さん方は味方に付けておいた方が良い。
この学園で、俺を除いた誰よりも強いから!」
そんなグラハムの言葉に、エジソンはただ、ハハハと笑う位の反応しか返せないのであった。
ただ、グラハムの言葉は本当だった。
毎年、ドラゴン肉のクズをミンチにして、ドラゴンハンバーグステーキを食べている食堂のお姉さん達は、グラハムを除く誰よりもレベルが高く、実際、問題を起こした先生をビンタ一発で伸したと云う話は、学園内では有名であり、伸された先生は、実習担当の学園内での実力者であり、恥ずかしさの余りに傭兵に落ちて、何処かの戦いで亡くなった、と云うところまでが一連の噂なのだから。
だから、グラハムが敢えて言わずとも、いずれエジソン達の耳にはその噂の全貌は伝わるであろう事に間違いは無かったのだった──