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Prologue9

 「......強引にも程があるだろ。」

「すまんな。」

「で、なんで俺の家にネルを泊らせる理由がある。

 また何か厄介ごとか?」

ポケットから出した煙草に火をつけてシス君が訝しげに此方を見た。

厄介ごとかと聞かれれば当然厄介ごとではある。


「……伝えられないような内容なのか?」

「いや、詳しくはデニスに聞くといいんじゃが、ワシを誰かが探し回っておるらしい。」

ざっくりとした内容を伝える。

嘘ではない。

シス君が一瞬口ごもり、顎に手をやる。

「で、その誰かが魔女ってことか?」

ーーー驚いた。


「何驚いてやがる、それくらいしかお前が俺達をここから避難させる理由がないだろ。」

やはり、シス君は非常に頭が回る。

わたしは口を閉じたまま頷いてみせる。

「すまんが、頼めるか?」

「明日までしか預かってやらねぇからな。」

そう言いながら、シス君が扉を開く。

詳しく話を聞こうともしていなかった。

少しはわたしの事を信頼してくれた、という事だろう。


開いた扉の向こうでシス君がしかめっ面をしてこっちを見た。

「おい、こっちのラケニカはどうするんだ?」

床に頬擦りしたまま、涎を垂らしてアホみたいな顔で寝こけているラケニカを指さしつつ此方にシス君がそう言ってくる。

「車まではワシが運んでやろう。」

「最悪の場合、3階の俺の部屋まで2往復しろってことか?」

シス君の住んでいる場所は3階らしい。

確かにネルが寝れば2往復になるだろうが……。

「別に起こせばいいじゃろう」

「眠いなら寝かせておいた方が静かでいいんだよ。」

まぁ、夜で時間も遅い。

シス君もできればそのまま寝たいのだろう。

先ほどから何度か軽い欠伸もしている。

…事故を起こさなければいいが。


「何か言いたそうなツラだなおい。」

そう、小さな欠伸をしながら此方に声をかけてくる。

「ふむ……シス君。」

一本タバコを取り出してやる。

薄緑色のタバコを。

それを受け取りながらシス君は首を傾げる。


「なんだこれ」

「眠気を吹き飛ばせる煙草じゃ、主成分はハッカ。」

当然それだけではないが、この緑の八番を吸えば間違いなく目は冴える。

「……確かに眠いが事故るつもりはないぞ?」

「念のためじゃ、念のため。

 事故する前に吸うか、なんなら今吸っていっても構わんぞ。」


しばらく黙りを決め込むシス君。

いつものように色々お考えているのだろう。

更に1分ほどの長考。

「……わかった。」

そう言いながら私が渡したライターを使い火をつける。

随分と大人しい気はしなくもないが、デニスとネルとラケニカと共に車に乗るからだろう。

何を長考していたのかは定かではないが、どうせわたしの手渡したものに関して勘繰っていると言ったあたりだろう。

まぁ、実際ただのタバコではないので間違ってはいないが。

火をつけて吸えば、脳信号に作用して強制的に覚醒を促すようにしてある。

それを誤魔化すために強烈なハッカ味にしておいた。


全力で咳き込むシス君。

「ッァーー……。」

涙が目の端に滲んでいる。

「確かにこれは目が覚めるな……。」

噛み付いてくるかと思ったが、平静を装っている。

…大人しすぎて味気がないといえば味気がないが、今回の目的はそこではない。


「そんじゃ俺も車の暖気でもしてくるとーーー」

突如扉が開く音。

そして、シス君の腹に重く硬いものがぶつかる音。

「ーーッグ!」

「おじさん! 準備できたよ!」

「だーかーらー! 突進はやめろ!」

元々活発だったネルだが、シス君と共にいることによって、なお元気になったように感じる。


「えへへぇ。」

「えへへぇ、じゃねぇ!」

割と馬も合うようだし。


「ネル、シス君のいうことはちゃんと聞くんじゃよ?」

「わかってる!」

「それと、シス君の部屋にある本とかビデオテープは勝手に見ちゃいけんぞ?」

シス君が吹き出し、咳き込む。


「なんで?」

「何余計なこと言ってんだ、おい。」

おぉ、鋭い熱視線。

恨みだなんだというよりは、怒りの感覚が強い気がする。

……うん、コメカミもひくついているし、そっちが怒りの琴線だったらしい。


「大人にはな、秘密があるもんなんじゃよ。」

「そうなんだ。」

無視して話を進めてやる。


舌打ちと大きく息を吐く音が聞こえた。

「......まぁいい、ネルは本当に俺の家なんかに泊まりたいのか?」

割と我慢ができるものなのだと感心する。

「うん!」

無邪気な顔にシス君からもう一つ溜息が漏れた。

いつも通りの仏頂面だが、どこか薄らと笑みが浮かんでいるようにも見える。

雰囲気が柔らかくなった、とでも言えばいいのだろうか。


スースーと寝息を立てるラケニカを抱え上げながら、工房の扉の方を向くと、緑の八番に口を付けつつ、ネルの頭をくしゃくしゃに撫でていたシス君が此方を見た。

「おい、シガレット。」

「なんじゃ?」

このままネルと一緒に上に上がって出て行くものだと思っていたので少々面食らう。


「お前が何を隠してんのかは知らねぇが……死ぬなよ。」



隠している事はバレていても探るつもりは無い。

矢張り少し前の彼からは想像出来ない行動だ。

魔女が絡むなら猪突猛進に俺も残ると言い出さないかとヒヤヒヤしていたが、数日前の一件で思い当たる節は矢張りあるらしい。

……いや、ネルとラケニカがいるからだろう。

そう考えるとダシに使って正解だったということか。


「カカッ、勝ち目の無い戦いはせんわい。

 ワシも大望果たすまでは死ねんからなぁ。」

こちらを確認せずにシス君は、だろうな、とだけ言うと階段をネルと一緒に登っていく。

わたしもその後ろを追ってラケニカを抱えたまま階段を登っていった。

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