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Dogs of war end

ああ、嫌だ嫌だ本当に。

肉を裂く感触、肉を貫く感覚、刺す度に感じるこの反動、斬る度に伝わるその抵抗。

私は命を奪っているのだというどこか漠然とした感覚。


そして、それを恍惚に思う自分自身が。


舌を3枚まとめて貫かれた怪物。

うち中心の一匹は舌を引き抜く前に喉を掻き切り、残り二匹は舌を捨てて此方に向かいその強靭な足で蹴りかかってきた。

当たれば死ぬだろう。

腕でも足でも首でも捥げるだろう。

だから私は回る、回りながら刻む。

ガスマスク越しの顔に当たるのは液体だった。

血液ではなく、透明の。

ガスマスク自体が融けないところを見るに酸性ではないらしい。

其処まで思って考え直す、今のは不用意な行動だった。

相手は人とは違うのだ、何かが仕込まれている可能性も当然あると言うのに。

まぁ運も実力ということで、今の回転で足の腱は切り裂いた。

それすら分からずに、立ち上がろうとしているのが分かる。

最初に放った殺気すら意に介さず、腱を裂かれようと立ち上がろうとし、味方が死んでも振り向きも嘲りもしない。

即ち、恐怖心や、慈愛や怒りがない。


確かに体の頑強さに関しては目を見張るものがある、がそれだけなのだろう。

動物以下か、この怪物たちは。

動物であれば最初の殺気で逃げ出そうとするだろう。

子がいれば立ち向かうだろうが、それすらあり得ない。

コイツらはただの機械のようなものだ。

与えられたプログラムのまま、単純行動を繰り返している。

故に転けたら立ち上がる程度しかできないから、腱が切れた足で無理矢理立ち上がろうとする。

攻撃するなら手元の石でも投げればいいだろうにそれすらしようとはしない。

ただ立ち上がり、此方を攻撃しようとするだけなのだ。



「聞こえますか。」

通信機をオンにする。

「はい」と答える声が二つ。

「聞こえるよ」と答える声が一つ。

返ってきてないのはロドリーゴの声だけだ。

奥から聞こえる音を鑑みるに生きてはいるようだからそのまま本題に入る。

「この怪物の対処方法は腱の切断と舌の切断です。

 私が戦闘をした結果、あらかじめ仕込まれたプログラムを実行しているものだと認識しました。」

立とうとしている怪物の頭を刻む。

「アルファはロメオにもそう伝えてください。」

もう一匹も頭を刻む。

「以上です。」

通信機を切りながら、刺突剣についた血液を拭き取る。


「…お見事、貴方がものの数分で私の可愛いジャヴァウォッキー達を殺してくれた本人ってことで合ってるのよね。」

扉が開く音、入り口の方から声。

其処には小柄な少女が立っていた。

が、解る。

この少女から出る異質な気配。

人である枠組みを超えている、薬の力で改造された人間とも違う、幾度も私を狙って来た暗殺者とも違う、ジャックと呼ばれた切り裂き魔とも違う。

人である枠を軽々と飛び越えているであろうその気配。

謂わば、自然現象を相手にしているに近い感覚。

……シガレット様と対峙している時には感じない感覚ではある、が。

「あなたが今回の一件を引き起こした魔女でいいですか?」

恐らくこの少女が主犯であることは間違い無いのだろう。

「どの一件かしら?」

「誘拐ですね。」

「どの誘拐のこと?」

「セイジロウ・フリオ、アルティ・サラセニア、シンディ・ジェーン、ジェームス・ロック、シス・セーロス。

 以上5名ですね。」

ピクリと少女の眉が動く。

スードラとフレッチャーに頼んでおいて正解だった。

現在ロークタウン内で攫われた人数は5名。

シス君とアルティ、シンディ、ジェームスのところにはこれ見よがしに置かれていた免許と保険証。

フリオは目の前にいたロドリーゴ。

彼等を餌にシガレット様を呼びつけるつもりだったのだろう。


「……貴方、ただの人間よね?」

値踏みする様に質問。

「さぁ、どうでしょう。」

などと嘯いてみるが、私は掛け値無しのただの人間だ。

人より多少武芸に秀でてはいるが。

「まぁ、なんでもいいわ。

 正直貴方達に興味は無いの。」

溜息を吐きながら少女が入口前の階段に腰掛ける。

「私は姉さんに、認めてもらった上で殺してもらいたいだけ。

 だから邪魔さえしなければ、放っておいてくれれば、彼等は勝手に解放されるわ。」

姉さん、シガレット様の妹君?

確かに所々似ている節はあるが、整形の節もなくは無いだろう。

それに、「貴女の言葉を事実と認めるには情報が少なすぎますね。」


「ま、そうでしょうね。」

分かっていたという風に階段から立ち上がりながら溜息をつく少女。

「分かってもらおうとなんて思っていない。

 私の思いも、この40年の積み重ねも。」

扉の奥から、水が空中を川の様に流れて出てくる。

そして少女の周りに逆巻きながら浮き始めた。

『水の魔女、アリアナ・クローネ・トリアイナ』

シガレット様の言葉が耳の中で反復する。

確かに水を操るのだろう。

異能を実際に見るのはコレで2度目。

しかも以前のシガレット様と違い今回は私を殺すつもりだろう。

「精々、姉さんが来るまでの間の暇つぶしになってちょうだい。」

舌を突き刺していた刺突剣を抜き二刀に持ち替える。


さぁ、どうなる、どう出る?

シガレット様の時は煙そのものが形を変えた。

それも生き物に。

そして、シス君からも聞いている。

煙で本物そっくりの生きた兎を作り上げていたと。

逆巻く水が少女の頭の上に集まり、膨張。


弾けると予想。

回避。

予測通り、私の方に向かって散弾のように水の塊が降り注ぐ。

目で追えない程度のスピード。

地面に複数の穴。

当たっていたら死んでいた、少女の懐に勢いよく潜り込んだのが功を制した。

そのまま手に持った刃を跳ね上げる。

金属が破損する音。

例の防護は私の速度程度では打ち抜ける物ではないらしい。

刺突剣が一本駄目になった。

そもそも速度の問題ではないかもしれない。

シガレット様の話を信じていなかった訳ではないが、「へこむなぁ。」


「こっちのセリフよ。」

後ろに跳びながらそう言う少女。

ライフルの初速よりも速いと言われた私のフレッシュですら歯が立たないとは。

所詮耳触りのいい言葉なだけだったようだ。

まぁもしかしたらライフル弾よりも早く閉じているだけの可能性もあるが、私の自己肯定力は其処まで高くない。

そしてそれならば、体を刻む方に変えればいい。

再生の間に時間がかかるのはシガレット様の件で既に確認済みだ。

折れた刺突剣を投げ捨て、構える(アンガルド)。

「……お稽古じゃないんだけど。」

相手が何かを言っている。

だが知らない、知ったことじゃない。

これは私のセットアップ、誰に何と言われようと変えるわけにはいかない儀式のようなものだ。

他人には持て囃されていたが、所詮愚鈍な私が出来るのは、ただ身に染み込ませた動きをすることだけ。

アンガルド、マルシェ、アタック、ロンぺ、ファント、フレッシュ、リポスト、コントルリポスト。

フェンシングの行動はそのまま全てに適応できる。

例え相手が銃弾だろうと、相手の銃弾アタックを受けて(パラード)から突けば(アタック)それは反撃リポストになる。

数が増えても同じだ。

受けて、反撃する。

相手が引き金を引くのが遅いなら、先に突けばいい。

そして、アンナから教えてもらった機先の読み方が、ロドリーゴから教えてもらった殺気の読み方が、私風情でも攻撃を避けられる様にしてくれる。


攻撃、前進、かわす、突き、かわす。

幾度も幾度も幾度も幾度も、練習し続けてきた動きをできるだけ早く。

片手にかかる僅か770gの刃が手の負担を超え、頭が冴え渡る。

しなる剣先が風を生む。

あの時と同じだ死体の山を腑分けながら突破したあの時と。

腑分けする先が肉から水に代わっただけ、突き刺し払い、円の形に受けて、空気を入れて刻んでいく。


「っ…!?」

少女の顔に初めて焦りが見えた。

視覚の範囲外でも何がどこにあるのかわかる、どこから何が飛んでくるのか、私が切り払ったものがどう動くのか。

周囲から襲いくる棘のような水も、上から私を刺そうとする水塊も、鞭のようにしなりながら背後から襲いくる水も、私には全て見えている。

少女が口を開け、叫ぶ。

ジャヴァウォッキー、その言葉を大きく叫んで、彼女の体にピンク色の紐…否舌が巻きつくのを確認した。

そのまま、追いつけない速度で彼女の体が後ろに引っ張られていく。

ザザザと水が私の周囲を逆巻く音。

成る程、背面で走って逃げきれないから私以上のスピードを使って私の攻撃から抜け出し、面で歯が立たないから立体で包みに来たと言うわけか、全く。


「いじらしい。」

自重気味の笑み、その程度で抑えられると思われていること自体が腹立たしい。

所詮この水球も一つ一つは面だ。

球だから面というのはおかしいかもしれないが、つまりこれが何かをする前に突破すればいいだけのこと。

腕を回し刺突剣を唸らせて、私は凶弾と化す。

自身の質量を持つ一つの砲弾に。


内側から破裂する水、私の体につく水飛沫。

迫る舌、空中では制動は効かない。

ならば、斬って仕舞えばいーーー

「ーーやってしまいましたね。」

一手遅れた。

背後から迫る舌を感じる。

取り敢えず、前は既に切断した、が。

足を取られ、空中から急そ、くに、G、が。


意識が白く飛ぶ。

吐き出される息、背中に痛み。

が、その痛みで覚醒する。

立ち上がるのに支障はない、刺突剣を手から落としていないことに感謝しながらすぐに構え直し、足にまとわり付いている力を込め始めた舌を切断する。

鼻からぬるりとした液体が出ている。

傷つけられたのはいつぶりだろうか。

「成程、貴女が近くに居ると好き放題動かせると言うわけですか。」

周りから複数の存在を感じる。

口元まで垂れてきた鼻血を舐めて拭き取る。

「分かったらとっとと諦めてくれるかしら。

 あなたが強いのは充分わかったから。」


通信機をオンにする。

「返事は要らないので聴いてください。

 私は魔女と交戦中です、怪物は魔女が近いと動きが変わります。

 健闘を祈ります。」

それだけを小さな声で言って通信機をオフにする。

崩れた髪をかき上げ、腰に下げている獲物を抜き放ち、背後にあるケースの蝶番を撃ち抜いた。

蓋が開く。

組み込まれた変形機構が弾け飛び、地面に装備が突き刺さる。

拳銃が、アサルトライフルが、スナイパーライフルが、ショットガンが、RPGが、予備の刺突剣が。

距離にして30m、あそこの範囲に入れば私の勝ちだ。


「そう言われて引き下がると思われているのなら心外ですね。

 さぁ、第二ラウンドといきましょう。」

少女の口から聞こえる舌打ち。

それがゴングになった。

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