View of a certain apparel clerk 3
「会社じゃなくて国有企業だが概ね合ってる。
メモリアルが此処を作ったのは大規模な戦争時の最後の砦としてということらしい。
いざと言うときは水の流入を止めた上でロークタウンの住民の内、大凡4割が此処に収納できて、更には三ヶ月は生き残れる物資があるとか何とか。」
そんな場所だったのか、地下放水路。
「さて、社会見学みたいな話はもういいか?
さっさと出るぞ。」
「おっさん博識〜、この話も今度学校のみんなに自慢しよ。」
パンパンとシスの背中を叩きながらアルティが笑う。
私も職場の奴に話してマウントでも取ろうか。
いや、まぁこんな事を知ってたところでマニアとしか思われないか。
「では、私が先導します。
シスさんはシンガリをお願いします。」
シンガリ?
たまにフリオさんはよく分からない言葉を使う。
「…シンガリってなんだ?」
「あ、すいません。
リアガードの事です、最後尾で不慮の状況に備えて下さい。」
何処かの地方出身なのかな。
いや、話し方はかなり流暢だけど、RとLがたまに混じってる気がする。
「私の後ろにはジェームスさん、その後ろに…シンディさん、アルティさんで行きましょう。」
成程、アルティとパンクの事を考えて配置してくれているらしい。
実際に何が起こっていたのかは分からないけれど、彼女がこいつのことを忌避しているのはわかる。
兎に角、私たちは階段を登り始めた。
コンクリートの階段、金属製の手すり。
「うわ、こわ〜。
足滑らしたら死ぬよね、この高さ。」
「…俺が後ろにいるから俺がクッションになるだろ。
だが、頼むから慎重に進んでくれよ?」
確かに死にかねない。
結構な高さ、まだフリオさんが言ってる扉も見えない。
暗闇が奪う視覚と、登る際の全員分の衣擦れ音、靴音、吐息の音が広い建物内に鳴り響く。
それが、私の感覚を狂わせる。
数十段、数分程度しか登っていないはずなのに、もう20分は登っているかのような。
いや、時計も携帯もないのだから若しかしたら本当に時間は経っているのかも知れない。
こんなにも寒いのに、私の頬に一筋汗が垂れる。
心を無心にしてしばらく登った後、急にパンクの尻が止まった。
「着きましたね、此処から先は慎重に行動します。
できるだけ息を殺してください。」
フリオさんの小さく喋っているはずの声が響き渡る。
鉄が擦れ合う奇妙な音。
その後重く鈍い鉄扉が開く音が響いた。
途端に目の中に白い光が入ってくる。
先ほどまでの暗さと松明の明るさで目が慣れて居たせいでものすごく眩しく感じる。
が、割とすぐ目は慣れた。
扉の向こうにはコンクリートで形作られた殺風景な短い通路。
灯りも普通の白色灯だ。
その奥にも重そうな六角形の扉がついている。
よく見れば今開けた扉も奥の扉と同じように、赤い車のハンドルのようなものがついてるのが見える。
……そうか仮にこの高さまで水位が上がってきた時に普通の扉なら水が漏れる。
それにさっきシスが言っていたシェルターという言葉。
その通りなのだとすれば、この厳重な作りも納得できる。
階段を登り切り、全員が扉の中に入った。
ほぅ、と一つため息が漏れる。
前の扉は閉まったまま、フリオさんが一旦後ろに戻り、重そうな扉を閉めた。
「此処かこの外に見張の1人でもいるかと思っていたのですが……。」
もう一つの扉の腕一本すら通らないサイズの小さな窓を覗いたフリオさんがそういった。
「いいことじゃん、さっさと出ようよ。」
「そーー」
パンクが口を開こうとして、アルティに睨まれて口を閉じた。
完全に尻に敷かれている。
「私も、こんな所に長居したくない。」
「…気持ちはわかりますが、あくまでも慎重にです。
私達を攫った奴等がすんなり出してくれるとは思いませんので。」
確かにそれもそうだ。
そもそも、何で何の関係もなさそうな私達五人は攫われたのだろうか。
「何で俺等さらわれたんだろうな。」
パンクが私と同じ思考で喋り出した。
正直嫌だ。
「…さぁな、俺は警官だがアルティもシンディもジェームスの事も知らない。
俺達に何か共通点でもあるのか?
それとも単に奴隷なり人質なりにする為に攫ったのか?」
「…それはないでしょ、私なんてただのアパレル店員だし、お屋敷の執事さんと共通点なんてある訳ないじゃない。
それに、奴隷にしても人質にしても見張り一つ無くこんな場所に置いとく?」
アルティがうんうんと頷いた。
「確かに……っていうかシンディさんはアパレルショップで働いてるんだ?
どこどこ? 今度遊びに行っていい?」
「サウスパークの『ラヴレスト』ってチェーンのお店だけど……。」
「マジ? イーストサイドの方のラヴレストにはよく行ってるから今度行くね?」
やった、他店の顧客ゲット。
……じゃなくて。
「まぁ、考えても仕方ないな。
するなら外に出て、バーガーショップにでも入ってから好きなだけ討論しよう。」
「そんときゃ俺が奢るよ!」
そう言うパンクを無視しつつ、シスの方をチラリと見るとフリオさんの肩を叩いていた。
「そうですね、ともかく此処から出ましょう。
皆様、またお静かにお願いします。」
喉が鳴る。
フリオさんがハンドルを両手でゆっくりと回すと、先ほどと同じように音を立てて扉が開いていく。
開いた先も此処と同じようなコンクリートの四方。
天井も床も壁もコンクリートでやはり同じ様に白色の蛍光灯。
通路の材質は何も変わらない、違うのは長さと所々にある不自然に開いた扉と、何者かが壊したようにしか見えない床や壁に開いた穴と壊れたドアノブ。
壊れたというか、潰れている。
床の穴も割と規則的に円を描くように開いている。
それがいくつもいくつも。
呆然としたパンクが口を開く。
「ーーッーー」声を上げる前にフリオさんが口を塞いだ。
指を口の前に一本立て、子供にするようにシーと口の隙間から音を出す。
コクコクと頷くパンク。
先にこいつが叫び出さなければ私が叫んでいただろう。
いったい此処で何があったの?
床を舐めるように見たフリオさんが後ろを向いて小さな声でつぶやいた。
「…罠はなさそうです。
くれぐれも静かにお願いしますよ。」
そろりと足を踏み出すフリオさん。
後ろに続くパンク、そして私。
その後ろからできるだけ忍ばせたアルティ、シスの足音が長いボロボロの廊下に響く。
一つ、二つ、三つ。
開いている扉、開いてない扉、外れかけで開いている扉。
四つ、五つ、六つ。
扉そのものが壊れている扉、扉が外れて壁に倒れている扉、開いていない扉。
まだ、此処まで歩いて半分どころか先はかなり遠く感じる。
滴り落ちそうになる汗を舐めて止める。
落としたら通り過ぎた扉から何かが飛び出して襲い掛かってくる。
そんな妄想に囚われそうになる。
国有企業の作っているこの場所で、何処かの不良が忍び込んで書いた落書きでも、反社会組織の飾り付けがあるわけでも、何でもない、暴力の後にしか見えない何か。
しかもただ、バットで殴ったとか、バールや鉄パイプを叩きつけたとかですら無い。
扉自体が指の形が残る様に握りつぶされているとか、地面が掌の形に陥没していたりする、そんな跡。
私の嫌な妄想がもし合っているのなら、人の胴体ほどの掌を持つ化け物が癇癪を起こしているように思える。
ーー背筋が凍る。
そんな存在がいるだろうか。
人と同じ様に機能のある手を持ちながら、胴体並みのサイズの掌を持つ生き物。
有り得るはずがない。
巨人なんて、神話の世界の存在だ。
私は熱心なクリスチャンだけど、神や悪魔なんているわけないと心の何処かでわかっている。
だからきっと、これは私の知らない機材か何かで行われた破壊の後。
多分、四つ前の扉が崩れ落ちる音が響き、ビクッとして後ろを振り向いた。
何のために誰が、そんな、こ。
耳が痛い。
声が、痛みの後に遅れてやってきた。
その声が自分の喉から搾り出されているのに気付くのに少し時間がかかる。
身体が宙に浮く。
シスの声、フリオさんの声、アルティの呆然とした顔、パンクが伸ばしてくる手。
今日ほど、後ろを向いた事を後悔した日は無い。
悪魔はいたんだ。
怪物はいたんだ。
ぬらぬらとピンク色に濡れ光る舌が私の足首を掴んでいる。
「クソッタレ!
何で俺じゃなくてーー。」
シスが何かを叫んでいる。
灰色の床と蛍光灯が私の目の前に広がっ《激痛》。
そのまま、逆の床が迫《脳内に響くバキリッという音。》
フッと、暗くなる視界。
トンネルに入った車のリヤガラスの方を見る様に、光が、周りの景色が、失われていく。
暗闇に視界が支配されて、私は、完全に、意識をーーー。




