Prologue5
外部森林
18:30
『cigarette-smoke shop(シガレットのタバコ屋)』
「さて、コレで取り敢えず終わりじゃな。」
シガレットが薄く掻いた額の汗を拭っているのを見る。
「...結局俺がいた意味はあったのか?」
たっぷり、約4時間の時間が経っていた。
その間俺がしていたのは施術の様子をぼーっと見ながら、コーヒーを飲んだり、クッキーを食ったり、魔女とデニスの話し相手をしていることだけだった。
別に俺がいなくても問題無いならネルの話に付き合っておいても良かったのではないだろうか。
「ん?お主も一緒に直しておったんじゃよ?」
「は?俺も治す?」
どう言う意味だ?
「お主の身体も一度潰れてしもうたからのう。
患部の確認もしておらんかったからどうなっているか分からんかったから、改めて直しといたんじゃ。」
そういえば確かにあの時は俺の足の確認をせず、気がついたら煙が足を覆っていた。
多少違和感はあった物の、脚どころか靴も直っていたしそういう物だと思っていた。
実際、昨日シャワーを浴びる時に確認した脚は綺麗な物だったし、違和感も消えていた。
いや、そういえば足の甲に生えていた毛が無くなっていたような...?
「む?やはり思い当たる節があったようじゃな。
一緒に直して良かったわい。」
グーっと伸びをしてシガレットが肩を回す。
休憩ありとはいえ4時間余りも集中して作業をしていた...のだと思う。
傍目から見たらタバコをスパスパやっているだけだがーーいや、息継ぎとかしてなかったような。
まぁ兎も角見ればデニスの指も完全に復活している。
流石にこの場で靴と靴下を脱いで足を確認する気にはならないが俺の足も元に戻っているのだろう。
「ーーーーー。」
声にならない声がデニスの方から聞こえて来た。
今や完全復活を遂げた自分の右手を開いたり握ったり、左手で触ったり、つねったりしている。
心なしか普段より顔色が明るい気がしなくもない。
...当然か、二度と戻ってこないと思ってた自分の右手が戻って来た訳だしな。
「有難うございます...なんて言葉だけでは足りません。
シガレットさん、私はこの恩をどの様に返せば良いでしょうか。」
「別に何もいらんよ、今回の件はワシの所為じゃ。
お主らは巻き込まれなくても良い事に首を突っ込まされ、挙句戦友を二人も失った。
せめてものアフターケアじゃよ。」
そう言いながら改めてタバコを取り出して吸い始めるとシガレットが此方を向き直した。
「さて、シス君は今日泊まりなのは確定として、デニスも飯くらいは食って行くじゃろう?」
「そこまで、お世話になる訳にはーー」
「逆じゃ、此処まで世話したからには飯くらい食っていけ。」
...待て、どうして俺が泊まりの話になっている?
そんな約束をしていた覚えはないが...。
「不思議そうな顔をしとるのぅ、どうしたシス君。」
「いや、いつの間に俺が泊まる話になったのかと思ってな。
そんな約束をした覚えはないんだが。」
分からない事は聞くに限る。
一昨日までなら突っ張って居ただろうが、今は直接聞く事に拒否感はない。
「ネルに言っとったじゃろ?一晩でも付き合うと。」
キョトンとした顔でシガレットがそう言ってきた。
「子供は純粋じゃからなぁ、本当に一晩読まされるから覚悟しておけよ。」
ーーーマジか。
あの場を収める為に適当に言った言葉が自分の首を絞めていた。
「おっ?今更後悔した顔をしておるのう。
まぁ、ネル達も寝る時間は来るじゃろうから、それまでの我慢じゃ。」
やはり顔には出ているようだ、ポーカーフェイスを気取った覚えもないが。
「さて、本当なら今晩の飯はネルの好みに合わせるつもりじゃったが、シスくんのおかげで必要なくなったからのう。
2人共、何が食いたい?」
飯か、飯なぁ。
今すぐ食いたい物で思い当たるものがない。
敢えて言うのなら、家で冷蔵庫に眠っている朝残してきたサンドイッチが心配なくらいだ。
デニスの方をチラリと見ると顎に手を当てて悩む素振りをしていたデニスがうっすらと口を開いた。
「ピエロギってわかります?」
…聞いたことのない食べ物の名前が出てきた。
「分かるが、それで良いのかのう?」
シガレットはどうやら知っているらしい。
ピエロとついていたし道化師が何か関係あるんだろうか。
「ええ、小さい頃に路地裏で食べたのを急に思い出したので、お願いしても良いですか?」
「ならできる限り合わせてやろう、中の具は?」
中に具ということはサンドイッチのように挟んでいるか、パイのような包む物だろうか。
「肉系でしたね。」
肉であればどちらもあり得そうだ。
「生地はどうじゃった?」
「薄かった覚えがあります。」
生地が薄い…?
とりあえずサンドイッチの線は消えた。
パイ生地で包んだ料理かなんかだろうか。
「焼いとったか?」
「つるっとしていたので茹でていたんじゃないでしょうか。」
茹で……いよいよ意味がわからない。
パスタ生地で肉を包んだようなものだろうか。
それを茹でて出す料理……?
「で、シス君は何かないんかのう?」
シガレットが俺に話を振ってくる。
「あ?あー……揚げ物。」
口から不意をついて出たのはその言葉だった。
「何の揚げ物が良いんじゃ?」
「肉…?」
特に考えてはいなかったが肉ならハズレはないだろう。
「なんで、そこが雑なんじゃ?
まぁ良いわい、2人の話を総合して、今日はコトレータとペリメニを作るとするかのう。」
ピエロギとやらはどこに消えたのだろうか。
ペリメニは辛うじて知っている、北東の巨大国家の料理だ。
確かに、ピエロギとやらの質問の内容にペリメニは合っている気がする。
ピエロギも似たような料理なのだろうか。
そう思いながらデニスをチラリと見ると、首を捻っていた。
デニスはペリメニの方を知らないのかもしれない。
で、恐らくコトレータが肉の揚げ物の名前なのだろう。
これも北東の料理なのだろうか、そういえばこの前は魚をバラしたやつとかサラダとか、フレンチトーストを食っただけだから、まともな料理の味はまだ想像はつかない。
「シス君、わしの飯の腕を疑っておるな?」
体がビクリと跳ねる。
相変わらず此方の考えを読む奴だ、適当なことは考えられないし、表情に出すこともやめたほうがいいのかもしれない。
まぁ、そんなことをしても無駄かもしれないが。
「まぁ一昨日まで食っておった小僧の館の飯よりはランクは落ちるが、それなりに飯は作ってきておるからのう、食えんもんは出さんから安心せい。」
そう言いながら、シガレットが煙を大きく吹き出し、タバコの吸い殻を指の間から消すと、帽子を外して髪をかき上げてまとめた。
首を二回ほど左右に曲げ腕をグルンと回すと、先ほど閉めていた一階への扉を開き梯子をおろす。
カションといい音が二回鳴った。
「あっ、せめて手伝います。」
そう言いながらデニスがシガレットの後ろを追いかける。
…俺も命は助けて貰ったし、今もなんだかんだでアフターケアをしてもらった。
……仕方ねぇ。
頭を掻きむしって、俺もシガレットとデニスに続く。
梯子を降りると、目の前にネルとラケニカが立っていた。
それはそれはとても良い笑顔で。
ラケニカはそうでもないが。
「シスおじさん!」
ああ、次の言葉はもう分かっている。
「ご本読んで!!」
「おおんそんで!」
「分かった分かった、取り敢えず飯ができるまでな。」
俺はこの言葉を吐いた時、どんな顔をしていたのだろうか。
少なくともネルの笑顔が崩れる様な顔ではなさそうだ。