Prologue6
21:30
ロークタウン、イーストサイド、路地裏。
煙草屋『ロックガット』
「で、この人に似た人は何処にいるんですか?」
少女と草食動物の骨をつけた少年は本日7件目の煙草屋に居た。
最初の煙草屋を空振り、あたりの煙草屋を脅し同然に歩き回り、少女は煙草を卸に来ている写真に似た女性を探し回っていた。
浅黒い肌の屈強な男が、少年に首根っこを掴まれて地面に伏せられていた。
「クソ、何だってんだ!
ガキが吸うもんじゃねぇってせっきょ......モゴッ!」
少女が男の口に水の入ったペットポトルを蓋を開けて詰めた。
少量の水が男の腹の中に入る。
「何を飲ませた!?」
地面に伏せながら男が叫ぶ。
「安心して? ただの水よ?
2件前から面倒臭いから先に飲ませる様にしてるの。」
そう言いながらペットボトルをチャプチャプと揺らしてみせる。
「ただ私は水を操れるだけ、こんな風にね。」
そう言うと、ボトル内の水が内側をなぞる様に逆巻きキャップの方に登っていく。
意味がわからないと言う風に男の表情が変わる。
「例えば今貴方に飲ませた水を操って鼻と口に留まらせることができれば、さぞかし面白いことになるでしょうね?」
男の背筋に冷たいものが奔る。
「極少量の水で溺死なんて記事が明日には新聞の一面を飾るんだろうなぁ。
た、の、し、み。」
さも楽しそうに、声が踊る。
恐らく、素であろうその仕草と台詞と表情に怖気がその身を貫いた。
男の頰を冷や汗が通り、雫となり地面に染み込む。
「し、しし、知ってることを教えれば、助けてくれるのか?」
「そもそも、入ってきた時点で怒鳴りながら説教かましてきたのは貴方ですよね。
こちらの話も聞かずに。」
少女の瞳だけが歪む。
「お、俺自身はこいつに似た女の詳しいことは知らねぇ!
住所だ連絡先だはマジで知らねぇんだ!
先代からの約束かなんかで毎月一度煙草を納品しに来るだけなんだよ!
ただ、周りからはーーー」
「ーーーシガレットと呼ばれているんでしょう?
分かりました、では、情報を知ってそうな煙草屋を教えてもらえますか?」
少女が薄らと笑う。
男は何度も縦に首を振る。
「アニー婆さんの煙草屋って店がある。
この街の煙草屋の元締めみたいな人がいる店だ!
元締めの名前はーーー」
木製の扉が開く音と、カランカランと金属の鐘が鳴る音が響く。
「面倒ごとに巻き込まれているみたいですね、ホランド。」
「ベリー!」
トレンチコートを着込んだサングラスの赤髪の女が開いた扉の先に立っていた。
「で、其処のお嬢さんと僕ちゃんは何をしてるの?
貴方くらいの歳で此処は来るところでもなければ、幾らストライクゾーンを掠ってるとはいえ知り合いに手を出してるのを見て穏便でいられる程私も薄情ものではないんですが。」
少女がため息を吐き、ベリーと呼ばれた女の方を見る。
「まったく、この街の人に普通の人はいないのかしら。
どこに入ってもとにかく説教、面倒ったらありゃしないわ。」
「あなたの故郷ではどうか知らないけど、ここでは喫煙は18から。
故に、ここに入ってきた時点で諌めるのは売った側も犯罪になるので当然です。
まぁ……」
そう言いながら、ホランドと呼ばれた男ををベリーが見おろした。
「コイツのことですから、それは口汚い言葉で罵ったのでしょうけどね」
罰が悪そうに笑いながらホランドがベリーを見上げる。
「取り敢えず、そこの趣味の悪い骨被ってる少年、抑えた手をーー」
カキンッという音が木霊し、破裂音と共に狭い煙草屋の店内を白い閃光が包んだ。
「離してもらいましょうか。」
白い閃光に紛れて、ホランドの声にならない声。
ベリーの足から放たれる鋭い後ろ回し蹴りが、動物の骨を被った少年の胸に突き刺さる。
ーーはずだった。
少年は、両手でベリーの足をしっかりと掴んでいた。
サングラスの奥で目を見開いているベリーをそのまま無理やり投げ飛ばす。
が、ベリーは投げられる最中を捻り、掴まれていた足首を解放し地面に着地した。
確かに炸裂した筈の閃光手榴弾。
実際ホランドは地面に呻きながら転がっている。
が、何もないかのように動物の骨を被った少年と、少女は立って此方を見ている。
否が応でも思い出される先日の一件。
「嫌になるな、お前らも魔女か。」
ベリーの言葉に少女の耳がピクリと反応した。
「へぇ、私たちの存在を知っているなんて、碌でも無い人生送ってそうね。
あ、そうだ、代わりに貴方なら知らないかしら。
この人にそっくりなシガレットと呼ばれる女性を。」
ベリーが魅せられた写真を一瞥する。
「......知らない、かな。」
「嘘ね、言い淀みが不自然だった。」
ベリーが溜息を吐く。
「仮に嘘だったとして、本当の事を話すとでも?」
「...貴方の様な人はまず話さないでしょうね。
だから力付くでも、聞きだすことにします。
ジャヴァウォッキー!」
その声に応じる様に少年が身じろぎする。
「追いつけるならどうぞ。」
そう言って、ベリーは床を蹴り扉から外に飛び出し、少女と少年もそれを追い路地裏に飛び出した。
2人分の足音が路地に響き遠ざかる。