Hookah and cigarettes 6
「…さて、頼みの綱のジャヴァウォッキーはもう出さんのかのう?」
沈黙。
「あれだけ騒いどった割に今はだんまりを決め込みおって。」
沈黙。
「死にたいと言っている割に暴れ回っとるのはなんでじゃ?」
沈黙。
「……何故、ワシを姉と決めつける。」
沈黙、は保たれなかった。
ボソリと、アリアナが何かを呟く。
だが、その声はシガレットの耳に届く前に霧散する。
「なんじゃって?」
もう一度口籠る。
耳を近づけ、アリアナの顔を覗く。
「ちゃんと話さんとわからんじゃろうが。」
沈黙ーー。
溜息を吐きながらシガレットがやれやれと言った顔で首を横に振る。
「ーーーぃ。」
もう一度紡がれた言葉。
それは先ほどまでと同じだったのか、そうでなかったのか。
固められた体では首を振る程度しか出来ない。
人間なら、そうなのだろう。
恐らくは、この状況であれば圧縮の魔女クラリスであっても同じ状況だっただろう。
だが、アリアナは水の魔女。
恐れ多くも世界を構成する四元素の名を戴く魔女。
ジャヴァウォッキーと呼ばれる化け物に血液の代わりに水を入れて動かしている彼女は圧縮の魔女と違い、目に見えないものでも感知し操ることができる。
即ちーー。
「水剣」
近くに水分があればその水でウォータージェット切断を行い、自らの体の周りの鉄片を切り刻む程度であれば朝飯前。
そのまま鉄片を刻んだ水の刃が足元が崩れたシガレットに向かい襲いかかる。
頭と、足を狙うその横薙ぎの一撃を辛うじて飛び込み前転でシガレットがかわす。
靴底が削れはしたものの、首と脚はきちんと繋がっている彼女を見てアリアナは不敵に笑う。
その真横に、再構成されたロングソードの見た目の水が2本浮いていた。
「さぁ、踊って、姉さん!」
剣が解け細い細い一本の線になり高速でシガレットに襲いかかる。
目視するのも厳しいであろうその一撃をシガレットは既のところでしゃがんで避ける。
次いで二本目が解け鞭のようにしなる。
シガレットの胸部が多少の膨らみを見せ、吐息と共に紫の破片が襲いくる水を撃墜する。
迎撃された一本が砕けた後に二本に増え再度襲い来る。
舌打ちをし、踏鞴を踏みながらかわす。
最初の一本が戻り、また線になり飛ぶ。
前に出ていた右足に力を入れてムーンサルト。
次いで襲いかかってきていた追加の二本の水の線を、背中の下に潜らせて、シガレットは必殺の一撃を避けていた。
そのまま綺麗に着地する、と同時に鳴り響く一人分の拍手の音。
シガレットが天井を見上げながら、黒い煙を自身を覆うように吐き出しながらアリアナの方を見ると、三本から更に増えた八本の水の剣。
小さく溜息を吐きながら、シガレットが帽子の唾から垂れ下がる小瓶を糸ごと引きちぎった。
小瓶に蓋をしているコルク栓をを抜いて、その中に並々と入っている薄黄色の液体を躊躇いなくその赤い瞳に注ぎ、空になった小瓶をアリアナの方に投げ付けた。
反射で小瓶が剣の一本で迎撃される。
砕ける小瓶。
残り七本。
それを見たシガレットが足に力を込めアリアナの元へと走り出す。
迎撃で二本がしなりながら一本は耳から上を狙い左から、一本は膝から下を狙いながら右から挟む様に襲いかかって来る。
それをシガレットは軽く飛び、体を丸めて回避する。
残り五本。
空中に飛び出したシガレットを見たアリアナが笑う。
動静など空で利かせる事はできない。
三本の水の剣が回転鋸の形に変形し、高速でシガレットの元に迫る。
目の高さに横に、左肩から首を通り斜めに、そして正中線を真っ二つにする様に縦に飛んでくるその不可避の水の刃を、シガレットは突然下に移動して避けた。
代わりに刻まれたのは白く随分と小さくなった蛸。
三つに分けられ霧散していく。
蛸を放つ衝撃でそのまま空中で軌道を変え、シガレットは更に距離を詰める。
残り二本。
足に力を込め、一足飛びで、残り僅か4m。
アリアナの手が水の剣を掴み、もう一本の水の剣を吸収する。
そのまま、弾け飛んだ水やその他の形が戻ってきていた剣すらも飲み込み、アリアナの手にある剣がどんどんと巨大化していく。
渦を巻き吸収してあたりの水気を全て吸収したその剣をアリアナは剣の腹を見せる形で横に大きく薙いだ。
サイズも気にせず、手を振るうのと同じ速度で高速で飛来する水の剣。
その驚異的な速度の剣の、刃の部分にシガレットは手をかける。
そして、蠕動するその刃で手が切れる前に上に飛びその暴威から身を避けてアリアナに肉薄した。
残り零本。
そのまま、シガレットの指がアリアナの首にかかる。
と、同時にアリアナの身が弾けた。
否、アリアナの形をした水が弾け飛ぶ。
「ーーっ」
息をのみ、その場から離脱しようとするシガレットのその身体を水が逃げ場なく覆っていく。
「『水牢』!」
球体の水の中に、シガレットが囚われる。
「やっと、やっと捕まえた。
…姉さん、お願い、姉さんだって言って?」
水球の中で泡が立つ。
アリアナが薄く笑い、諭す様に声をかける。
「貴女が姉さんじゃなければ、もう、私は。
私は、もうーー。」
少女の悲痛な叫びが、広い空間内に木霊する。
絶望的な状況。
煙が水に絡め取られ、得意の煙の一筋すら出せない様に周囲を水で囲まれる。
ここから抜け出すつもりならただ一言、嘘でも何でも彼女の望む言葉をくれてやれば良い。
ただ一言、「お前の姉だ」と。
たった一言、「ごめんね、アリアナ、久しぶり」と。
一言呟けば良いだけなのだ。
だが、それでもシガレットの赤い双眸は真っ直ぐと青い双眸を射抜く。
ーーーそれでもシガレットの口は、言葉を紡ぐ。
少女の望まない方向に。
自らの破滅を望む様に。
首を横に振りながら、ただ一言。
「ワシは、お主の姉ではない。」
そう、答えた。




