Eraser Coincidence Flare Star 2
午前11:00
コッツウォルズ・ヒルズ
「何分だ?」
フラムがポケットから取り出した少し曲がったタバコに火をつける。
「8分、それ以上は無理じゃろ?」
「分かってんじゃねぇか、他の奴らは?」
「すぐには呼び出せんな」
「ところで、時間稼ぎじゃなくてもかまわねぇよな?」
ニッと笑ってシガレットをフラムが見た。
その様子を見て、目を伏せ笑うと
「カカッ出来るもんならのう。」
そう言ってシガレットが煙の中に埋もれた。
「OK、OK。んじゃ任せとけ。」
「長いお話は終わりました?」
溜息を吐きながら、フラムを見る少女。
その少女に対してもあっけらかんと笑いながら、フラムが相対する。
「おー、すまんね。
初めまして、噂はかねがね聞いてるよ、ニーチェ・トゥインク。」
「......私の名前を、どこで?」
ニーチェと呼ばれた人型が眉を顰める。
「お前の仇からだよボンクラ。
悪いが、8分、ここから後ろにお前の力は通さねえ。」
「ーー私の力を知ってる?
お笑い草ね、それでも虚勢を張れるなんてーーー。」
「虚勢かどうかはテメェで確かめるんだな!」
突如フラムを中心に、地面から炎が上がり渦を巻き空高く登っていく。
「喰らえッ!」
地面が一瞬で干上がる熱量が上空からニーチェと呼ばれた存在に襲いかかり、渦を巻き蛇のようなトグロを形成するーーが。
パッと、大量の炎が消えた。
水をかけた訳でも、真空状態による消火という訳でも何でもなく、忽然と。
涼しい顔で目を瞑りニーチェが笑う。
「大道芸?」
「んじゃ、宴会芸でくたばってくれよ!」
そう言いながらフラムが口から炎を吹き出す。
超高温がフラムから直進し、あたりに生えていた草花が炎に呑まれ一瞬で蒸発する。
が、これもニーチェに触れる前にかき消えた。
「なめてるのかしら?やっぱり魔女も塵ね。
私1人いれば、全て事足りるのに。」
あからさまにゴミを見る目つきでニーチェがフラムを溜息混じりに見る。
「やっぱ、この程度じゃダメか。
んじゃ、本気で行くぞ、アリアナ!」
アリアナが頷き、近くにあった蛇口を壊して煙の中にいるシガレットも含めて周りに薄く水を張った。
それを見たフラムが笑いながら、腕を前に突き出す。
「太陽接続ーーー。」
その言葉と共に先ず、腕に生えている産毛の一本に赤い火が灯り、その火がフラムの皮膚を舐める様に燃え広がる。
否、燃え広がっているわけではない。
皮膚が、炎に代わっていく。
黒い髪も、爪も、そしてローブも眼帯を残してまだらな赤を含んだオレンジ色に代わっていく。
数秒で変態が終了し、その身は極大の光量を持ってその場に降臨した。
直視すれば目が潰れるレベルの黄色を孕んだ白色光にしか見えないその姿は、まさに人型の太陽そのものであった。
「まだ肩慣らしだ、精々久々の発散に付き合ってくれよ。」
口と思わしき場所が開き、どこから出ているか分からないその声があたりに響く。
「面白いこと言うわね、貴方は未だ私の気まぐれで生きてるだけなのに」
「ハッ、消せるもんなら消してみろよ!」
フラムの周辺にあからさまな異常が発生していた。
周囲2mの地面が干魃し、足元に至っては蕩けている。
シス警部が喉を鳴らす。
ーーッフ、と息を引き絞る音が灼熱と化したフラムの口から放たれる。
右半身を濃い赤色の炎が煽動し、服の表面が破裂しプロミネンスの様に飛び出す。
大きく右に弧を描きながら、高速で襲いくるその炎は、空気そのものを熱により破裂させながらニーチェに襲いかかる。
だが、その灼熱すらもニーチェが一瞥するとこの世から消え失せた。
かの様に見えた、が。
フラムの体から尽きぬかのように湧き出してくる濃い赤色の炎は、ニーチェが消すたびに溢れ出す。
ニーチェとフラムの丁度中間地点で数秒保持され続けるその炎に対し小さな舌打ちがニーチェの口から飛び出していた。
無限に湧き続け消し切ることが出来ない。
その事実に対し、ニーチェの怒りが臨界に達する。
「鬱陶しい!」
そう言いながら、大きく足を踏み鳴らす。
地面が土にも関わらず、ローファーが硬い石を叩くような音が鳴り響いた。
瞬間、ニーチェを攻め立てていた灼熱も、フラムが身に纏っていた太陽の火も全て消え失せる。
「やっぱりな、聞いてた話は全部マジか。」
首を横に降りつつ、足を投げ出すフラム。
「聞いてた話?塵芥が私の何を聞いていたと言うの?」
ニーチェがわざとらしく首を傾げる。
「ーー『厄災』、なんだろう?お前も。
あいつは言葉を濁してたけど、その力を見るに、『消失の厄災』ってなところか。」
一瞬、音が消える。
呆然とした感覚が周囲に伝播するのなら、このような空気になるのだろう。
「ーーー厄災? 厄災ですって!?
違うわ! 私は! 私達は!
人と魔女を浄化する為にお父様/お母様に産みだされた機構そのものよ!」
虹彩が激しく煌めき、恐ろしいまでの怒声でニーチェが叫ぶ。
肩で息をし、一瞬目を瞑り、小さく咳払い。
もう一度目を開けた時には、先ほどまでと同じ、余裕が垣間見える表情に戻っていた。
「■■■■ですらない塵如きに心を乱されるなんて、この借りは高く付きますわよ?
先ずは指先からゆっくりとーー」
話す最中に、フラムがニーチェを一瞥し普通の炎がニーチェの体を舐め尽くした。
が、最初に放った炎の蛇と同じ様に掻き消える。
「無駄です、貴方の纏う太陽の火すら消してみせたでしょう?
この星系内にあるもので私が消せないものなんて無いんですよ?」
「成る程な、太陽接続が使えないのはお前の孕んだ異能の力だと見るとして...じゃぁ、太陽の火程度じゃ済まないものを食らわせてやるよ。」
そう言い、フラムは大きく深呼吸した。
「ーーー『北極星』」
ポッと、目の前にビー玉サイズの小さな白い発光体が現れ、フヨフヨとニーチェの前に飛んでいく。
「その小さい球が貴方の全力?」
鼻で笑うニーチェを見て笑うフラムは指を弾いてみせる。
「『膨張』!」
瞬間、白い球体が直径50cmに膨れ上がり、ニーチェの半身を文字通り消滅させた。
「ーーーなーー。」
面食らうニーチェの体が高速で修復される中、フラムが叫ぶ。
「調子乗るからそうなるんだよ! もっと後悔させてやるよニーチェ、アリアナァッ!」
「えっ!?」
面食らうアリアナの答えを待たずにフラムが手を横に振るう。
「頼んだ!」
フラムの体が先程とは比べ物にならない程の発光を始めた。
「ちょっ!?」
「ーーは?」
アリアナが三重の水の幕を張るが、貼り直すたびに蒸発していく。
「白色矮星化!!」
水分だけではない、触れていない筈の地面すらも融解し蒸発するその温度。
摂氏13000度。
白色矮星の高温が眼帯を残して人型になった存在がその場に顕現していた。
「この星にもこんな高温置いてるのは悪いからな、とっととカタをつけるか。」
その軽口を聞き、その姿を見て鼻で笑いながら、もう一度ニーチェがローファーを打ち鳴らす。
が、特に何も起こらない。
眩い白光は人の形でそのまま立ち尽くしている。
「どうした?」
そこで初めて、ニーチェの笑みが消えた。
「おっ? お気に召してくれたかな?」
「…っ!」
ニーチェが手を思い切り降った、と同時に高温の塊になったフラムの上半身が消える。
が、白い火と共に元の姿に再生していく。
「ーーありえない、私が知ってるお前と違う!
それに、どうしてその状態で自我を保てているの!?」
すでに喉もない筈のその白い光は、それでも尚口のあった場所から音を出し続ける。
「太陽との接続が限界だった筈なのに……それにお前がどうして此処に存在していられる…?」
その言葉に炎が一瞬激しく揺らめいた。
「やっぱ繋がってんだな、お前と『厄災』は。」
「…それがどうかしたの?」
「腑に落ちただけだよ。
お前の知ってる私と違う理由はな。
魔女の異能は思いの先、想像の果てに有る、だ。
お前を殺した魔女の口癖だよ。」
ピクリとニーチェの眉が動き、眉間に皺がよる。
「私もずいぶん頑張って鍛え直したんだ。
さて、ここからが本番だ。
これでも勝てないだろうけどどれくらい通じるのか試させてくれよ!」
そう言いながら白い炎の塊と化したフラムが、小さな球体をオーバースローで投げつけた。
投げつけたと言うのには語弊があるかもしれない。
手を振るった次の瞬間には着弾していた。
空気が破裂する音が後から響く。
ニーチェはそれをなんなく躱していた。
「その程度でーー」
「どの程度が、その程度だ?」
白炎と化したフラムの周囲に先ほどの塊を、大小のサイズにしたものが数十個単位で浮かぶ。
「踊れ! オラァ!」
高速で飛来するソレをニーチェは右、左、前、後ろ、斜め、時には跳びながら、極熱の白球を避け続ける。
十数秒、途切れずに避け続け、ニーチェはその小さな口から舌打ちの音を漏らした。
これだけの火力、限界か貯める為の長い時間がすぐに来るだろうと思っていたのだろう。
予測が外れ、怒りを顕にしたニーチェが一瞬止まる。
「小賢しい……真似を!」
ニーチェの目が薄く光り、次の塊が飛ぶまでの軽いインターバルの間にフラムごと全てをかき消した。
目を閉じ、鼻で笑うニーチェ。
が、その余裕を嘲笑うかの様に、空間を侵食する様にジワジワと白い炎がフラムの立っていた場所から湧き出し人型を取り直す。
と、同時にもう数度、舌打ちと共に虹の虹彩が光り輝き、白炎と立っていた筈の場所が地面ごと綺麗に、完全に消える。
が、やはり、空間から炎が現れる。
白の炎がじわりと湧き出し、すぐにその形を取り戻した。
大きく舌打ちをしたニーチェが叫ぶ。
「消しても消してもワラワラと!
蜚蠊もそんなにしぶとくーーー」
「塵から単細胞生物とか飛ばして一気に虫へ格上げか、多少お眼鏡には叶ったみたいだな?
じゃぁ次はせめて哺乳類くらいまでには格上げしてもらおうか!」
怒り心頭、と言うのが非常に似合う赤い顔色になったニーチェを見ながら、その姿を完全に戻したフラムが笑いながら、何故か残っていた眼帯を外した。
「RX J0439 8 6809ーー接続!」
白色が、一瞬消える。
そしてより眩い白色を持って、其処に25万度の高熱の塊が顕現した。
それまでの揺れる炎ではなく、白い光を湛えた人型。
眩耀である、としか伝えようのないこの明るさの中、頭らしき部分を見る術があるのなら、そこにはしっかりとフラムの顔が見えるだろう。
白の中でうっすらと見える赤い瞳も、スッキリとした目鼻立ちも、不適に上がっている口角すらも。
そして、眼帯が外れて空洞になったその眼窩から並外れて漏れる立ち上る白い焔も。
太陽が出る時間帯、明るい筈の周囲が相対的に色褪せて見える。
彼女を中心にしていた熱量は寧ろ収まったが、その分その白い光の中では何かが沸々と今にも弾け出さんばかりに暴れている。
「伊達に四元素で括られてる魔女じゃねぇってことを教えてやるよ、ニーチェ・トゥインク。」
真昼よりも尚明るく、最早瞼を開けていなくても目が潰れる程の明るさの白色矮星と化したフラムを見て、ニーチェがため息を吐く。
「自分の命すら燃やして私を止めるつもりですか?」
「ーー約束したからな。
今度こそ、最低でも時間は稼ぐさ。
いくぜ、『ASASSーー』」
真剣な顔でそこまで言った瞬間にフラムの身体が突然、元に戻る。
服も、眼帯も、骨も、皮膚も。
太陽接続をする前の姿に完全に戻っていた。
「限界が来たみたいね、魔女風情の身でそんな所にまでに手を出すか」
コーンッ。
それは、大理石の床を何か硬いもので叩いたかのような澄んだ音。
「ら……?」
ニーチェの言葉はその音を聞いて止まった。
コーンッ。
土の地面、草の原、何処にもそんな物は有りはしないにも関わらず。
コーンッ。
其処が開けた空間にも関わらず、何故か反響するように耳奥に響くその音。
コーンッ。
火の消えたフラムも、ニーチェも、水を貼っていたアリアナも、シス警部も。
その場にいる全ての存在が音の出どころを見つめていた。
コーンッ。
集中する目線の先には音を出している存在。
コーンッ。
一つ歩くたびに大理石の板が足元に形成されていく。
真後ろには巨大な聖堂が出来上がっている。
作りかけの大聖堂。
先ほどまでは無かったはずのその豪奢な聖堂。
それが、その異常が目に入らない程にその存在は主張した。
コンッ。
「お待たせ、時間稼ぎありがとう、フラム。」
その言葉を発したのは、墨を落とした様な黒色の肩まではない短髪。
鳩の血の名を冠する宝石に似た深い深い真紅の瞳。
そして口端から覗くのは獣もかくやあらんと言いたくなるような牙のような歯。
普通のシャツに普通のジーパン。
手に持っているのは木で出来たただの杖。
決して派手で無い風体、口を開いた際にその歯を見なければ街中で歩いていても特に振り向かないだろうその見た目。
それにも関わらず目を奪われざるを得ない、圧倒的なまでの存在感の女性だった。




