Hookah and cigarettes 4
待てこの状況はあの時に似ている
…なら、何で俺はシガレットの願いをすんなり……でも無いかもしれないが受け入れた?
…アイツの目、あの状況、そしてアイツの心からの嘆願?
本当にそれだけなのだろうか。
「結局は認めるつもりが無いって言うことよね、姉さん。」
そうこう想像しているうちに、話は進む。
「…言ってることが滅茶苦茶じゃのう。」
ソレほど追い詰められているのか。
探せども、待てども、いつまで立っても出会えない姉。
自死を試すも何をしても朽ちないその肉体。
魔女の力ならば、殺してもらえる。
その他では死ぬのが大変である。
この難解な状況にて頭のネジが数本抜けてしまったが為に生まれた、盲目の怪物。
どれだけ他の人間に迷惑をかけようが関係ない。
待ち続けた姉に出会えるのなら、待ち続けていた自分の人生に終焉を与えてもらえるのなら。
否、だが待て。
本来の目的は、話す順番的に考えて姉と出会うことであるのだとすれば。
姉にさえ会えれば死は望まないのではないのだろうか。
シガレットも、嘘でもいいから自分が姉であると言って仕舞えばーー。
『ーー全て話したかったが、駄目みたいじゃ。』
まさか、そういうことなのか?
どこか確信を持って俺の腹の中にその答えは落ちていく。
こいつがどういう業を背負っているのかは分からない。
あの煙の中、自分自身の話し方すら崩して俺に伝えようとした何かしら。
ソレを邪魔した、遠くから聞こえる獣の咆哮とでも言える何か。
自身の家族にすらその話を明かすわけにいかない、自分の名前すら偽りながら動かなければならないその状況。
こいつは、シガレットは、アリアナを守る為にこんなことをしているのか?
そんなアリアナが、自分自身の死を望む為にやってきている。
この状況を考えるのであれば、彼女の葛藤は如何程のものだろうか。
そして、こいつが相対している何かは一体何者なのだろうか。
名すら名乗れない程の、恐ろしい相手。
あの空間の中で感知してきたことから、恐らく人ではないのだろう。
そうならば恐らくは魔女。
こいつを脅かす何かしらの魔女というのが妥当なところか。
その答えを隠す為に、魔女の根絶を考えている?
シガレットとアリアナが何かを話し合っている。
それは何処か姉妹喧嘩のように俺の目に映り始めていた。
無茶な我儘を言い続ける妹とソレに呆れている姉。
だが、その喧嘩の大元は姉なのだろう。
「埒が開かんのう。」
「こっちの台詞よ、姉さん。」
? 落ちてる?
一瞬あった、引っ張られる感覚。
そして、落ちていく感覚。
何が起こっ「ぉぉおおおぁぁぁあああああ!!?」
「ッ! シス君!」
シガレットが息を大きく吐くのが見える。
口から一気に噴き出される白煙が俺を包む。
それと同時に紫色の煙が俺を避けて後ろに向かい高速で飛んでいく。
恐らくその紫の煙が化け物に刺さる音を聞きながら、白煙に包まれ落下する最中、その顔を見てしまった。
醜悪に歪む、その顔を。
端正というのに微塵の躊躇もないその整った顔が、目の形を歪め、口端を牙を見せ歪ませる。
「その男を殺せば、私を殺してくれる?」
下に着地すると同時にその魔女は間違いなくそう呟いた。
途端、背中から伸びる大量の水の帯。
その全てが俺を狙い突っ込んでくる。
シガレットの方向から舌打ちが聞こえる。
と同時に黒い煙が俺の眼の前に吐き出されーー突然固形化した。
目の前に迫っていた水の帯が俺の目前に唐突に現れた何かにぶつかる異音。
恐らく金属の壁に、ソレも分厚い金属の壁に亀裂が入る。
「少しは頭を冷やさんか、お主、水の魔女じゃろうが。
一度水に頭を突っ込んでーー」
亀裂の隙間から掌を前に突き出すと同時に、何か細かいものが飛ぶのが見えた。
瞬間、亀裂が閉じる。
と同時に散弾が壁にあたったかの様な音が鳴り、今度は小さな穴が複数空いた。
ただの水が、そんな威力で飛んでくるのか?
「……やめんか、馬鹿者め。」
「その男がよっぽど大切なんだ、当たりは引けてたみたいね、私。」
シガレットの周りの空気が変わるのを感じる。
普段の弛緩した空気から、何処か引き締まる様に。
「いいや、ハズレじゃよ。
ワシの尾を踏んだ訳じゃからな。」
先程と同じ様に、魔女を中心に爆発する白煙と黒色の煙。
だが、今度は魔女の元に戻らず、地面に収束し何かの形を取り始める。
ソレをニコニコしながら見つめるアリアナ。
狙われてる俺が言うのもなんだが、今の間に攻撃すればいいのではないか、と思う。
……いや、コイツは姉に殺されることを望んでいるのなら、そういうことだろう。
どうやって自分を殺してもらおうか勘案している、というのが正しいのだろう。
余裕でもなんでもない、自分の願いを叶える為にあくまでも愚直に。
空いた小さな穴から見えるのは俺の目の前を守る様にその姿を変えていく煙の形。
その姿は高さ9メートルはありそうな巨大な何かに徐々に変貌していく。
色は全て白色だが黒の煙が徐々に表層を侵食し、真っ黒になった後、金属光沢を放ち始めた。
それは、身体もなく、ある種液体の様に見えなくもない。
複数本ある腕というより間接のないそれは触手と言うに拒否感は全く無い。
球体のような形の周囲から細かい吸盤のビッシリ生えたそれは大量に生えている。
そして特筆すべきは触手の付け根付近に存在しているその眸子。
人間のものとは全く違う山羊のものに似た長方形のそれは、何処か不安と焦燥を駆り立てる。
…その見た目は大き過ぎることと金属光沢を放つ以外は完全に蛸だった。
「……蛸?」
全く同じ感想を抱いてしまっている。
「相手が『水』じゃからなぁ。
ソレにその遺骸共もまだ10はおるじゃろうからな、効率の良い姿に変えたまでよ。」
いっ……アイツらまだそんなに居るのか。
「効率、ね?」
「言っておくが先だって出しておった三ツ首の犬共の2.5倍は強いぞ。」
「足の数と首の数の差だけの話?」
ハンッとシガレットが鼻で笑う。
「あの時作った犬は多少サイズは違うとは言えあくまでも犬じゃ。
そしてコレは蛸。」
そう言いながら、シガレットがその触手を何処か艶かしく掌で撫でる。
「触手、触腕問わずその全てが筋肉じゃ。
そして、追い詰められれば人はおろか鮫すら散らす。」
その言葉と共に触手がシガレットを優しく包み、頭の上へと乗せた。
俺の喉が鳴る。
「本来はこのサイズのものだと自重で地上では動くことすらままならんじゃろうがーー」
指を弾く音。
巨大な何かが振り回され、空気が薙がれる音。
そして、パガァンッという、硬いコンクリートが破損させられる音。
「この通り、海の中と変わらず動き回らせる事もできる。」
突如隙間から見えていた巨体が消え、頭上に、影?
上を見上げると腹の下を見せて蛸が空間を揺蕩っている。
どうやって浮いているのか、それを想像することすら既に難しい。
凄まじい重量音と共に、蛸が地面に落着し、いつの間にか薄く貼られていた水が飛沫をあげた。
「今度は本物みたいね?
顔に跳ねる水の感覚、ジャヴァウォッキーの動き、それにーー」
手を上げ、頭の上にやってくる水球。
直上に来た瞬間に割れ、アリアナの頭から服までを濡らす。
「ーー目も覚めないから、間違いない、でしょ?」
アリアナが、笑う。
シガレットも、笑う。
魔女が笑う、嗤いあう。
ただ、2人の笑い声が反響するだけのこの場所で、俺自身は体が強ばり動かなくなっていた。
アリアナは兎も角、シガレットに関してはいつもの声ではない風に感じる。
ゲラゲラゲラゲラと、心底相手のことを馬鹿にし合うような笑い声。
影が踊る。
否、2人の影が交わり踊るように見える。
タコのうねる触手の影と合わさっているから、と信じたい。
喉が鳴る、自然に。
恐怖。
この前のとはまた違う恐怖だ。
あの時はあからさまに人間に恨みを持ち、その為だけに生きて来た存在に命を脅かされる恐怖。
今回のは底知れぬ力を持つ魔女に対する純然たる恐怖。
この前の一件で魔女を知った気でいた。
魔女とは魔法、異能を操る存在で、通常の方法では殺せない。
それでも努力すれば、せめて逃げ切れる存在なのだろうと。
だが、目の前の「これ」はなんだ。
魔女の殺し方の一つにその異能を使い切らせて疲労させたところにとどめをさすという方法がある、そう聞いた。
だが、シガレットの蛸の化け物にしても。
そしてこいつの操る膨大な量の水の塊にしても。
あからさまに人をただ殺すだけにはオーバースペックすぎる。
村程度なら当然、恐らく街ですらたった一人で滅ぼせるほどの暴威。
何千人の人間を犠牲に払って初めて1人息の根を止められるというのなら、どれほどの力を振るわせれば限界が来るというのか。
ぬるりとしたモノが俺の肌に触れて意識が覚醒する。
ーー浮遊感。
「ーーぉッ!?」
口元を塞がれ声が止まる。
金属光沢のある触手と、頭ほどのサイズがある吸盤が俺を引っ張り上げる。
2人が笑い合っている最中に蛸が触手を渡して俺を半分崩れていた階段の上まで引っ張っていく。
横目に見えるシガレットの背中に回されている手が上に登れと指を刺す。
…コイツは結局、味方、なのだろう。
そうでなければ説明がつかない事は幾らでもある。
そう思ってる俺の頭の上に腹部の部分が破けて濡れたシャツとスラックスが降って来る。
いつの間に、俺の服を取り戻していたのだろうか。
アリアナの方はどうもまだ気づいていないらしい。
俺は、喉を鳴らしながらゆっくりと階段を登る。
またも、シガレットに全てが託されるのに歯噛みをしながら。




