Cigarette so far Story and future story 3
声をした方を見上げるとかなり上の方で白い人工的な光が、人の形の輪郭を残して差し込んでいた。
逆光で声は聞こえても顔も服装も見えない。
そもそも高さ的にも見え無さそうだ。
だが、階段の上に居る奴の喉から出ているこの声は間違いなく俺を攫った女の声だ。
「…起きているのは貴方達2人だけかしら。」
広い空間に声が響く。
俺達2人だけ…?
だったら
「そうですがあなたは一体…?」
俺が言葉を口にする前にフリオが口を開いた。
「質問はこっちがするわ、2人のうちのどちらかで構わないわ、シガレット・スィガリエータという魔女を知っている者はいるかしら?」
初っ端から確信をついてきた。
やはり狙いはシガレットか。
表情には出さないように、気をつける。
「…そのシガレットとかいう奴がなんなんだ?」
「…もう一度だけ忠告するわ、質問はこっちがする。
貴方達は、はい、か、いいえ、だけで答えればいいの。」
忠告してくれる程度の脳みそがある分この間のクラリスよりマシなようだ。
「いいえ、私は知りません。」
フリオがそう答える。
そして俺の背中をトンと叩いた。
「俺も知らないな。」
恐らく同じ言葉を返せという意味なのだろうと思い俺も知らないと答える。
「嘘。」
間髪入れずに目の前の女がそう返す。
「両方嘘だと思うけど、少なくとも、後で答えた貴方は何か知ってるよね。」
喉がなる。
淀みはなかったはずだ。
そもそも嘘を嘘とどうやって見分ける?
「…まぁ、いいわ。
姉さんはまだ来てないし、貴方達には答えたくなるように細工をしてあげる。」
人の輪郭が手を上げて指を弾いた音が広い空間に木霊した。
「『水枷』。」
「ぁ?」
足元から何か冷たい蛇が這い上ってくる感覚。
それは、確かに俺の足首から脹脛を螺旋状に上り、太ももを直線に、股間部を駆け上り、腹と胸を通り首元と口元を巻くように覆った。
そして、そこから細い管のようなものが俺の食堂に侵入してくる。
わずか1秒未満の出来事だった。
「シスさーーーぐ!?」
口に何かがまとわりついている。
触れても、その何かは取れない、手が少し濡れるだけだ。
隣を見るとフリオにも何かがまとわりついていた。
首の周りに高速で回る液体。
触れて溶けないということは酸や溶液ではなさそうだが…。
「今貴方達に水で作った枷をつけた。
今いる場所からこの出口に向かって一歩動くたびに水を喉から肺の中に貯めていく枷よ。
他の全員にも同じ物を付けておいたから。」
サラリと、恐ろしいことを宣っている。
「答える気がないならそれで構わないわ、悪いけど姉さんが来るまでの間はそのままでいてもらうわ。」
巫山戯るな、そう思いながら一歩足を踏み出す。
途端、左胸に冷たい何かが入る感覚。
「…っ!?」
思わず下がって咳き込む。
「忠告を聞かないのは勝手だけど、本当に死ぬわよ?
知ってることを教えたくなったら何時でもその真ん中にある水の塊の中に拳を突っ込んでくれれば良いわ。」
そう言いながら指を刺す先には水で出来た巨大な球体。
そこから数本管が伸びているのが見える。
アレをなんとかすれば……
「何を考えてるかはなんとなく分かるけど、それは水で出来てるから壊せないし、此処には水気が満ちているから際限なく修復できるわ。
無駄な事は考えない方がいいわ。」
この前といい、今回といい、俺は危機にあうのが得意らしい。
この前は自ら虎穴に飛び込んだ形だが、今回は巻き込まれたと言っていいだろう。
「さて、私は姉さんを迎える為に準備をしておくわ。
貴方達はただの餌だから、あまり無茶はしないでよね。
姉さんが正気に戻るか、私が死ねばそれは解けるから安心して囚われておいてくれるかしら。」
こいつはなんだ?
言っていることが無茶苦茶だ。
シガレットの事を探っているのか、姉さんと呼ばれる誰かを待っているのか、此方から情報を聞き出したいのか、拷問をしたいのか、攫ってきた俺達を餌にシガレットを呼び出したいのか、殺したいのか、死にたいのか、なんなのか。
全く持って話がとっ散らかって分からない。
狂人という単語が頭の中にじわりと浮かぶ。
逆光で顔は見えない、それ故に想像が掻き立てられる。
想像の中の今の瞳は血走りひん剥かれている。
「ま、動いて勝手に死ぬならそれはそれでどうぞご自由に。
じゃあね。」
そう言いながら扉を閉める。
また此処にはライターの微かな明かりだけになった。
向こうには此方と会話をする気はないらしい。
此方が返事を碌に返さなくても勝手に話してくる。
言葉のキャッチボールではない、一方的に向こうの言葉だけを叩きつけられたいわば言葉のドッヂボールだ。
自分の都合の良い話だけを聞こうとしている……ってことか?
「シスさん。」
フリオに声をかけられる。
表情は変わっていないが声だけは神妙な感じだ。
「なんだ?」
「今何を持っていますか?」
持ち物の確認か。
「今持ってるのはお前の手元にあるライターとタバコと、財布と……」
携帯電話は無くなっているらしい。
地下放水路ということだから通話はできないにしても乏しいながら灯り代わり使えるかと思ったが、流石にそれは徹底していたらしい。
「携帯ですよね、無くなっているの。
僕も小刀とかライターとか通常なら真っ先に奪われそうなものはそのままで携帯だけ無くなっていました。」
フリオの分も回収されているらしい。
恐らく未だ気絶している他の人達も携帯だけは無くなっているのだろう。
だが、何故だ?
シガレットか姉とやらに来て欲しいのなら寧ろ携帯は置いておいた方が都合がいいんじゃないだろうか。
電話をされればここに来る可能性が上がるんじゃないのか?
「目下目標は此処から抜け出すことなんですが、あの女性の言う通りなら彼女が死ぬか、姉が正気に戻るか、このよく分からない水球を壊せば出れるということでしたね。」
いやいや。
「さっきの話を聞いて無かったのか?
俺たちが能動的に出来るのは水球を壊す事だけだ、でもそれは水で出来ているから壊せるわけがないだろ。」
フリオがその言葉を聞いて頷く。
本人もどうやら分かっては居るらしい。
「ですが、試さない理由にはならないでしょう。
僕はいつでも死ぬ覚悟出来ていますが、他の人達はそういう訳にはいかないでしょう?
…まさか、本当にあの女性の言う通り待っていれば出られるとでも考えています?」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
何故、俺は納得してしまっていたのだろうか。
「彼女の言う姉とやらが来たところで、私達が開放されるとも限りません。
なんなら私達が何かの贄にならないとも限らないわけですし。」
贄。
そう聞いて頭の中に浮かび上がるのはあの夜の記憶。
血に塗れた記憶。
確かに相手が魔女であるならあり得ない話ではない。
だが、水を操る、魔女?
どこかで、聞き覚えがある。
何処だ……?




