Hookah and cigarettes 3
俺は呆然と見ていた。
なんだ、何が起きている?
アイツが下着を除いて俺の服を奪い、水を操り俺を上に上げた。
その後、柱の影から現れた小型のバケモノに服を着せて、シガレットが来た後に突き刺して殺して放り投げたのも。
それから、階段の上から消えたシガレットが水の魔女の近くにいきなり現れて、地面にヒビを入れたのも。
そして、その後、バケモノに駆け寄って白煙を噴出して、すぐさまその煙がシガレットの元にもう一度戻るまで。
そこから、あのアリアナを名乗る魔女と座られていたデカい方の化け物の様子がおかしくなった。
肩の力を抜いているかのように棒立ちのまま、シガレットが耳元で何かを囁いているのが見える。
何を言ってるかまでは聞こえないが、シガレットが話す内容に何か答えているのだろう。
……急に笑い出した。
そしてその周囲で、水を動かして、槍のように尖らせて何度か地面を刺している。
一体何がーー。
「シーッ…っと喋れんのか。」
油断していたところに唐突に現れるシガレットの帽子と顔。
「ふむ、これならまぁ何とかなるのう。
水の量が少なくて助かったわい、少し熱いかもしれんが我慢して貰うぞ。」
そう言いながらシガレットが青白い帽子の火で俺を包んでいる水の膜を炙り始めた。
聞きたい事は山ほどあるが、今は喋ることすら出来ないのだから、待つしかない。
動く水が水蒸気に変わり、ソレを皮切りに気化した部分から水が勝手に流れ抜けていっているらしい。
腹の中にまで感じていた冷たさが高速で抜けていく。
その最中、視界の外にちらりと見えた白髪を自由になった右腕でなんとか掴み、大きく息を吸い込み、大きく吐く。
と同時に、体がガクンと下に落ち始めるーーのを魔女が両手で掬い上げた。
俺を、いわゆるお姫さま抱っこをしたまま余裕を持った笑みを浮かべてシガレットが此方を向いた。
「ふむ、半裸のようじゃが、無事のようじゃな、シス君。」
恥ずかしい、と言う気持ちは当然あるが今が怒る場合でないことは猿でもわかる。
「ありがとよ。
お前はいつも一言多いんだよ、シガレット。
…って待て、どうなってんだこれは。」
俺はこの施設のクソ高い天井付近に浮かび上がらされていた筈だ。
どうやってシガレットは俺を抱えたままこの場所に立ってるんだ?
「…煙草の煙の上に立っとるだけじゃよ。」
サラッととんでもないことを言ってきた。
まぁ煙草の魔女、煙草のことならなんでもござれと言っていたわけだし、これくらいは当然なのかもしれない。
「で、アイツに何をしたんだ?」
下で腕を上げた水の魔女。
なんだ、何をーー。
「すまんな、シス君思ったより早く解けそうじゃ。
詳しい説明はあとでしてやるから一旦此処から脱出す……ッ!」
水の魔女の首が此方を向いている。
どこか虚ろなその瞳が、どこを見ているか分からないその瞳が、確かに俺とシガレットを捉えている。
上げた掌の上、ゆっくりと水球が形成されていく。
「そうー最初かーーぅすればよかーーのよ。」
天井からシガレットに抱えられたまま降りてきたからこそ薄らとそう聞こえるその声。
「ジャヴァウォッキーッッ!」
その声が唐突に怒声に変わる。
「姉さんを捕まえろ!」
椅子の形のまま動いていなかった化け物が今度は明確な意志を持ってグルンとコチラを向いた。
空に見えるはずのその獣の頭の骨の中に確かに石に似た何かを感じる。
と同時に頭の上に作られていた水が弾けーー。
「…しくじったわ、頭を抱えて身を縮こませろ! シス君!」
シガレットの声が響くと同時に、横に引っ張られる感覚が俺を襲った。
そのまま、シガレットを通して固い何かにぶつかるかのような衝撃が頭と腰と背中に何度も断続的に襲ってくる。
顔の上にパタパタと液体が落ちて来る感覚。
目を開けるとシガレットの口端から溢れる赤い雫が俺の目に向かって降ってきていた。
反射的に目を閉じ、また視界が暗くなる。
瞼に当たる血の感覚、ーーッ…尻に強い衝撃、止まった。
目を開けると目の前に魔女の顔。
「大丈夫…か? シス君?」
白の髪と白磁のような皮膚の鼻と口から血を溢れさせながら此方を見て、牙を見せて笑う。
「…俺は、大丈夫……だが。」
「お前は大丈夫か? かのう、安心せい、数分程度で直るわい、そんなことよりーー」
「お姉様。」
背筋が凍る程、冷えた声。
「なんで?
どうしてあんなまやかしで私を遠ざけようとしたの?」
階段の手すりの隙間から青い瞳がこちらを睨んでいる。
まやかし…?
「お主の目に何が映ったのかは知らんが、どうじゃったかのう、麻薬のカクテルの味は。」
麻薬?
阿片、コカイン?
そんなものを煙草の煙に乗せた…?
いや、こいつなら出来なくはないのか?
デニスの指を治すときに使っていたのも、確かに煙草の葉とは違う何かだった。
否、俺が知らないだけかもしれないだけで何かしらの煙草かもしれないが。
「最悪。」
「…何処でまやかしと気付い、た?」
手すりに手をかけ立ち上がりながらゴブリと、口からもう一筋血が垂れる。
恐らく、先程の衝撃の時に内臓なり骨なりがやられているのだろう。
だが、あの所長宅で見せた驚異的な回復力を持ってすれば、数分あれば確かに治るのだろう。
…? 背中側に回されている左手の指でどこかを指している。
階段、出口に向かえってことか。
だがタイミングはーー5本立てられる指。
5秒や50秒は無いだろう、恐らくは5分後。
「ジャヴァウォッキーが私が相対しているはずの姉さんと別の方向に攻撃をしたから。」
「…そうか、其奴は遺体を組み替え作った死体人形じゃから、煙の効果は無いわけじゃな。
してやられたわい、此方を見て動いておるからてっきりまともに動く脳を持っておると思っておったが。」
「…真面目に戦う時には動かしているのは私、見ての通りーー」
そう言いながら、頭骨が外される。
その下にはーー、人の鼻から下を切断して、皮膚で包んだ形の何かがあった。
目は、なんだ…? 馬や牛みたいにその側面に付いているって言えばいいのか?
マジマジと見て見るとその奇妙さが鼻につく、まさに化け物としか言いようない。
「コイツの脳味噌は此処に無いわ。」
なら、どうやって動いているんだ?
いや、此処にということは、別のところに?
「ところで、体は直った?」
冷や汗が、否、悪寒が背筋を奔る。
シガレットの時間稼ぎがバレている?
「お陰様で7割ほどはな。」
胸を張り、水の魔女が少し笑う。
「…どう、強くなったでしょう、私。
そろそろ、自分が姉さんだって認めてくれないかなぁ。」
…姉に殺してもらいたい、だから先ほどももシガレットを殺せたのかもしれないのに生かしておいたってことか?
駄目だ疑問符しか湧いてこない。
「…お主のような妹は知らんと言っておろうが。
そもそもワシ独り身じゃしなぁ。」
ソレは嘘だろう。
ネルもラケニカもコイツには居る。
そしてこのアリアナと呼ばれる彼女も。
「だよね、そう簡単に認めてくれないのはもう分かってる。
どうすれば認めてくれるの?」
「…少なくとも、自殺の為にワシを姉だと認めろとか言う奴の為に、例え嘘であっても姉である等というつもりはないわい。」
終ぞ来てしまった縋るような質問に対し、シガレットは冷たく、それでいて倫理的に返していく。




