Dogs of war 3
はぁ、成程。
通常入口の方に噂に聞く化け物がいないと思ったら、入って直ぐの階段を少し進んだ所に。
「もう一段階上の化け物がいるわけかい。」
「ははは、熊よりは強そうですな。」
腕一本が成木レベルのサイズ。
その上ーー
「ごご、が、ら、ざき、は、じぃんにゅう、ギンジだ。」
喋るときたかね。
が、私達のいる入り口とは逆方向の通路に向かってだ。
「おどな、じぐ、べやぎ、もどげ。」
長くしなる舌が地面を叩き、大きな破裂音を立てる。
真っ暗な中、よく見れば舌が当たったであろうコンクリートにヒビが入っているね。
まぁ、まず間違いなく今のあたしなら当たれば即死だ。
「いっぼ、でも、ゔごけば、ごろず。
ごご、が、ら、ざき、は」
鸚鵡の様なものかね?
一応、話せるが知能らしきものがあるかどうかは今のままでは判断が厳しい。
もっと様子を見ても良いかもしれない……訳がないねぇ。
三つ子の魂百まで、あたしの慎重すぎる性格はこの歳になっても治らない。
仕方がないから此処に来る道すがらベリーとロドリーゴから聞かされた特徴と見比べる。
……頭の獣の骨以外は全く一致しないね。
高速戦特化ではなく、腕力に全てを賭けていると考えた方がいいのだろうか?
……面倒臭い相手だね、本当に。
「ロメオ、やれるかい?」
ロドリーゴに声をかけてみる。
「まぁ、試すだけなら構いません。
アルファは援護をお願いします。」
そう言いながら肩についているナイフをホルダーから取り外し逆手に持つロドリーゴ。
とても齢60を超えてるとは思えない、その隆起する筋肉。
しなやか且つ無駄がないその肉体、35年前の身体と何ら遜色はないね。
顔だけはしっかり歳を取っているくせに、全くもって……こいつも化け物だねぇ。
「ーーけば、ごろーー」
後ろから影の様に忍び寄ったロドリーゴのナイフが化け物の首を捕らえた。
後ろから喉に向かい深々とナイフがーー突き刺さらない。
音を立て突き立てた刃の方が折れる。
「じんにゅう!ギンジ!
じん!じん!じ、ごろず、ごろず!
うご、い、だ!ごろず!」
其処まで喋り、化け物が獣叫を上げる。
それは、熊とも、猪とも、野犬とも、獅子とも、虎とも違う。
人が獣に転じたかのような聞き心地の悪い叫び声。
2本目のナイフをもう片方のナイフホルダーからロドリーゴが取り出し構えつつ、一般人程度の太さしか無い脚を払う。
が、転けない。
その太い腕で化け物が薙ぐ。
ブリッジしながら避けるロドリーゴ、が、付けていたガスマスクが破損する。
そして起き上がると同時に、ロドリーゴめ肩を掴まれたか。
腰のホルダーから抜き出した特製の麻酔銃を構えて発射する。
太い腕に麻酔銃が突き刺さる、のと同時に破裂音。
手首の肉が弾け飛び、薬液のあたったところが爛れる。
しかし、思った程効果は無いね。
「ごろず!」
破裂した手首でロドリーゴを振り上げ、投げた。
そのまま、何も見えていないのか地面を叩き続ける化け物。
…叩きつけようとしたが握力が足りずにすっぽ抜けたってところかねぇ。
前言は撤回、間違いなく効いてはいる。
恐らくだがーー「痛覚が無いってことかね。」
「痛覚が無さそうですな。」
綺麗に着地したロドリーゴと意見が一致する。
「やれやれ、老骨には響きますなぁ。」
肩をグルグルと回すロドリーゴが腰からマチェットを抜き放ち壊れたガスマスクを脱ぎ捨てる。
「全くだね」
車内にはあるが、今この場にある注射器は11本。
さて、どれが効いてどれが効かないのか予想を立てねばならないね。
今刺し込んだのは水酸化ナトリウム、並の生物なら泣いて逃げ出す量が入っている。
皮膚は爛れているにも関わらず、それを意を介さず適当にロドリーゴをぶん投げた…。
恐らく、腕の一本切り落とされようが、足を切り落とされようが眉根…まゆがあるかは分からないけれども、まぁ眉根すらピクリとも動かさないだろうが。
痛覚のないフィジカルの化け物ならば、まぁ色々とやり方はあるかね。
アレが効かないなら効きそうなのは残り4本。
…次はコレで行ってみるか。
「ロメオ、分かってると思うがね。」
「わかっておりますよ、アルファ。」
言わなくても伝わるだろうが、一応意思確認はしておかないとね。
熱くなるとすぐに殺しにいくからね、ロドリーゴは。
「…あとね、ロメオ。」
「何です?」
「しくじるんじゃないよ。」
麻酔銃を振ってみせる。
ロドリーゴは頷くと、ようやく標的が手の中にいないことを見抜いた化け物と対峙する。
「ごろず!ごろず!」
「どうしました、それしか喋れませんかな?」
鼻で笑いながら前屈みになったロドリーゴが挑発する。
だが、化け物はそれを意に介さず同じ言葉を繰り返している。
右腕を振り回し、殺す。
左腕を振り回し、殺す。
ロドリーゴは上手くマチェットの腹を使い拳の軌道を逸らしている。
地面に拳が打ち下ろされる度にコンクリ造りの床に罅が入っているのが見える。
若干部屋が揺れている気がするが、流石に気のせいだろう。
拳が当たらない事を確認したからか、ロドリーゴの方を向き、頭の頭骨を震わせて、殺すと叫ぶ。
言葉は話せるとしても知能が無いと断定して良いかね。
無防備な喉に2本目のシリンジャーを撃ち込む。
……また効かないね。
アレには無希釈のアンモニアが入っていたにも関わらず、匂いはおろかそもそも劇物にも関わらず、鼻らしき部分を抑えようとすらしない。
首を傾げ、首に刺さったシリンジャーを引き抜き地面に投げ捨てた。
鉄製の容器が転がる音があたりに鳴り響く。
詰まるところ嗅覚も痛覚も死んでいるってことかい。
「本当に嫌になるねぇ。」
「全くですな。」
鼻を摘みながらロドリーゴがそう言う。
…そう言えばロドリーゴはマスクを破損していた。
直接流し込んだとはいえ、多少首から漏れているそれは間違いなく異臭だろう。
「いるかい? ロメオ。」
予備のガスマスクを投げて渡すとロドリーゴは受け取ってすぐに装着する。
「相変わらず、用意がいいですなぁ。」
「それで最後だからね、もう代わりはないから気をつけるんだよ。」
「ははっ、奴の間合いは見切りましーー」
油断しているロドリーゴの首を引っ張る。
骨と顎の隙間から高速で何かが発射されるのが見えた。
成程、これがベリーの言っていた舌だね?
掃除機のコードの様に一瞬で戻っていく舌に狙いをつけ、シリンジャーを撃ち込む。
先程撃ち込んだ水酸化ナトリウムとは違う、これは濃硫酸。
神経が集中している舌であれば効果があるかもしれないと思って急遽入れ替えてみたが、どうかね。
シリンジャーは舌の半ばに刺さる。
シリンジャーが抜け落ちて音を立てつつ、舌が溶ける。
それでも、悲鳴一つあげることは無い。
つまり、物理的な方法はこいつには全く効かないと言うことさね。
腕を落とそうが、足を落とそうが、首だけになろうがコイツはあたしとロドリーゴを殺すために喰らい付いてくるだろう。
そんな化け物の相手をするのならーーあたしもあの頃に戻る他ないね。
「ロメオ。」
変わった空気にロドリーゴが過敏に反応する。
「…何でしょう。」
「あんたは下がってな、猫被りはやめるよ。」
少しの沈黙。
「老体で無茶はしないでくださいよ?」
「勘を取り戻すには化け物退治程度が丁度いいさね。」
麻酔銃を手渡し、身軽になる。
「一本借りるよ。」
ロドリーゴの足のナイフを一本拝借し駆ける。
目の前から殺気。
舌が伸びてくるが当然かわす。
その舌も戻すのには時間がかかるだろうから、ついでに斬ってやるとしようかね。
普通なら我慢できないはずの痛みを意にすら介さずに上から打ち下ろされる殺気の塊。
既に見えている攻撃に当たるはずもない。
腰のポーチから紐を一本引き摺り出し、手首に巻き付け、振り下ろされた拳に足をかけ、成木と変わらないサイズの右腕にロドリーゴのナイフを差し込み紐を巻き付け、自分のナイフをもう一本差し込みながら肩に駆け上がり、背中にの方へと降りる。
ついでに降りる間際に首にも紐を巻きつけた。
後ろを振り向き、打ち下ろされる左腕。
かわしながら左手にも巻き付けると、案の定口を開けて此方に舌を向けてくる。
「待ってたよ。」
舌が発射されるよりも早く。
右腕に刺さりっぱなしのナイフに足をかけ、背後への去り際にピンを抜いていない手榴弾をその口腔内に放り込んだ。
コンクリートの壁もかくやと思えるかの様な背筋を蹴り、階段の上に駆け上がり後ろに向きながら焼夷手榴弾を投げつける。
摂氏2204度の高熱が化け物を焼きながら、たっぷりとオイルを含ませておいた紐に火を付けた。
既に声にならない声を上げながら、皮膚から炭化していく。
これで殺しきれなかったら撤退まで視野に入れないとまずいかもしれないね。
破裂音。
口に入れておいた手榴弾が破裂したのだろう。頭骨を含めて頭が破裂する。
ガスマスクが無ければ鼻がひん曲が……りはしないか。
戦場で嫌というほど嗅いできたのだから。
まぁ10数年ぶりである事を鑑みれば顰めっ面くらいにはなるかも知れないけどね。
で、この化け物は流石に魔女とは違うらしい。
骨、そして刺しておいたナイフの柄まで炭化してその無様を晒している。
この前見たシガレットと、地下水路の後片付けをしに行った時の壁にフレシェットで突き刺さっていた脚には驚かされたが数秒経っても復活する訳ではないらしい。
頭も守られていた様には見えなかったし、恐らくただの改造人間とでも言うところかね。
「相変わらず、アルファは容赦がありませんな。」
「……あんたに言われたか無いね。
あたしのが通じなかったらソレを使うつもりだったんだろ。」
ロドリーゴが右手に構えていたのは杭打ち機。
本来は名前の通り杭を打ち込む為の工業機械だけれど、小型化された油圧式のソレは化け物退治にはお似合いかもしれないね。
とはいえ、一旦確実に殺し切れるだけのリソースを全て吐いてしまったから一旦車に戻らないとーー……。
ぽっかりと開いた通路の先、同じ見た目の怪物が2体。
そしてあたし達の入ってきた入口の方から別の一体。
「年貢の納め時ってやつかねぇ、ロメオ。」
「あの猛攻を一切掠らせない癖に何を言ってるんですかな、アルファ。」
年甲斐もなくニヤついてしまう。
闘争を楽しいと思う心があたしにもまだ残っていたか。
「どうせ死ぬなら」
「戦場で、ですな。
まさかこの歳になって夢が叶うかも知れないとは。」
ロドリーゴも同じ夢を見ていたらしい。
この歳でハウスキーパーをやっていて真逆もう一度こんな戦いができるとは思っていなかった。
「そうさね、でもあたしより弱い奴にやる命はないね。」
「同感ですな。」
杭打ち機を眼前に構え、ロドリーゴがスイッチを押す。
轟音、と共に高速で放たれる杭。
胸骨付近に突き刺さり吹き飛ぶ化け物。
…そういう獲物だったのか、変態装備だね。
なんでアレ、吼える二匹。
「聞こえますか。」
耳につけた通信機に急にその言葉が耳の中に入ってくる。
ファル坊の声だ。




