こんな男女比1:43.1の世界だから百合させてもいいでしょう
この世界はなんかおかしい。女の子ばかりで、男が生まれる確率は極めて低いのだ。統計によると現在の男女比は『1:43.1』となっている。
それは要するにもしある場所に441人いたら、その中に男は10人しかいなくて、後431人はみんな女だということ。
そんなのやっぱりおかしいでしょう? しかしこんな世界に転生してしまった。
普通に考えると、こんな女ばかりの世界で男に生まれたらやっぱりいっぱい女の子にチヤホヤされて選び放題で天国になるんだよね?
でも残念、ボクは……ううん、私は女の子に生まれてしまった。
それはまあ、仕方ないよね。確率から考えると当たり前で納得してしまう。
「川月さん、おはよう」
「おはよう、茉釉ちゃん」
教室に入ったらクラスメイトたちが私に挨拶してきた。もちろん、みんな女の子ばかり。そして私も。
川月茉釉、これは今世での私の名前。今15歳で高校入学してから1ヶ月経ったところ。
「せっかく女の子いっぱいいるんだ。百合でもいいから、イチャイチャしたい!」
自分の席に座った後、私は誰にも聞こえられないような小さい声で呟いた。
自分が女の子であるという事実はとっくに受け入れられた。だけど男だった前世の記憶を持っている以上私の恋愛対象は女の子だ。男と付き合うなんて絶対嫌だからね!
幸いこの世界は男が少ない分、更に『一夫多妻』が一般に認められているわけでもないから、結婚する女はただ一握りだ。つまり私が嫌だというなら別に男と関わる必要なんてない。
そう思っていたのに……。
「川月さん、好きです。俺と付き合ってください!」
私、男の子に告白されてしまった。
彼の名前は島中勝緒、このクラスで唯一の男の子だ。男女比から考えると1つのクラスで男の子の数は0か1しかないからね。
顔も結構イケメンだ。というより、この世界の男はみんなイケメンしかないよね。だから男であるだけで必然的にモテモテだ。
そして当然、このクラスで彼は王子様みたいな存在で、ここは彼のハーレムみたいな状態になっている。クラスいっぱいの女の子から彼が誰を選ぶかという話題でいつも盛り上がっていた。誰も自分を選んでもらいたいって思っているらしい。もちろん、私は違うけどね。
それなのに結局なぜか選ばれたのは……。
「なんで私なの?」
私は今イライラしている。ここは教室の中で、クラスのみんなが見えてるから。告白は普通なら2人きりの場所でしょう?
彼がこんな場所と時間を選んだのは『俺がこの子を選んだ』とみんなに宣言するつもりだろうね。だけど私にとってこれはまるで公開処刑みたいな気分ですごく気に食わない。まったく、こんな勝手な真似を……。
「川月さんはすっごく可愛くて、俺好みなんだ!」
「そう……」
やっぱり面食いか。男はそうだよね。どっちの世界でも。
でもそれは無理はないか。だって私は……、自分で言うのもなんだが、一応かなりの美少女だよね。
せっかく女の子に生まれたからやっぱりできるだけ可愛くなってみたいよね。だから前世の自分の理想的な女の子になるためにいろいろ頑張ってきた。
髪の毛はちゃんとケアしてつやつやになっていっぱい伸ばして可愛らしいツインテールにしている。顔は元から結構整っているから特に何もしなくてもいいからよかった。
身長があまり伸びなくて150センチしかないというところは残念だけど、小さいのも別に悪くない。小動物系にもなれてそれなりに魅力的だからそれでいい。ぺっちゃんこも自分の好みに合っているからこれはとても嬉しい。
だからこんなハイスペックな自分は別に男を魅了するためではなく、あくまで自分のためだからね。
「ごめんなさい」
躊躇う理由が1つもないから私はきっぱり彼を振ってしまった。
そしたらクラスの女が姦しくなってきた。
「何この上からの目線!」
「せっかく島中くんが選んだのに!」
「あたしならすぐ受け入れるのに、勿体ない!」
「いくら可愛いからって調子に乗らないでよね!」
「何様のつもりよ!」
「島中くん、あんな女放っといて私を選んで!」
などなど、まるで私が悪いみたいに……。
「理由を聞いてもいい?」
彼はまだあまり納得できていないようだ。私が断るなんて予想外だろうね。
「私、好きな人がいるから」
正直に答えてしまった。そう。私にはもう好きな人がいる。まだ私の気持ちを伝えていないけど、彼女はこのクラスにいる。そして今の場面も多分彼女に見られている。
「それって、どこの男なの?」
彼はまだしつこく詮索しようとした。面倒だな。でもそれより私の癪に障るのは……。
「は? なんで相手が男だと決めつけるの! ……あっ」
私はつい啖呵を切ってしまったけど、今自分の発言がやばいってことに気づいてしまった。
「川月さんって、女の子が好きなの?」
「うわ、やへぇ! あり得ない!」
「気持ち悪い! あたしに近づかないで……」
「そういえば着替えの時私をエロいで見たね? まさか……」
「やだ。襲われちゃう!」
周りの女の子たちの反応はさっきよりも熱烈になった。
やばいやばいやばいやばいやばい。
こんな男女比おかしい世界でも、やっぱり同性愛は一般的に認められているわけではないのだ。だから今まで私は自分の気持ちをずっと隠していた。好きな人に告白することさえ……。
「なんでこんなことに!」
私は教室から逃げ出した。もうクラスにはいられない。
きっと彼女だって今私の嗜好を知ってひいているだろう。もう彼女の顔を見ることはできない。
「もう、最悪……」
校舎から出て私は人気のない体育館の裏側に身を隠している。
これからどうしようかと考えているけど、やっぱり八方塞がりだ。もう人生終わりかな?
そう思った時、彼女の声が……。
「川月さん!」
「え?」
走ってきた所為か彼女がはーはーと息切れしながらも私を呼んだ。
「やっと見つけた。こんなところに……」
「金ヶ崎さん? なんでここに?」
彼女は金ヶ崎七莉、私の好きな女の子だ。
身長が170センチくらいありそうでかなり高く凛々しくて、背中まで長いつやつやした黒髪に整った顔がすごく魅力的で、ボクの理想的な女の子そのものである。
しかも外見だけでなく、彼女は成績優秀で活溌で優しい。どれも完璧で高嶺の花みたいなものだよね。「金ヶ崎さんなら島中くんに選ばれたら納得する」と言った人も多くて、私より評価がいい美少女だった。
そんな素晴らしい絶世の美少女に私が惚れないわけがない。
私と彼女とはクラスメイトだけど、お互い名前を知って時々会話をしたことがある程度で、友達と呼べるかどうか微妙な状態だった。だけど私は彼女のことをよく見ている(覗いている?)。自分の気持ちを隠しているから特に距離を縮めようとしているわけではない。
それなのに今彼女は私の元にやってきた。こんな一番会いたくない時に……。
「いきなり教室から飛び出したから、心配して追ってきたのよ」
「ごめん。でも心配って金ヶ崎さんが私を? なんで?」
私のことが嫌になると思っていたのに。
「なんでって……。その……」
金ヶ崎さんはなぜか顔が赤くなって答えに迷っているように見える。
「ほら、クラスメイトにあんな酷いこと言われて、川月さんきっと落ち込んでいるかと思って、やっぱり放っておくわけにはいかないでしょう」
「そうか。やっぱり金ヶ崎さんって優しいよね。心配かけてごめんね」
「ううん、川月さんは全然悪くない。被害者だよ」
わかってくれるの? 誰よりも好きな人が理解してくれて私嬉しい!
「でもなんで金ヶ崎さんはみんなみたいに私のこと嫌がらないの? 怖がらないの?」
「なんであたしが川月さんのこと怖がる必要があるの?」
「だってみんな私に襲われるって」
そんなに警戒されて私随分傷ついたけど、確かに実際に私も金ヶ崎さんを襲ってみたいと思っていなくもないかも。でもそんなこと駄目だとわかって我慢してきた。
「川月さんに襲われるなんて、そんなのおかしいわよね。こんな小さくて可愛い女の子に」
金ヶ崎さんはニコニコ笑った。この笑顔は可愛い。
「まあ、そうだよね。私って小さいから……」
こんな小さい体でむしろ襲われて怖がるのは私の方だよ。特に金ヶ崎さんみたいな長身女の子に……。
「でもね。本当に川月さんに襲われたらあたし、むしろ嬉しい……かも?」
「え?」
今金ヶ崎さんは何を言った? 聞き間違いかな?
「ね、川月さん、あたしを襲ってみない?」
「はい?」
どうやら聞き間違いではない……。
「それとも、あたしが襲っちゃうかしら?」
「へっ!?」
そう言って金ヶ崎さんがどんどん近づいて迫ってきて、私の頬に優しく手を当ててきた。
「金ヶ崎さん……」
初めて彼女の体に触れてしまった。彼女の全身からの芳しい香りも相俟って、この頬の感覚は柔らかくて暖かくて私はドキドキした。
「なんちゃってね」
彼女の手は私の頬から離れていってしまった。
「そんな反応、やっぱり川月さんは本当に女の子が好きらしいわね」
「……っ!」
今のは私をからかったの? 金ヶ崎さんが? こんなキャラだったのか?
「あたしのことをちゃんと意識しているんだな。嬉しいわ」
「え?」
「もう。本当に可愛いんだから。あたしやっぱりこれ以上我慢できない!」
「っ!」
そう言って金ヶ崎さんはいきなり私を抱き締めてきた。
「金ヶ崎さん!?」
わけわからないけど、好きな人に抱かれて私はすごく気持ちがよくて有頂天になっちゃいそう。
「あのね、あたし……その……」
金ヶ崎さんは何か言おうとしているが、随分と躊躇しているように聞こえる。
「川月さんのことが……好き!」
「……はい? えっ……!? へぇ!!!」
やっぱり聞き間違い? 金ヶ崎さんは私のこと……。そんなの……。私、夢でも見ているのか?
「そんな……。冗談だよね?」
きっと幻聴だ。こんな自分の都合いい言葉に聞こえちゃうなんて……。
「あたし本気だよ。本当にあなたのことが好き。だから川月さんも女の子が好きだとわかった時、嫌どころかむしろすごく嬉しいわ」
「そうなの?」
「うん。あ、ごめんね。いきなりこんなこと言って困るわよね? 川月さん、好きな人がいるって言ったし」
「それは……」
そう言いながら金ヶ崎さんは私を腕から解放していく。その時やっと見えた彼女の顔はすごく赤くなって動揺を見せている。可愛い。どうやら彼女も本当に私のことを意識しているみたい。
「私の好きな人って、実は金ヶ崎さんのことだよ」
この流れでつい告白してしまった。そういえば結局先を越されてしまったね。でもそれでいいか。お互い両思いだとわかっただけで。
「本当? やっぱりそうだったか」
「わかってたのかよ!?」
「何となくね。だって時々川月さんあたしを覗いてたでしょう」
「気づいてたの!?」
「確信ではなかったが、やっぱりそうだったんだね。まあ、あたしも時々川月さんを覗いていたからお相こ?」
「え!?」
私の方は全然気づかなかったよ!
「では、あたしと付き合ってくれないかしら?」
「それはもちろん是非! ……ただ」
「え? 何か困ることあるの?」
「それはね……」
好きな人と付き合えるのは嬉しいに決まってる。ただやっぱり……。
「私、今嫌われ者になったようだ。金ヶ崎さんを巻き込むのはやっぱり……」
「そんな……。嫌われるならやっぱりあたしも一緒でいい。それに他の人なんて気にしなくてもいい。あたしは川月さんが一緒にいるだけでそれでいいわよ」
「金ヶ崎さん……」
そんな私のことを……。本当に嬉しい。
「そうだよね。なんで男と恋愛しなければならないのよ? 大体この世界は女の子ばかりだから女同士で付き合ってもいいじゃないか!」
「あたしもそう思うわ。あれ? 今『この世界』って言った? やっぱり川月さんも別の世界から?」
「はい?」
今『も』って言ったよね? それってつまり……。
「まさか金ヶ崎さんって転生者? 私もだけど」
「そうだったんだ! うん、あたしも。やっぱり自分と同じ境遇の人がいるのね。会えてよかった。これって運命?」
「そうかもね」
私も転生者だから他に転生者がいてもおかしくないよね。それはまさか大好きな金ヶ崎さんだなんて。やっぱり運命?
「男女の数がこんなに偏っているなんてやっぱりこの世界はおかしいよね」
今まで誰もこれが当たり前で私みたいにおかしいと認識している人はいなかったけど、やっと仲間ができたのね。
「ふん? そんなにおかしいのかしら? むしろ元の世界こそおかしいと思うわ」
「え? なんでそうなる? 元の世界みたいに男女同じくらいの方が普通に決まってるよ」
「男女同じって? 何を言ってるの? 元の世界はこっちとは逆で、男女比は『129.3:1』だよね?」
「へぇ!!!」
どういうこと? 男女比129.3:1ってつまり男の方がいっぱいいて、女は珍しい世界? しかもその比率はここの3倍だ。
「私たちって、同じ世界から来たわけではないのね」
「そうみたいね。川月さんの世界では男女比1:1なの?」
「うん」
「それはいいね。確かにこれがあるべき男女比かも」
「でしょう」
結局この世界も金ヶ崎さんの元の世界もおかしいのだ。
「金ヶ崎さんはこの世界が好き?」
「うん、もちろん。女の子いっぱいいるから」
やっぱり、金ヶ崎さんは女の子が好きだから男ばかりの世界は大変だったね。
「そうね。女の子が少ない世界で金ヶ崎さん女の子同士と愛したくても難しいよね」
「まあ……。え? 『女の子同士』って? あっ」
「ふん? 私何かおかしなこと言ったのかな?」
「あはは。そういえば言うの忘れた。前世でオレは女ではなかったんだけど」
「は? オレ? それって……。へぇ!!!」
そ、それってつまり……。
「ちょっと、なんで後退りしてるの?」
「あ、それは……」
つい足が勝手に……。でも仕方ないでしょう。だって、金ヶ崎さんは……。私の好きな人は実は……。そんな事実は……。
自分もそうだったから、金ヶ崎さんもそうだと言ってもおかしくない。『女の子が好き』って言った時点で気づくべきだった。なのにそんな可能性は完全に私の頭に浮かばなかった。そこまで今の金ヶ崎さんは完璧な美少女で何の疑いもなかったのだ。
だから今私はすごくショックを受けてしまった。
いや、実際にあまり他人事言えないか。私も今こんな美少女だし?
「川月さん、こんなに怖い顔をして……。でもこんな川月さんもなんか可愛くてあたしは好きよ。もう、最早我慢できなくなっちゃう」
「あの、金ヶ崎さん?」
彼女は両手で私の肩を掴んで、顔を近づけてきた。なんか近い。さっきよりも距離が……。
「あのさ。金ヶ崎さん、私まだ言ってないことがあるの」
「何?」
「私……ううん、ボクも前世では女ではなかったよ」
あまり言いたくないけどやっぱり言わないわけにはいかない。きっと金ヶ崎さんも私と同じようにショック受けるだろう。
「やっぱりそうか。だから女の子が好きだったのね。あたしも。お揃いで嬉しいわ」
「気づいてたのか!? てか嫌ではないの?」
「関係ないわ。今身体は女の子でしょう? しかもこんなに可愛いから」
「そんな……」
金ヶ崎さんは私の前世を知っても全然動揺しない。それなのに私が……。
「もしかしてあたしのこと嫌になった? あんなに好きだと言ったのに」
「それは……よくわからない」
わからないよ。私は今すごく頭が混乱している。どう反応したらいいか。何が正解なのか……。
「だったら今すぐあたしはわからせてあげるわ」
「ちょっ……。ひゃん! やだ……。そ、そこは……。うっ!」
何が起きているのか今の私は最早説明できるほどの余裕が残っていない。
「川月さん。ううん、茉釉ちゃん、可愛い~。美味しくいただくわ」
こうやって私は金ヶ崎さん……七莉ちゃんに食われて……?
ようこそ新たな扉……。
お終い
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
ちなみになんで『43.1』だと言うと、129.3/3 = 43.1 だからです。
129.3はマジックナンバー。