Cigarette monopolizing the battlefield 1
戦闘が始まって20分。
姉さんのギアは上がり続けている。
檻から放たれた腹の減らした獣の様に、目の前の敵に齧り付いている。
が、そろそろそれも限界だ。
鼻から無意識に垂れる血、裂けている皮膚、浮き出る今にも破裂しそうな血管、軽く罅の入った奥歯、そして今まさに溢れ出した血涙。
姉さんももうすぐ限界だし、それよりも僕も姉さんも弾が無くなる。
数体なら何とかなったかもしれないが、数十体。
殺しても殺しても奥から奥から湧いてくる。
愈になったら、僕が姉さんを連れて逃げなければならない。
逃げきれなかったら、今度こそ僕も覚悟を決めよう。
この前は何かをする前に指を潰されたから。
チラリと、右手を見る。
感触も前のまま、幻肢と言っていいか分からないが、自分の認識との乖離が起こっているわけでもない。
シガレットさんのお陰で姉の被弾を顧みない暴虐をサポートできる。
確かに隊長の言う通り、コイツらの動きは命令に準じているだけでそれ以外の行動は取ろうとしない。
恐らく、デカブツは近くにいる時は腕を振り回せ、距離が空いてるなら詰めろ。
小型は近くにいる時は蹴れ、中距離の場合は足で跳びかかれ。
そして共通で遠距離の時は舌で主に頭部を狙え、同仕打ちを避けろ。
多分、これだけ。
スペックは間違いなく僕等をボロ雑巾の様にできる力を持ちながら、主人がいない為に僕等でも倒せる程度になっている。
弾倉が後3本、内1本は特別品だ。
後は、背中に下げてきてあるサブマシンガン。
隊長からは試供品と聞いている。
だがこの重さ、弾倉一本分、百発入ったドラムロール。
銃弾の百発程度は何回も持ったことがあるが、それよりも重い気がする。
巨躯を沈めるために、膝から下を重点的に撃ち抜いて、41AC弾は在庫切れ。
頭に今から撃ち込む…三発撃ち込んだ45ACP弾でこの弾倉も空になる。
残り、一本。
厳重に鉛の帯で包んだ弾倉を取り出し、945(ジェリコ945)にリロードする。
たったの13発だが、とっとと撃ち切らないと自分の体にどんな影響が出るかわからない。
息を吸い、止めて一発撃ち出す。
その一発が、小型の足を弾き飛ばした。
クルクルと舞う、小型の足と、急に一部の重量がなくなったことによって回転し始める残った体。
此方に向かい錐揉みしてくるその頭に数センチだけ隙間を開けて劣化ウラン弾を撃ち込む。
獣の頭骨ごと、頭が吹き飛ぶ。
姉さんのことを後ろから狙っている巨躯の足を撃つ。
一発で弾が貫通し、撃ち抜くことができる。
成る程、威力は十分。
しかもそのまま、地面の石に当たり跳ね返り、跳ねた先の木すら貫通直前まで持っていく。
ならば、跳弾角度の計算を視野に入れてーーー。
一発二発三発。
もう片足と頭を貫き、姉さんが襲っている化け物に突き刺さる。
奥で静観を決め込んでいた化け物の一体の胸に二発中一発が突き刺さる。
化け物が此方を向く、向かれる前に発射した三発が頭を弾き飛ばす。
頭の中が冷えていく、スゥッと冷たい風が脳髄を駆けていく。
残り、五発。
姉さんの銃の一丁が空撃ちした音が聞こえる。
つまり、弾数すら頭から抜けるほどに脳味噌が過熱していると言う事。
もはや猶予は一刻も無い。
姉さんにカランビットナイフを投げる。
風切り音に姉さんが気付きクルリと回りながらそのナイフを受け取った。
そこに刻まれているのは警句。
cogito ergo sumとだけ掘られたそれは、姉さんを現実に戻すための、獣から人へ戻す為の警句。
大きなため息と舌打ち。
足元でズタズタになった腱を無理矢理持ち上げる怪物にカランビットナイフを、姉さんは文字通り怪物の顔面に叩き込んだ。
飛び散る肉片、透明の液体。
ビクリと足を引き攣らせ、くたりと倒れ伏し動かなくなる。
「転進するわよ。」
未だ森の中には数多くの異形の姿。
こっちが殺したのは15匹程度。
まだ少なく見積もっても倍はいる。
近接が出来るフリオさんも一緒なら殺しきれたかもしれないがーー。
「背中に下げてる奴、貸しなさい。
できれば使いたく無いって言ってた奴マガジンにもう入ってるんでしょ。」
頷き、姉にそのサブマシンガンを手渡した。
「…思ったより重いわね。
そっちの残りは?」
「五発です。」
「じゃあ打ち切ったら援護するから、車まで全速で戻りなさい。
戻ったらーー」
「アレですね、解ってます。」
ジリっと相手の方を向き銃を構えながら、姉さんと一緒に後ろに跳ぶ。
手前にいた巨躯三匹が此方に向かい走ってくる。
追い縋るならどう考えても小型の方が都合がいいだろうに、余程単純な命令しか与えられていないらしい。
数多い残りもその後ろから一定距離を開けて走って追いかけてくる。
走りながら舌を伸ばしてきた右端に狙いをつけて撃ち放つ。
残り四発。
残念なことに舌を撃ち抜きながら頭骨を破損させる程度で留まる。
もう一発。
肩口を抉り、後方にいる化物の腹に当たる。
「下手糞。」
そう言われても仕方ない、だから僕は近接射撃に逃げたのだ。
息を吐き、もう一度狙いをつけ放つ。
傷のない口を開け狙いを定めていた一体の頭部に直撃し、頭から透明の液体を撒き散らして草の中に崩れ落ちる。
すぐさまおかわりが列なる。
今度参戦した小型は巨躯より足が速い。
後一発。
小型の足を撃ち貫いて肉の半分を吹き飛ばし、転ばせた。
後ろにいた連中のうち1人がそれに足を取られて連鎖的に転ける。
その顔面に向かって弾を撃ち込む。
「姉さん!」
前を走る姉さんに声をかける。
小さな舌打ち。
「行け! 全力で走れ!」
姉さんとスイッチして、体力に余裕のある僕が走り出す。出来るだけ軽くする為に945と941と鉛の帯は投げ捨てて、足に力を込める。
地面を掴み、体を捻り疾走する。
後ろからブーーーッと言うサブマシンガン独特の射撃音。
木々の割れ目、エンドカンナビノイドを放出する脳内。
いい傾向だ。
このままなら頭をまっさらにした状態で撃ち込める。
自然と笑い声が漏れる。
多幸感。
木々の隙間から僕達の車が見える。
広場に止まった車の上に駆け上る。
上に固定してあるソレを構えて、数秒。
姉さんが木々の間から飛び出してくる。
待て、待て、待て。
追い縋ってきた獣の頭骨の先端が見える。
「今ッ!」
姉さんの声ーー。
パントガンが発射される轟音が響く。
目の前に白煙、チェルシー配合のフレシェット混じりの散弾が木々と化物共を文字通り薙ぎ倒す。
備え付けの二挺目。
そこに移動する、と同時に見える後続の白骨。
其方を向きながら中指を立てる姉さん。
嗚呼、解る。
轟音で耳がやられて他の音が聞こえない今の僕でも。
姉さんが叫びたいその言葉が。
「「くたばれ、クソッタレ!!!」」
耳鳴りのする耳の奥に、なお響く轟音。
吹き飛ぶ骨と木片と肉片、そして土煙。
バンの上に登ってくる姉さんが頭を優しくポンポンと叩いた。
聞こえなくても口の形で言葉が読める。
よくやった、残党は私が処理する。
そう言いながら出して来たのはバンに積んであったマウザーM1918。
またそんな古い銃を、と思う暇もなく、横に弾薬箱を置いて森の中に射撃を始める。
僕は転がるようにバンの屋根から降りてバンの中を物色する。
確か、ロドリーゴさんが置いていたアパッチリボルバーがこの辺りにーー。
なんとか聞こえるようになってきた耳の奥に聞こえる電話の音。
助手席に転がっている隊長の携帯電話。
電話の主のところには『シガレット・スィガリェータ』と書いてある。
アパッチリボルバーを持ちながら、電話に出る。
「今ファルシオン様は電話に出られないので、私が用件を代わりに伺います。」
「ーーデニス君じゃな、有難う、場所は分かった、今向かうからタバコに火をつけて少し待っててくれんか。」
何を言っているのだろうか。
もしも、今シス警部の家のチェルシーに会って話を聞いたのだとして、そこから此処までは軽く十数キロはある。
……いや、それでも彼女は来るのだろう。
自分の当然に流されてはいけないのはこの前の一件で嫌と言うほど思い知った。
「銘柄とか」
「関係ないわい、そこで火を焚け。」
ロドリーゴさんの吸っている『レジデンススモーカー』に火をつける。
薄らと煙が上がる。
その瞬間電話が切れた。
と、同時に煙草の煙が突如あり得ない程の量湧き出す。
目の前で溢れた煙が人の形に変わり、その白色をどんどんと濃くしていく。
僅か数秒の間に、その煙を払いながら。
目の前に現れる黒の帽子、青の炎、襤褸切れのようなその外套。
ソレとは真逆の白銀の髪と痩せこけた白い肌。
目の前に、現れたソレは間違いなく昨日見たシガレットさんの姿だった。
「おう、待たせたのう。
準備に手間取ってしもうてな、後はワシに任せてもろうて構わんぞ。」
骨髄に響くにも関わらず、澄んだ鈴のような声が聞こえる。
「なんじゃ、お主も割とボロボロじゃなぁ。
上におるのはベリーの方か。」
そう言いながら、彼女は、煙草の魔女は煙を纏って姿を消した。




