The end and the encounter 2
ローク地下放水路、地下4階、階段前。
「ざっけんな!クソッ!」
俺の名前はジェームス・ロック。
しがないバンドマンだ!
が、今は良くわかんねぇB級ホラー並みの怪物に襲われている。
目が覚めたら地下放水路?とか言う意味の分からないところに居て、執事兼サムライとポリスと女子高生とアパレルショップの店員と一緒に脱出しようとしてたらそんなことになった。
なんだ? 俺の今日のこの不運は?
今朝練習の帰りに気絶して、気付いたらここに居て、先に目を覚ましたから起こそうとしたアルティに勘違いされ、シンディが怪物にボロボロにされて!
俺なんかしたか!?
で、今度は俺の番、アホみたいに太い腕が動いたところまでは分かった。
気づいたら俺は捕まれてる。
背筋が冷えて、一瞬目の前に婆ちゃんと婆ちゃんの作ってくれたシチューが映る。
え?何?何でそんなもんが見えるんだ?
頭の中に響くミシッて音が俺を現実に引き戻した。
「いだっ!痛だっだだだッッ!!!」
凄まじい圧迫。
バキッ
バキッ?
そんな音が脳内に響いたって言うといいのか?
いや、いやいや、漫画じゃねぇぞ?
そんな音で骨が折れるだなんてそんなバカな話がーー。
額から、鼻と頬を通って冷たい液体が伝って落ちるのを感じる。
一つ二つじゃない、滝のようにじわりと溢れ出てきた。
それからじっくりと痛みが沸いて、激痛に変わってーー俺は喉から在らん限りの声を引き摺り出していた。
ふわりと身体が浮く。
痛みと絶叫の中その奇妙な感覚が俺の体にやってくる。
ああ、吐きそうだわ、マジで。
何が起こってんだ畜生。
目の前にサムライの足。
ジェームスさん!と声が聞こえた気がする。
俺の名前を呼ぶのは誰だ?
いたっ!いたたたた!…あークッソマジで痛い、揺れてるだけで痛い。
揺れてる?
なんでだ?
だめだ、考えられないくらい痛い。
「 」
何かを声に出そうとして、出せない。
だめだ、意識が微睡む。
そして痛みが意識を戻す。
地獄、地獄か、本当に俺はどんな業を背負ったんだ?
✳︎
予想していなかった状況。
突然化け物達の練度が上がった。
ただ現れ、腕を振るい、舌を振るい、足を振るうだけだった存在が、技術を使い始めている。
その結果、ジェームスが負傷した。
無理やり肺で息を吸っている様な呼吸音、全身の骨が折れるか罅が入っているはずだ。
僕ですら、一匹を相手にするのが限界だ。
それも命懸けでなんとか凌駕できる程度。
重ね重ね思う、シスさんと2人だけならまだ楽だったろうに。
また前から1匹。
ジェームスを地面に置き、足に力を込め、引き絞られた弓から放たれる矢の様に力を溜めて跳ぶ。
此方に伸ばされる舌を切断、同時に投げられている瓦礫をかわし、懐に潜り込む。
上から振り下ろされる拳、右側から同時に打ち込まれる貫手、コレは左かーー後ろの方が良い。
直感を信じ後ろに跳ぶ、左側には脚が繰り出されているのが見えた。
3点同時の攻撃、本来なら踏み込まねば力が入らないから手と足を同時に繰り出すことなどしない筈だが、この腕の太さなら関係ない、当たれば吹き飛ぶ、その後追い討ちをかければいい、そう云うことなのだろう。
コンクリートの床を掴み、刀を振るう。
地面を殴りつけていた右手首を易々と切断する。
っ、左前腕に痛み、次いで右太腿に違和感。
伸びている切断した舌が手首から肘まで、腕を削り、右太腿を貫いている。
「おっおおぉおおおっっっ!」
知るものか!
もう一歩踏み込み、刀を構え直し唐竹割に両断する。
右脚から冷たいヌルッとしたものが抜けていく感覚。
獣の頭骨すら牛酪を切る様にすんなりと切断してのける、そして刃こぼれの一つすらない、恐ろしく美しい白刃。
「おい、フリオ!手を出せ!」
「おっさん!血ぃ、血ぃでてるって!」
シスさんとアルティさんの声。
ああ、そういえば左腕と太腿を負傷していた。
アルティさんが自分の持ってるペットボトルの水をかけ傷口を洗い流してくれる。
幸い骨までは見えていない。
シスさんが自分のシャツをジェームスさんに貸し出していた刀を使い割いて、私の手に巻きつける。
「ああ、すいません。」
此処で初めて自分が肩で息をしてるのに気付く。
当然といえば当然かもしれない、ここに来るまで全部で七体斬り捨てている。
最初の二体の後は動きも変わっていた。
普通の人間を相手にするのとは全く違う。
規格外を五体、通常の数倍は神経を使っているのは間違いない。
「おい、大丈夫か?」
それでも僕がやるしかない。
今ここで彼等を相手に出来るのは僕だけだ。
アルティさんは特に怪我の一つもしていない。
シンディさんはあれから未だ目を覚ましていない。
ジェームスさんは1人で立ち上がる事も恐らくできない程のダメージを負っている。
シスさんは擦り傷程度、だが今の異形共は小刀程度で立ち向かえる相手ではない。
先ほど聞こえた戦闘音は近づいてはいても、向こうから近づくことが出来ていない。
状況はわからない、でも現状を鑑みれば彼等が相手にしてすら大変な相手と言う事かもしれない。
目の前の登り階段の上から降りてくる足を踏み鳴らしながら、重い音と共に。
「……コレは。」
「俺も覚悟を決めるしかねぇな……。」
じんわりと熱を帯びた左手を意識から外して立ち上がる。
目の前に現れる巨躯の異形。
しかも一体では無く二体。
息を詰め、考える。
二体どう動くのか。
最悪の場合せめて、シスさんだけでも…?
ーーー何かが落ちてくる音が聞こえる。
何か凄まじい重量のものが落ちてくる音。
答えは、落下と地面が陥没するほどの轟音とともにやってきた。
登り階段の扉を半分以上塞ぐ形で、鉄の塊が二体の異形の内一体を潰し、残った一帯は入り口と扉の隙間にいた所為で半分に千切れて膝から崩れ落ちた。
なんだ? 何が起きている?
この施設の中にそんな鉄の塊が落ちてくるなんて仕掛けが有るのは知らない。
警報装置と兵器庫にクレイモア地雷程度はあるかもしれないがーー
「シガレット……か?」
シスさんが漏らしたその言葉。
答えは土煙の内側から現れた。
黒の所々破けた外套、鍔の付いたエナンをつけた白人の中でも尚、病的に白く見える肌。
いつもと違うのは火のついてない帽子。
そして腕が片腕ない事くらいだろうか。
『本物ではないがのぅ』
『概ね当たりじゃよシス君。』
それが2人。
シガレットさんが、2人。
双子か? とも思ったが、先程の言葉から察するに現実にはあり得ないと思っていた分身の術の様な物かもしれない。
「え? 何? コスプレ?
双子コスって事? すっご。」
アルティさんの胆力には驚かされる、化け物を初めて見た時に驚いたきり、この状況について来ている辺り、軍人に向いているかもしれない。
「ハハッ」
思わず笑い声が漏れる。
こんな状況にも関わらず、僕はきっと無邪気な眼でシガレットさんの方を見ているに違いない。
『さて、ワシの本体が恐らく此方に向かっておるんじゃが』
『ワシらのストックを使えば、今すぐ此処から4人は連れ出せる。
というか、ワシらに刷り込まれたのは必要とあれば戦い攫われた者に出会い、抜け出せ。
その命令のみよ。』
「なら、僕以外をお願いします。」
シスさんも含めて、まともに戦えるのは腕と大腿を傷つけられたとは言え僕以外にいない。
『ふむ……。』
「…シガレット、って呼んで良いのか?」
『ん? 何じゃシス君』
「お前の本体が此処に向かってるって言ったな。」
待て、シスさんは何を言い出すつもりだ?
まさか、まさかとは思うがーー。
『うむ、そう言ったなワシは。』
「なら、俺が残る。」
何故、どうしてそんな判断が下せる?
自分の命がかかっていることを本当にこの人はわかっているのだろうか。
「ダメですよ!? 僕が残ります!」
「怪我をしてんだろお前は」
至極真っ当な言葉が僕の身を打ち貫く。
「だからって……シガレットさんは向かっているだけで、いつ着くかは分からないんですよ!?」
僕はそれに対して言い訳をすることしかできない。
「確かにそうかも知れない、だけどな、俺が1番機敏に今は動ける、それに此処までのヤツは全員殺してるだろ? 放水路の中まで戻れば危険は殆どないだろ。」
一言一言が正しいのはわかる、分かるが。
『ワシが間に合えばな。』
「間に合うだろ。
なんせ、お前は俺が死んだら困る筈だからな。」
どうしてこの人はこんなに簡単に自分の命を賭けられるのだろうか。
それに、困る…?
何か約束でもあるのだろうか。
『此奴め。』
1人がそう言いながらもう1人のシガレットさんがクカカと笑う。
「シガレット様もそれでいいのですか?」
『まぁ、シス君が良いと言っとるし、確かにお主は怪我しとるしのう。』
最後の頼みの綱も切られた。
「時間はいくらかけても良いけど、お姉さんとクソパンクが死にそうだよ?」
アルティさんの言葉が決定打になる。
「シスさん……貴方が本来受け取ったものです。
せめてコレは持って行ってください。」
「…ああ、分かった。」
渋々と言った様子でシスさんが刀を受け取った。
「コレはお前のだろ、返す。」
そう言いながら、シスさんが僕の作った刀を鞘に収めて渡してくる。
「絶対生きて帰って来てくださいね。」
『決まった様じゃな』
その言葉と共に2人揃ってタバコを取り出し、火をつけ吸い始め、シガレットさんが爆発する様に破裂し白煙を撒き散らした。
「な、何これ!?」
近くにいたアルティさんの声と同時に目の前を白い煙が覆い尽くし、次の瞬間に奇妙な浮遊感が僕を襲う。
ぐるぐると揺れる周囲が真っ白な視界、内臓を攪拌されているかのような感覚。
胃袋の中身を吐き出しそうになる。
その二日酔いにも似た酩酊感が数分続き、気づいたら、木が薙ぎ倒され広場になった場所に生えた、小さなピンク色の花を咲かせる植物に頬擦りしていた。
シトシトシトと降る雨が顔に当たる。
「フリオ!」
そう叫ぶ声は間違いなく隊長の声。
その声を聞いて緊張の糸が途切れ僕の意識は暗転した。




