Cigarette so far Story and future story end
「気でも触れました?」
失礼な奴、でもないか。
確かにニヤつきながら白髪を一本取り出すやつを見かけたら俺も距離を開ける。
確か、敵意だか殺意だかを持って相手に向かって投げつけるーーだったか。
目の前の水球、これさえ壊して仕舞えば、ここで恐らく寝ている数名を含めて逃げ出せる筈だ。
これが邪魔だ、これを壊したい。
意識を尖らせていく。
これさえ無ければ、俺たちは脱出できるのに。
邪魔だ、このクソッタレのただの水の塊め。
「…ぶっ、ッッ壊れろォッ!!」
そう叫びながら俺は白髪をオーバースローで投げつける。
白髪が手から離れる瞬間、端から髪の質量を無視して白銀の刃が形を成していく。
指先から離れる頃には非の打ち所のない、柄を拵えた綺麗な片刃の剣になり回転しながら水球に向かって飛んだ。
水球を裂き、地面にめり込む刃。
その刃が地面に2メートルほどの亀裂を入れ、柄までめり込んで止まった。
水球は残念ながら無事だ。
「これは……。」
「遅くなったが、疑問に答えてやる。
俺は恐らくお前が言ってるオチカタって爺さんと出会った事がある。」
ただでさえ丸い目を更に大きく見開くフリオ。
「ど、どど、何処でですか?」
あからさまに吃るフリオ。
先ほどまでのほぼほぼ無表情だった顔と違い、あからさまにその鉄面皮が崩れている。
所謂ファン……いや、どちらかと言うとマニアか?
「この前の圧力の魔女の一件でだな。
今そこでめり込んでいる元髪もオチカタから貰ったもんだ。」
「それで!?」
それで、とは。
「剣聖様はどんな風でしたか!?
雰囲気や見た目は?
どの様な刀を持ってらっしゃいましたか!?」
鼻息荒く此方に詰め寄ってくる。
本当に好きなのだろう、フリオにとってはヒーローみたいなものか。
「あー、雰囲気なぁ。」
俺の初見時のイメージは飄々とした気の抜ける爺さん且つ詐欺師。
いきなり髪の毛を渡して来るのであるからイカれていると言っても過言ではあるまい。
「……後光が差して見えたよ。」
「後光が……差すように……」
うお、感涙している。
「見た目は…本人曰くハカマ?とか言うのを着ているらしい。
スカートみたいだったがウンソクとやらを隠す為だとか。」
「な、な、なるほど……。」
ポケットに入れていたペンとメモ用紙を取り出し、ガリガリと書き始める。
憧れの人の言っていた言葉を書き留めるその様は何処か乙女ーーいや、やめておこう。
自分で思っておいてあれだが、少し気持ち悪くなってくる。
「後、すまん。
刀に関してはいまいちよく分からん。
本人が見せてくれたがややこしい言葉が多すぎてな。
ただ、持ってた一本には自分と同じ名前が付いてるとかなんとか……確か、イズモn」
「和泉守兼定ですか!」
「た、多分そんな名前だった様な気がするが」
ソレを聞いた瞬間、デニスが額を掌で打った。
パァンといい音が鳴る。
「駄洒落のセンスまであるなんて……流石ですね……!」
そう言いながら感涙で咽び泣いている。
ダジャレとか言うのが何かはわからないが、言葉遊びと考えるのならパン(Pun)のことだろう。
「で、これが…。」
喉を鳴らしながら、地面に埋まった刀をフリオが抜く。
刃こぼれ一つ無く、ライターの火がその白刃を橙色に移す。
「ただの名刀ではすみませんね、美しさ、機能美共に天下三作レベルの刀です。
しかもよくわかりませんが、コンクリートを豆腐のように切り裂くことができるなんて。」
テンガサンサクはわからないがトーフは分かる、オチカタの爺さんがシガレットの家を去る2日前に作ってくれたミソシルに入っていた。
コンクリートをトーフのようには恐らく硬いものを易々と切り裂いた比喩表現だろう。
剣を持ち、様々な角度から見ながらゆっくりと地面にフリオが置く。
そして此方を見てきた。
「試してみなければ分かりませんが、可能性は高いと思います。
本当に僕がこれを振るっても良いんですか?」
「…俺には剣術の心得なんかないからな、宝の持ち腐れだ。
そもそも俺のもんじゃなくてオチカタの髪の毛だしな。」
「…僕も極めれば剣仙様のようになれますかね。」
「努力次第じゃないか?」
俺はどれだけ頑張ろうとも髪の毛を刀に変えれるような化け物にはなりたくないが。
人にはそれぞれ目標がある、それを否定する口は持ち合わせていない。
フリオはありがとうございます、と小さく呟きながら頭上に刀を掲げた。
また、空気が変わる。
肌そのものを刺激するかの様なピリピリとした感覚が俺を襲う。
上から落ちて来る水滴の音すら何処か遅く聞こえる。
ソレ程の緊張感が部屋全体を支配する。
よく見ればフリオは目を瞑っている。
セッカに聞いたセーシントーイツ、とか言うやつか。
俺が溜まった唾を嚥下するのと同じ瞬間、フリオが目を見開いた。
振り降ろされる刃。
先程と違い今度は縦に一閃。
そうした様にしか見えなかった。
目の前の水球に線が入る。
亀裂では無く、無数の線が。
そして、水球が花開く。
曼珠沙華の様に。
一片、また一片と花びらが落ち、地面で弾け水に戻る。
「針生一刀流『散花』。
此処まで滑らかに決まったのは初めてですね。」
水の復旧は無いらしい。
一片ずつ落ちた水は再生せずに地面にばら撒かれて行く。
「……お前も充分規格外だな。」
「はは、御冗談を。
私よりも祖父やイースタン様、剣聖様の方がよっぽどですよ。
ソレに9割方この刀のお陰です。」
謙遜らしいが、あの署長やオチカタの爺さん辺りとしか比べない辺り割と自信家なのかもしれない。
そしてソレと肩を並べる祖父とやらは一体なんなのだろう。
まぁどうせ俺の予想が斜め上の方向に外れるレベルの化け物なのだろうが。
「それでは、皆さんを起こして回りましょうか。
これを破壊されたことに気づいた彼女がいつやって来るかも解りませんから。」
確かにそうだ、俺はフリオの方を見て頷きーー
「なぁ、壊す前に全員の位置を確認していた方が良かったんじゃ無いか?」
「あっ。
……でも全部で後3本ありましたよ、水の管。」
ソレはそうなのだろうが……まぁする前に気づかなかった俺も俺だ。
一つ2人でため息をつき、2人同時に噴き出した。
そして2人で笑う。
ひとしきり笑ったところで、2人でバラバラに分かれて攫われた人を探すことにした。




