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Hookah and cigarettes end

 通路の先の鉄扉にぶつかり、軋みを上げる身体を押して、もう一度広大な空間に辿り着いた時、すでに決着はついていた。

周囲に蔓延する煙を自身のボロいローブの中に仕舞い込むのを見ながら、俺は階段の上から魔女に声をかけた。

「……なぁ、シガレット。」

「なんじゃシス君。」

この話に踏み込んで良いのだろうか。

そう思いながらも俺の口は止まらなかった。

「…やっぱりそいつはお前の妹なのか?」

シガレットが抱えている、先ほどまで、魔王すら彷彿とさせるように獣頭骨の化け物を操り、水で暴威を奮っていた魔女は、眼球がなくなり、顔はひどく焼け爛れたものの、思いの外、どれがどの部分なのか分かる程度に綺麗に頭が残っていた。

が、その首から下はボロボロに炭化した黒焦げの肉と、焼け残った骨の塊になっている。


「……ワシは違う。

 が、此奴の姉は知っておる、詳しくは話せんがな。」

「そうか。」

ならば、その獣の牙のような歯は一体何なのか。

瓜二つに見えなくもない顔つきはなんなのか。

そう聞きたい。

でも、流石に俺もそこまで厚顔無恥では無いらしい。

シガレットが隠そうとしている事実を暴き出そうという気にはならない。


「ところでシス君、服を貸してくれんか。」

言われた通りに来ていた穴の空いた白いシャツを渡す。

と、シガレットが服を魔女の恐らく肩であろう部分の付近にかけた。

「何してんだ?」

「…この後この子は再生するからのう。

 服も焼いてしまったから、煙で作るまでの間の応急処置じゃよ。」

成程、そりゃそうだ。

いくら魔女でも肉体の蘇生はともかく服まで蘇生できるはずがないーーいや、待て待て。


「は? 生きてるのかその状態で?」

「そうじゃよ、異能で焼いたわけじゃないからのう。」

そう言う最中、顔の爛れがゆっくりと引いていく。

いや、正確には戻っていっているのか? ビデオの巻き戻しの様に。

どう言う構造なんだ、魔女というのは。


確かに、以前言っていた。

魔女には擬似的な不老不死の力があると。

そして俺は確かに見た。

シガレット自身が自分の腕に足に心臓に、俺の銃から吐き出された鉛玉を自分で撃ち込んで、数秒経たずに息を吹き返すのを。

確かに知っている。

後から聞いたことだが、圧力の魔女がフレシェット弾に撃ち抜かれても、メイド長の命を懸けた自爆に対しても、何の問題もなかったかのように無傷で俺に向かってきていたこと。


だが、この状況は控えめに言っても異常だ。

当初は驚異的な再生力だと思っていた。

だがそんな物ですら無い様に感じる。

肉は焦付き、骨すら焼け、ボロボロと炭化して崩れていっているのが見てわかる。

が、顔の爛れはゆっくりと元に戻っていく。

失われた唇の部分が、熱で蒸発した眼球が、まるで内側から湧き出すかのように。

グジュグジュと不気味な音を立てながら、後から後から現れる。


その昔、子供心に死というものを俺も考えたことがある。

死んだらどうなるのだろう、自分の意識は? 記憶は? 心は?

死んだ先にあるのはなんなのだろう。

良い事をしていれば天国に行けるという。

果たしてあの場であの状況に対して何もできず、喉を枯らして、嗚咽を漏らし続けた俺は良い子なのだろうか、と本気で考えながら。

悪い子なのだとしたら地獄に行くのだろうと、永遠の火に焼かれて苦しみ続けるのだろうと、そして蛆に自身の肉を喰らい続けられるのだろうと。

ならば永遠と生き続けたい、死にたくない。

そう子供ながらに思った。


だが、こうなっても死ねないと俺が子供の頃に知っていたとしたらどうだろうか。

シガレットが言うには脳を壊されたなら死ぬことができるらしい。

だが、それには魔女の異能で攻撃されるか極限の疲労の中で脳みそを破壊される以外に方法はないと言う。

そう、自分自身で死ぬことも、普通の武器で死ぬことも、火に燃やされようと死なないのなら。

死のうと思っても死ぬことができないと知ったのならば。


……呪いと何も変わらない。

水の魔女は度々『死にたい』と『殺してくれ』と言っていた。

渇望しても尚死ねないとするのならば。

それは呪いと何ら変わらないのではないか。


チラリとシガレットの顔を見る。

あの時聞いた言葉。


『シス君、ワシを殺してくれんか?』


コイツも、死にたいと考えているのだろうか。

否、そうで無ければ数日前に知り合えた俺にそんな話をする訳がない。

そもそも、なぜ俺に頼んだのか。

…いや、待て。

あの日俺が来る事を本当にシガレットが知っていて署長に言われてなどではないのなら、まさかとは思うがあの19年前の夜に魔女に襲われた俺を助けていたことすら、自分を殺してもらう為に……?

いや、そもそもコイツが手引きしていないと誰が言い切れる?


「どうした、シス君。」

シガレットが少し心配そうな顔でこちらを見てくる。

「…いや。」

俺は首を横に振る。

あり得ないだろう妄想はやめて置くのが吉だ。

ふと、水の魔女の方を見ると少し朱が入る程に血色まで良くなった顔が見えた。

黒焦げの頸椎を中心に骨の内側から肉が盛り上がっていく。

…そう、なるのか。


等と思った瞬間だった、頭が治るのとは比にならないスピードで一瞬で身体を形成していく。

脈打つ心臓が、健康的な肝臓と腎臓が、胃が、腸が、子宮が筋肉が、高速で形成されていく。

肩口まで治った瞬間に、天幕のように動脈と静脈が下りてくる。

ソレが内臓に絡みつき、炭化した骨と肉片を払い除けながら筋肉と骨が肩口から、学校の理科室にあったような人体模型の筋肉の形に、木を這う蛇のような動きで形成されていく。

気味の悪い液体のついた肉同士が擦れ合う音が辺りに鳴り響く。

次いで脂肪が纏わりつき、皮膚が爪が形成される。


本当にあっという間だった。

炭化した元々水の魔女の骨と肉だったものを肉が押し出し足元に散らばる。

そして、確かに服は無かった。

シガレットの慧眼に感謝だ。


「シス君、この服少し貰うぞ。」

…服を貰う?

黒焦げの骨と肉片を蹴り出しながらそんなことを俺に向かって言い放つ。

「あ? ああ、構わないが。」

言ってる意味がいまいち分からないが、無くなって別に困るものでもない。

そう思っていると袖の一部を魔女が破いた。

少しってそう言う事か。

そのまま、ソレをくるくると丸め、何処からか取り出した紙で包み、火を付けるとそのまま口につけた。


短い沈黙が流れる。

ただの紙と布と考えるので有れば、すぐに燃え尽きそうな物だが、何故かそれはタバコとして正常に機能しているようだった。

煙をひと漏らしもしないままに吸い終わらせ、口からゆっくりと煙を落とし、俺の服の下にいる水の魔女の身体に降り積もらせていく、と同時に煙が色づいていく。

水の魔女が来ていた服と同じ色に、そして、同じ見た目に。

数分経たないうちに水の魔女の服が戻って来る。

そこでようやく、シガレットは俺の服を引き剥がしクルクルと丸めて、投げ渡そうとして一瞬止まった。

「ふむ、破けておるしな。

 今度買い直してやるかのう。」

「いらん世話だ、とっとと返しやがれ。」

フッと口角を上げて、俺に魔女は服を投げ渡す。

腹部の部分が少し千切れ袖口部分が少し千切れた程度だ。

着て帰る分には取り敢えず問題ない。


スゥスゥと寝息を立てる水の魔女。

…寝息。

「お前たちの体は一体どうなってるんだ?」

「…さぁのう、魔女になった時に変貌でもしておるんじゃろう。」

惚けたフリではなく、今回は割と真面目にそうシガレットが返してきた。

「まぁいつまでもこんなところにいても仕方あるまい、アリアナはワシが背負ってーー。」

その、アリアナがシガレットの手を掴んだ。


「行かないで…■■■▪姉さん…。」

目は瞑っている、恐らく寝言なのだろう。

自然と出たはずのその言葉はどこか捻じ曲がり、音として聞こえない。

だが、その声。

否、その音階を聞いてしまってはいけないと脳が警鐘を鳴らす。


シガレットが目を見開く。

余裕のない表情が、目につく。

なぜか周りの音は聞こえない。

目の前にばら撒かれていた黒焦げの骨と肉が色を取り戻していく。

即ち、白とピンク色に。

その肉が盛り上がる。

明らかに1人分もないはずのその肉が、骨が増殖し小さな人型を形成する。

それが現れたと同時に電灯が割れる音が鳴り響き、辺りが一瞬で闇で支配された。

そこに現れた小柄な少女は、周囲の闇を引き剥がしながらソレを纏う。


署長の家で見たのと同じようなメイドが着るエプロンドレス。

その色が映える白い肌。

薄青色に緑のメッシュが入った長いサラサラとした髪。

虹色の虹彩。


「見ぃつけたぁ。」


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