Cigarette so far Story and future story 2
顔に水滴が当たって目が覚める。
…ここは何処だ?
目を開けてすぐ目に入ってきたものは何もなかった。
周囲を完全な暗闇が支配している。
周囲の状況を確認する為に耳をそばだててみる。
雫の落ちる音が時々聞こえるのと……遠くからザァザァと水の流れる音。
だがくぐもって聞こえる、つまり俺はどこかの部屋の中に閉じ込められている?
恐らく床と思われるものの材質はコンクリートか何かだ、そして今更だが非常に冷える。
ポケットを探ると、ライターがあった。
とりあえず、火をつけてみる。
小さな光が辺りを照らす。
目の前には手が回らないくらい巨大な柱。
何処か濡れそぼって見える、というか、実際濡れているのだろう。
なんだ?ここは?
待て、まず思い出せ。
俺が目を覚ます前に見た最後の景色はーー。
……背筋に寒い物が奔った。
そうだ、シガレットのいる森から少し出た所で見かけた存在であろう奴と、シガレットそっくりの歯をした女の2人に逆さ吊りにされて顎に衝撃を受けて意識を失ったんだった。
森から出た時も確か二人組だった気がする。
「シスさん。」
突然響いた声に俺はライターを取り落とした。
カツーンという音が辺りに響きながら、落下の衝撃とともに火が消えた。
誰だ…?
「すいません、たった一つの明かりを落とさせてしまって。
僕です、針生です。」
「ハリオ…?」
…ハリオ……誰だ?
「ああ、すいません、フリオです。
イースタン邸執事をやっています。」
フリオ…あぁ、四面四角の無口な男か。
って、「なんでおまえが...?」
顔すら見えない暗闇の中だが、声自体は間違いない。
イースタン邸で聞いたフリオのモノと一致している。
「貴方も連れてこられたんでしょう?」
連れて……いや、確かにそうか。
気付いたらいた訳だが間違いなくあの二人組に連れ去られていたわけだ。
「…まぁ、そうなるな。」
そう言いながら足元を探る。
カツンと音がして、ライターを蹴ったのがわかった。
それが近くの何かに当たり、誰かがそれを拾い上げる音が聞こえた。
そして目の前で火がついた。
「こんなところで会うことになるとは夢にも思いませんでしたね。」
声は弾んではいるものの、ピクリとも表情筋は動いていない。
この前に出会った時と何一つ変わらない。
が、むしろそこに安心する。
「本当にな、俺だって想定してなかったよ。」
気絶する前に新しく出会った存在はノワールも含めて俺には刺激が強すぎたのだろう。
本当にここ数週間で信じられないほど濃い体験をしているのだろう。
小学生とか幼稚園の頃の見るもの全てが真新しい感じに近いというかなんというか。
いつもの生活だとあっという間に過ぎていくはずの毎日。
それが、物凄く濃縮されている感覚というか。
それでいうとこの場所もそうだ、俺の腕が回らないほどの太さの柱。
多分に湿気を含み、暗闇しかないこの場所。
「…ここは一体…。」
「恐らく、地下放水路ですね。」
…なんだって…?
チカホウスイロ?
「知っての通り、この国は雨がとても振りやすいんです。
私のいた国だと屋久島や尾鷲市みたいなものです。」
ヤクシマ…オワシ…?
何処の国だ?
「そういう場合、下手すれば洪水が起きないとも限らない。
その為の水を逃すための通路が地下、放水、路というわけです。」
なるほど、意味は理解した。
が、こんな所に連れ込むのは何故だ?
気絶する前に聞こえてきたのは俺を拉致する旨と姉の為という内容。
俺とフリオの共通の知り合い…。
「なぁ、フリオ。」
「なんですかシスさん。」
「お前、警察署に知り合いはいるか?」
予測はついているが、ありえないところから潰していこう。
「…まぁ、居なくはありませんね。
ごく稀に隊長の命令で着ぐるみに入ってますから。」
ふむ、着ぐるみ……着ぐるみ!?
「は!?」
「あれ、知らなかったんですか?
ローク君の中身は僕ですよ?」
ローク君は警察署のマスコットキャラクターだ。
ロークタウンの街の花であるベニバナが頭に咲いている丸っこいフォルムの見た目で市民に愛されており、その着ぐるみのままバク転をしたりする為に相当運動能力が高い人間が入っているのだろうと感心していたが……。
って言うか思ったよりフランクに喋るな。
そう思っていると、嗚呼、と言う顔をしながらフリオが此方を見た。
「コレが素の僕です、普段は気が抜けるから真剣な場ではあまり話すなってベリーさんに言われてまして。」
またあの女暴君か。
本当に好き放題だな。
「あっ、ベリーさんには内緒でお願いします。」
「別にここで何があっても話すつもりはないが…。」
いや、そんな事より。
「警察署内の知り合いって誰だ?」
「当然イースタン隊長ですよ?」
そりゃそうか。
「他には?」
一応聞くが…
「他、他ですか……特にいないですね、スードラさんには一回中身を見られていますが。」
警視は知ってたのか。
という事は警視の奥さーー。
頭の中とはいえ話が逸れそうになるのは不味いな。
という事は、警察署内の知り合いの線は薄れた。
「女に知り合いはいるか?」
「シスさん、回りくどいですよ。
何か聞きたいことがあるんですよね。」
……スッパリと斬られた。
こういう事には疎いと思っていたが。
「はは、腐ってもイースタン隊なので、相手の表情で何を考えているかは分かりますよ。
今も少し僕の事を馬鹿にしてましたよね。」
背筋に寒気が走る。
「あ、大丈夫です。
普段の僕を見ていればそう思われてもおかしくないですし、寧ろそう思って貰えているなら擬態が上手くいっているという事なので。」
「擬態…?」
「はい、弱者に偽装するのも一つの手ですので」
そう言われて気付く。
背こそ低めではあるがその体に搭載された高密度な筋肉を。
執事服とは違いただのTシャツにパンツのスタイル。
少しサイズが大きめだったから身体の方は見えないが、手首から先と首の太さと僧帽筋だけでも凄まじい事になっているのが分かる。
何故俺はフリオを一瞬でも馬鹿に出来たのだろうか。
今この瞬間だけは、署長の腹心の1人であることまで忘れていた。
「いや、俺とフリオの共通の知り合いに女が居るか確認したいだけだ。」
とは言うものの先程の考え通り予測はついている。
「…女性ですか、イースタン隊のリコ副隊長、アンナ、チェルシー、ベリーは間違いなく共通の知り合いでしょう。
後は娼館の誰かとかですかね、リリー、キャメロン、カーリー……」
「悪いが、俺に娼館の知り合いは居ない。」
「冗談ですよ。
意趣返しです。」
表情を変えずにフリオが此方を見て口角だけを上げた。
俺の周りくどさに対するって事だろう。
「恐らく同じ答えに辿り着いてますよね?
そう、シガレットさんです。」
やはり、そうなるか。
「思うにシスさんは何か攫われる前に気になったことがあるんでしょう。」
「ああ、姉の為に俺を攫う。
そう誘拐犯ご本人から丁寧に話されたよ。」
フリオが表情そのままに眉根を寄せる。
「あの骨頭が喋ったんですか?」
「何言ってるんだ?
俺に話しかけてきたのは女だ。」
口元に手を当ててフリオが沈黙する。
「其方が攫われた時は2人居たんですね、シスさん?」
数秒経ち、フリオが口を開く。
「そうだが……まさか」
「私の時は恐らく1人だけでした、ヌルッとしたもので顎を打たれて脳震盪を起こしましてね。
気付いたら建物の上を抱えられて走られていました。
覚醒した事を知られないように気絶してるフリをしながら此処まで連れてこられたんですが……。」
なら入り口や出口を知っているってことか...?
「目は瞑っていましたが、うっすらと目を開けて確認していた地形や道のりから考えて、恐らくここはローク地下放水路で」
ガコンッと何かが開く音。
「…随分と元気ね。」




