Cigarette so far Story and future story 1
ようやく、家に着いた。
この家から飛び出したのが恐らく2時ごろ。
今の時計が差している時間が8時を過ぎたあたり。
追いついたまでは良かったが、戻るのに時間がかかりすぎだ。
あのまま追いかけてもストックを切らした私では追いつくことはおろか、その先でアリアナが誰かを襲ったとするならそれを守ることすらできやしない。
だからこそ、小屋に戻り追いかける準備をするつもりで戻ってきた。
…この考えが間違いでなかったと信じたい。
アリアナが言っていた言葉が耳の中で反響する感覚が私を襲う。
私と関係のある人間を殺す。
殺して回る。
私がオルガナから離れてから、私を見つける為にそんな言葉が出るほど荒んだ生活を続けてきたのだろう。
死んだ動物を慈しみ、結果体内のあらゆる水分を動かし、死体を行動させるほどの力を見せたアリアナ。
よく友人達と笑いながら、話し合っていたアリアナ。
休みの日は何時もオルガナ中の花畑に自身の異能で水を撒いていたアリアナ。
その彼女の口から出てきたのが『殺す』と言う言葉だったことがショックで仕方がない。
……悔恨は後に回そう、今はそんな場合ではない。
揺り椅子に腰をかけて大きく息を吐く。
体力的にしんどいとか、そういったことは一切ないけれど、森の中を歩き回るのは非常に時間がかかる。
煙草も煙も全て切らしてしまっては正直言ってどうしようも無い。
材料はあっても湿気ってしまっては意味は無い。
途中で獣に襲われるし、根っこに足を引っ掛けて転けるし、猟師が仕掛けていた罠に引っかかるし。
とはいうものの運は非常に良かった。
根っこに足を引っ掛けたものの、割とすぐ復帰できる程度だったし、罠も吊り下げるタイプではなくベアトラップだったから足を千切るだけで済んだし。
獣も野犬で、噛まれた腕をそのまま大木に叩きつけたら脳漿をぶちまけて死んでくれて非常に助かった。
あれが熊だったらその膂力でボロ切れみたいにされた挙句に、気が向くままに体を食べられ続けていただろうし。
いや、まぁその気になれば火くらいは出せるが、アリアナが撒いた水のお陰で火力はそこまで出ないだろう。
…熊に出会ってたら本当にやばかったかもしれない。
私は剛腕の魔女と違って腕力が強いわけではないし、煙草の煙は扱えても元がなければどうしようもない。
だからこそ、アリアナの相手は正直辛い。
相性的に言うのであれば最悪だ。
だが、私が方を付けなければならないのは自明の理だ。
何故ならあの子は私の妹なのだから。
いつかケリをつけるのだとしても、今では無くていい筈だ。
だが、もしも、あの子がシス君やイースタン邸の誰か、そうで無くとも街の誰かに手を出したなら......。
小さく喉が鳴り、溜息が口から漏れた。
私は手を下せるのだろうか。
ついこの間、シス君にああ言ったばかりだと言うのに、早くも私の決意は揺らごうとしている。
…他の相手なら、誰であっても構わない。
シルヴィアでも、彼方でも、ピーアであろうと…誰であろうと手を下す準備はできている。
私がシス君に言ったことは本気だ。
だが、残った唯一の同族であり血を分けた家族を。
私の妹を。
優柔不断なのはわかっているけれど。
でも、実際にその判断を下す時までこの件は保留しようか。
今は彼女を追いかける準備を進めるとしよう。
割れてしまった小瓶の補充とーーーそういえばこんな物もあったなぁ。
……切り札がわりに使えなくもない……か?
試してみないと正直分からないが、これなら或いは彼女の異能を無効化できるかもしれない。
彼女が転進を決めた時に私に見せた力で全てなのならば、可能性は割と高いだろう。
正直私も初めての試みになるがーーー。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
家に置いてある黒電話がなった。
嫌な予感がする。
店の電話の方ではなく、家の電話番号を知っているものは非常に少ない。
「……」
「シガレット様!ようやく繋がりましたか!」
この声は…
「イースタンの小僧か、どうしたんじゃそんなに慌てて。」
惚けるふりをしながらも、想定していく。
この状況で連絡があると言うことは、何かしら想定外のことが起こっているに違いない。
アリアナが私に向かって言っていた言葉。
目星をつけていた人間。
徐々に想定が最悪の様相を呈していく。
「現状だけ言います、シス警部とフリオ、そして民間人数名が攫われました。」
思わず口を開けて呆けてしまった。
「相手はシガレット様を名指しで呼んでいます。
ですが、連絡がつかなかったので我々で取り敢えずツーマンセルの部隊を編成し、ローク地下放水路に向かっています。」
「…そ、うか。」
「ネル様とラケニカ様はシス警部の家の中でチェルシーと待たせてあります。」
彼から連絡があった時点で、近しい者誰かが毒牙にかかったであろうことは想定できていた。
それが、1人ではなく、2人。
更にはそれ以外に、恐らく私と絡みのあった数名の人間を攫ったと言うことか。
「相手は恐らくーー」
「水の魔女、アリアナ・クローネ・トリアイナじゃよ。」
ここまで来て隠す必要はない。
「丑三つ時から一時間半程相手をしておった。
そして、逃げられてしまった。
……すまんな、イースタンの小僧。」
電話の向こうから息を呑む音が聞こえる。
「…いえ、誰にでも、失敗はありますから。」
絞り出すようなその言葉。
責められた方が幾らかマシだ。
彼が知ってか知らずか、それは私に響く。
胸の奥と腹の奥と背筋に寒気が走る。
……私も随分と人間臭くなったものだ。
「私達は先に作戦を開始します。」
正直助かる。
だが、私も当然急がなければいけない。
昔のアリアナなら兎も角、今のアリアナが何をするのかは正直解らない。
「ローク外郭放水路の場所が分からない場合はチェルシーの方に聞いてください。
電話番号はーー」
「必要ないわい、確かにワシは外郭放水路の場所なんぞ知らんがチェルシーはシス君の家なんじゃろ?」
「ええ、そうですが……。」
なら、「直接行くわい。」
その方が話が早くていい。
「…分かりました、お気を付けて。」
「お主の方もな。」
そう言って電話を切る。
もう一度、大きく溜息をついて、揺り椅子の肘掛けの仕掛けの中に仕舞ってあるタバコを一本取り出し火をつけて口に咥える。
肺に煙をゆっくりと溜めて
長く細く吐いていく。
濡れた外套に被せるように。
次に部屋全体に充満させる為に今度は葉を極限まで詰め込んだ煙草を数本同時に吸っていく。
今度は短く広く。
一息ごとに数ミリずつ灰と化していく煙草を見ながら想像する。
これまでのこと、これからのこと。
シス君のこと、フリオのこと。
ファルシオン・イースタンとベリー、チェルシー、デニス、アンナ、ロドリーゴ。
ネルのこと、ラケニカのこと。
オルガナのこと、アリアナのこと。
私がついこの間手を下した、クラリスのこと。
死体を持ち去ろうとした二人組。
彼方とその弟子のこと。
どうすれば、犠牲を出さずにこの場を収められるのか。
部屋が霞がかっていく中で、私の脳みそがフルに回っていくのを感じる。
薫る煙草の煙が私の全身を包んでいく。
今ある人達をどのように動かせば最善を得られるのか。
私1人で向かうと言ったほうがよかったのだろうか。
だが、殺して回ると言われた手前、1秒でも早く現場にたどり着ける人々が必要ではないだろうか。
「結局、この異能に頼らざるえんわけか……。」
口から、溜息と煙と共にポロリと漏れたのはそんな言葉だった。
自重気味に口角が上がる。
新しい煙草数本に火をつけて一気に吸っていく。
半分は先程と同じ葉を極限まで詰め込んだもの、もう半分は1番最初と同じ普通の煙草。
今回は溜め込めるだけ溜め込む、十重二十重に外套の中に織り込みながら、最後に小屋中の煙をストックする。
そう思い吸いながら、地下に向かい、更にその下にある隠し扉を開ける。
目の前に大量の瓶詰めされたシャグと変色した様々な葉。
あらゆる葉とシャグを煙と服の間に織り込んでいく。
丁寧に丁寧に、絨毯を折るように、服、煙、シャグ、煙、服、シャグ。
多少時間はかかるが、アリアナに対抗する為に。
…私の思う大団円を目指す為に。




