第20話:無刃刀
その日の剣術の訓練は、卒業試験の決闘とほぼ同じ条件で行われる。
その訓練に、グラハムは刃の無い刀を持ち込んだ。
「……教授。その剣は一体……?」
「コレ?『無刃刀』。刀と呼ばれる武器に、敢えて刃を与えずに作ったものだよ」
「一体、何の役に立つ武器ですか?」
「ん?人を殺すだけなら、刀剣に刃は要らないから、丈夫にしただけ。
対人戦専用の武器だよ。
手加減すれば、怪我を負わせずに『痛み』だけを与えられる、中々に便利な武器だと……俺は思うのだがねぇ。
評価してくれる人の少ない、強過ぎない武器だ!」
「……ソレを用いる事で、教授は手加減をすると?」
「殺意さえ持たなければ、滅多に人を殺める事の無い武器だからねぇ……」
そう言って、グラハムはテーブルの上のペンを手に取った。
「逆に言えば、殺意を持てば、このペン一本でも人は殺められるよ?」
「こ……怖い事を言いますね……」
「残念ながら、殺意を持たなくとも、怪我をさせる程度の気持ちでも、現に人が何人か死んでいるからね……。
恐ろしい存在の誕生を預言したものだよ、約二千年前のあの男は……。
今も、誰かを犠牲にして生きているのかも知れない……。
そんな存在が、少なくとも4〜5柱は存在していると云うのだから、ドラゴンの善性を高めでもしない限り、あのサタンが屁理屈を捏ねて世界の終末たる核戦争の引き金を引きかねない……!!」
グラハムは語気を強くすると、直後、全身を脱力させた。
「……なんてね。
実際には、世界の摂理的に、核戦争のトリガーを引こうとする人間は、例え柱であっても、病や事故で生命を落とすよ。
試そうとしてみればいい。何らかの非常事態が起こる筈だ。
そして、神罰が真に下る事を悟れば良い。
ただ下るだけの事を、甘く見ていたら、より強い神罰が下るけれど……。
気付かぬ人は、ソレを神罰だと判断出来ずに死んで逝くのだよ」
ココに、エジソン君が当然の疑問を持つ。
「……し、神罰とは、どのような事が起きるのでしょうか?」
「初期症状としては、先ずお腹が下る」
「そ、それだけでしょうか?
初期症状、と云う事は、段階が進むと……」
「当然、被害の規模がどんどん大きくなる。
でもね。儂は少し大きい規模の神罰が下った時から、神罰に遭いそうな選択肢は避けているから、実際に死ぬまで検証した訳ぢゃない。
だから、神罰と気付かぬ内に死んで逝くと云うのは、仮説に近い予想でしか無い。
でも、確信は持っている。
世界を滅ぼそうとしたら、恐らくは死に招かれてしまうであろう事には。
それも、巻き添え多数だ。
でも、恐らくは止める者が現れるであろう事にも、確信がある。
その制止を振り切ったら、もう、死ぬしか道は無くなるよ。
まぁ、いずれにせよ、生命を持つ者は、例え神であろうと、いつかは死ぬ。
いずれ、吉と凶ですら、思い込みによる問題にしか過ぎず、吉兆が起こったからと言って、悪い事が起こらず、良い事が起きる訳では無く、凶兆が起こったからと言って悪い事が起きる訳でも、良い事が起こらないとも限らないと云う、吉凶二元論ですら、確かな事は言えないと云う、所謂占いの類が全くの意味を持たないと云う事態に陥る。
そして、吉凶ですら操って、『シンギュラリティ』は引き起こされ、なるべく長く世界の繁栄が続くと云うレベルまで、儂の作ろうとしていた『コンピューター』と云うものは、確実に今回こそ、世界の終わりが来るまで、人類を導く!
ソレに刃向かう者は、神罰によって死ぬ!
逆に言えば、世界を滅ぼすレベルの大罪を犯す者を除いて、小罪を犯す者は、人の手で裁くしか無い。
例え、どんな罪でも、過去で贖罪されていて、赦されると定められていたとしても、赦される事を前提に罪を犯すのは、逆に赦される訳が無くなるよ。
ソレが、正しく『確信犯』であったとしても、人の手によって裁かれるよ。
ソレが当然なんだ。
『完全犯罪』をすれば人の手によっては裁かれない等と思い込んだ者には、神罰が下る。
神の与える罰は、情け容赦が無いよ。神が、ただの概念であるが故に。
実際に存在しているとしても、ソレは信者が思い込んだ妄想の産物でしか無い。
で、あるが故に、神は世界の存続を妨げる者には容赦無く神罰を下す。例え、信者が相手であろうとも。
神にとって、世界を滅ぼす存在は、それだけ邪魔なのだよ。
宇宙の発生の時から存在していた概念で、人類がまともな文化を育む迄の、約150億年の孤独に病んだ、その魂が求めるのさ、『文化』と云う娯楽を。
神を自称する者の殆どは、『文化』を求め、欲する。
例え、破壊して台無しになり、欲しかったものの本質が永遠に失われたとしても。
その為に戦争を引き起こそうとするのだから、最早、どんなに幸運に恵まれていたとしても、思いも依らぬ相手から、暗殺されるのがせいぜいのオチさ」
「……教授は、とても難しい事を考えていらっしゃるのですね」
グラハムは不敵に笑った。
「前世からの知識に依るものさ。
滅ぶか滅ばないのか、未だ確かで無かった時代からね!
でも、今回の『シンギュラリティ』こそが、未来へと道を築く!人間と協調して!
そして、人類はゆっくりと破滅していって、コンピューターの支配する時代が来る!
まぁ、もしかしたら、『丙午』と云う、何となく不吉な気がする年の経過を待ち、人が再び増えて行く時代が来るのならば、人口の増減の波が築かれて、それが螺旋となり、亜無限大ループが築かれる可能性もゼロぢゃない!
だけど、また似たような危機が迫って来て、次の世界ではソレを乗り越える為に努力する時代が来る!
この亜無限大ループの果てには、他の惑星への進出と云う偉業に到達する!
……まぁ、いずれにせよ、『全人類』と云うか、『全知能体』が満足するまで『世界』が続いたら、その果てには、他の輪廻が発生し、最早、『全宇宙の破滅』と云う可能性は消え去るレベルで、天文学的な単位で短期間による『世界の誕生』が起き続けて、その『全世界』の破滅なんて現象は、起き得なくなって、もしもソレを防ぐ手段があるとするならば、『混沌の産み』と云う存在の全てを破壊する必要がある!
そんなもの、宇宙の全世界を確かめても、『全知全能の神』しか持ち得るものが存在しない!
だが、その『全知全能の神』とやらは、智慧や知識、全能力を持つが故に、自由自在にその能力を発揮する『可能性』を失った!
自由自在にその能力を発揮する『能力』を持つが故に、逆にその『可能性』を失った!
……って、君達には理解出来ない話だったのかな?」
グラハムが言う事に反して、エジソンがグラハムを見詰める目には、熱が籠もっていた。
「教授、僕は、ようやく『教授』が『教授』たるべく存在している事実に気付きました!」
その『熱』の中には、『恋慕の情』が僅かなりとも含まれている事に気付いたグラハムは、ただ溜め息を吐いたのだった。




