第21話:『借り』
『無刃刀』は、確かに強かった。
それは、刃のある武器を禁ずるルールの上であるからと云う理由もある。
そして、普段から刀剣を武器に訓練している人にとっては、扱いやすい物でもあった。
グラハムは敵無しの獅子奮迅の活躍である。
そして、入学前から武芸の心得のあるエジソンが、やや勝ち過ぎたせいでグラハムとの対戦の機会が設けられたのは、何とも言い難い。
上手のグラハムとの対戦の機会が設けられた事そのものが良い機会であるかも知れないし、グラハムに負けてエジソンが侮られる事は──否、グラハムの圧倒的な強さを観ていれば、負けても仕方無しと判断出来るであろう。
「いざ、参ります!」
「応!掛かって参れ!」
先手はエジソンに譲られた。──が。グラハムがカウンターを狙っていることは、容易に予想が付く。
ならば、クロスカウンター……と考えたエジソンは、普通ならば褒められるべき判断であった。
が、相手がグラハムであっては違う。
何せ、カウンターで狙われたのが、エジソンの選んだ武器・木刀であったからだ。
カウンターで木刀を取り落とされて、エジソンは「参りました」と投了するしか無かった。
「甘いね。武器無しで『無刃刀』と渡り合う自信が無かったのだろうけれども」
「仰る通りです。
コレでも、9割方は勝てていたのですけれども」
グラハムは、ふとこんな事を言い出す。
「ソレは少々勝ち過ぎだね。儂に負ける訳だ」
「は?」
エジソンは、本気でグラハムの言っている意味が判らなかった。
「儂、学園での戦績は7割程度。
何事も、良き事であっても、7割程度で起きる事が望ましいのだよ。
逆に、悪しき事であるならば、想定した内の4分程度で起きるものだ。
故に、実力の差が余り無い場合、通算の勝率が7割程度の方が『運の配分』的に有利なのぢゃ。
儂は狩りに於いても、3割程度は収獲らしい収獲の無い狩りを行う。
絶対に逃せない時の勝利を勝ち取る為にの」
「教授にとって、今後の絶対に負けられない戦いと云うのは、いつになりますか?」
「ん〜〜、まずは卒業試練の決闘ぢゃな。
あとだな、例えば『経済的損失』が怖い時は、ワザとしなくても良い買い物でお金を落として行くと良いぞ。
儂はコレを、『お金のサクリファイス』と呼んでいるのぢゃぜ?
身体も鍛える為には痛め付けるぢゃろ?
お金も、キチンと使う人には、盗難等の損失は少ないものぢゃぞ。
尤も、泡銭はすぐに消える運命にあるがの」
「ハハハッ。人は泡銭を得ると使いたくなってしまう生き物ですか!」
「ウム、恐らくはそう云う事ぢゃ」
極端な倹約家は詐欺や盗難に遭いやすい。
そんな真理をグラハムは語る。
お金は天下の廻者。その流れを止めれば、溢れ出るであろう。
上手に廻せる人が、金持ちになるのだろう。──きっと。
「そう云えば、教授は何故、僕の木刀を狙ったのですか?」
「女の子の身体に、無刃刀とは云え、叩き込むのは流石にそれ相応の覚悟が必要だからね。
ならば、武器を狙う方が狙い易いよ」
ハハハとグラハムは笑って誤魔化す。
まさか、昔の過ちへの抵抗感から、身体は狙えなかったとは言えなかった。
「そうだ!
エジソン君、中古で済まないけれど、この瓶をあげよう!」
そう言ってグラハムが取り出したのは、ポーション用の瓶……に、近いけれども、恐らくドラゴンの血で文字が描かれている。文字を書いた上に、保護用に透明なシートで覆っている。飲み口だけが開閉可能な状態だ。
「……この瓶に、どのような価値が?」
「ウム!血液──特にドラゴンの血液を入れる事で、7秒で万能薬にする瓶だ!
最近、効能が低下してきたけれど、それでも毒や病気、多少の怪我なら、飲む事で治す事が出来る!
怪我の場合、傷口に掛けても良い。軽い部位欠損も治せる。
便利だと思うけれど、要らなかったかな?」
「ほ、欲しいです!
でも、教授は?」
「新しく作って、一発で最上級品が仕上がったから、コレはもう要らない。
因みに、飲むのが間に合えば、致死毒も無毒化出来るよ!」
「──ソレ、本当に頂いて良いものなのでしょうか?」
価値を計りかねたエジソンが、素直に疑問を口にする。
「中古品だし、全然問題無いよ。
儂には新品があるし。
あ!元は上級品で、儂のより完全下位互換品だから、気にしないで!」
ならば、その完全上位互換品には如何ほどの価値があるのかをエジソンは一瞬予想して、ハッと断ったらグラハムの哀しげな表情が浮かぶ可能性に思い当たり、感謝の言葉を考えた。
「ありがとうございます。
ありがたく頂きます。
それにしても、『龍血魔法文字命令』と云うのは、相当に便利でございますね」
「うん。想定の範囲内では何でも出来ると言われている技術だからね。
でも、儂の技術では、何でもかんでも出来る、って云うレベルのものでは無いからね。
(恐らく、応用情報の資格持ちの前世の記憶でも無ければ、何でもかんでもとはいかないんじゃないかな)」
最後の方は、かなり聞き取りづらい声だったが、エジソンはそれを聞かなかった事にした。
「その……売る事は考えなかったのですか?」
「正当な価値を測って買い取れる人が居ると思う?」
そう言われてしまうと、エジソンはコレは王家への遠回しな賄賂なのではないかと思ったが、ドラゴン肉の袋の件を考えると、既に手遅れである事を悟って、素直に受け取っておく事にした。
エジソンの脳裏でシュバルツシルト陛下の顔が思い浮かび、「絶対に奴に借りを作るな!──と言っても、奴に一つも借りを作らないと云うのは不可能だろうから、アイツが勝手に貸しを付けて来られたら、諦めて借りを作っておけ」と言って笑顔が咲いていたのを思い出した。
「は、ハハハ……」
エジソンも、乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。




