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BLACKDOC in HOUSE 8

デニスがネルちゃんとラケニカちゃんに本を読み始めて10分程経った頃。

部屋のチャイムが鳴り響いた。

覗き穴から外を覗くとそこには見知った顔が並んでいる。

これからのことを考えて憂鬱な気分になりながら、軽くため息を吐いて扉を開ける。

入って来たファルシオン隊長に「お疲れ様です。」と声をかける。


隊長は黙って部屋内に入り、チェルシーとデニスのいる部屋の中に入っていった。

続いてアンナ老と師匠も。

入り際にアンナ老に背中を叩かれる。

気合を入れ直しておけという事か、痛みは無くても本当に骨身に染みる。

「あっ、しょ長とアンナとロロリーゴだ!」

「ネルちゃん、久しぶりですね。」

そう言いながら隊長はしゃがんで頭を撫でた。

「ろぉいーご!」

「其方の子がラケニカちゃんですね。

 初めまして、ファルシオン・イースタンです。」

「いぃすあん!」

自己紹介をしながら恭しく頭を下げて挨拶する隊長の頭をラケニカちゃんが叩く。

目を丸くしてデニスが音の鳴った方向を見ていた。

「いぃすあん!いぃすあん!」

パシンパシンといい音がなっている。

吹き出しそうになる。

さっき見たアンナ老の私に対する行動を真似している感じだろうか。

「元気ですなぁ。」

「そうだね。

 さて、ネル、ラケニカ私が向こうで本を読んであげるからおいで。」

そう言いながら、アンナ老がネルちゃんとラケニカちゃんの手を引いた。

「デニスとチェルシーは?」

「みんなでシスおじさんを助ける為にお話をするからちょっと待っててね!」

チェルシーがしゃがんで元気に答えて頭を撫でる。

クソッ、羨ましい。


「うん! わかった!」

「わかっあ!」

「2人とも行くよ、今日はどれを読んであげようかねぇ。」

そう言いながらベッドの方に歩いていく。

私があの立場に立ちたい。

立たせてもらえないだろうか。

「良い音したね! しょ長の頭!」


我慢出来ずに吹き出してしまった。

私と、デニスとチェルシーの3人がだ。

師匠は先ほどの電話口とはうってかわって鉄面皮。

そして、隊長が一つ咳払いをした。

「さて、状況は聞いていますね?」

「はい、シスさんが攫われたと言う事と……若干信じ難いですがフリオも攫われているそうですね。」

デニスの話に隊長が頷く。

フリオが攫われたと言うのが未だに信じられない。

近接戦闘なら私を凌ぐ彼が師匠と共にいて尚攫われるとはどう言う状況だったのだろうか。

「犯人の居所も割れています、ベリー、ロドリーゴ、写真を。」

2人揃って携帯電話で撮っていた写真を机の上に置く。

師匠の写真を見てみると、私と全く同じ文言が書いてあった。

即ち。


シガレット・スィガリエータに告ぐ。

お前の愛する街の住民を数人集め1人ずつ殺す。

止めたければここまで来い。


「指定場所は……ローク地下放水路ですね。」

「あからさまに罠ですよ隊長!」

「分かっています、チェルシー。

 昨晩のベリーの話から察するに恐らくは『水の魔女』と言ったところでしょう。」

『ロックガット』に突入する前に覗いていた店内の状況は隊長には伝えておいた。

こう言うことで隊長の推理が外れたことはないし、彼女に確認すれば恐らく確証を得ることができる。

私の考えともあっている。

…一つ理解のできないことはあるけれど。


「恐らく向こうの考えは、シガレット様を呼び出し何かしらの要求をする事でしょう。

 そして、恐らくはこの言葉を周囲の目に止まる様にする事でシガレット様自身の孤立と攫った人間の身内をさらに人質にする事と見ています。」

「今回の件、我々の関係者を狙い撃ちにした線はありませんか?」

デニスからそんな質問が飛ぶ。

それに関しては私も帰り道みち一瞬考えた。

「その線は薄いですね、何故なら同様の事件が今朝までの間に数件起きているからです。

 シス君を皮切りにフリオが連れていかれるまでの間に少なくとも2名。

 我々とも、煙草屋とも、警察とも関係のない人間が連れ去られています。」

やはり、偶々で合っていた。

「フリオの件を考えればわかるでしょ、あの作戦の時フリオはあの場にいなかった。

 仮にフリオとロドリーゴとアンナの顔を知ってわざと攫うにしても、1番梃子摺りそうな顔面が石像みたいな奴を選んで連れていくと思う?」

「か弱い老人だと思っていただけているなら光栄ですな。」

か弱くは全くない。

還暦を悠々と超えておきながら私を腕力だけで投げ飛ばすことのできる筋肉。

あのバトラーコートの内側にどれだけ高密度の筋肉が搭載されているのだろう。

男の裸には一ミリも興味はないが。


「ロドリーゴさんがか弱かったら、普通のおじいちゃんはシャープペンの芯か何かですよ。」

例えが素直に秀逸だと感心してしまう。

普段の言動からは考えられないほどチェルシー自身は地頭がいい。

まぁそうでなければ工兵になど慣れるはずもないんだけれど。

その鋭い言葉に対して師匠は豪胆に笑い飛ばした。

「で、どうするのですかファル坊ちゃん。」

「取り敢えずシガレット様が来るまでは待機です。

 が、連絡が現在もまだ取れていませんので、臨時の策を同時に走らせます。」

そう言いながら狭いテーブルの上に隊長が地図を広げる。

よく見なくてもわかる、どこかから拝借してきたローク地下放水路の構造図のようだ。

そういえば、「仮に他に一般人も攫われたとして他の人間が場所を見て足を踏み入れる可能性があるのではないですか?」

と、思った疑問をそのままぶつける。

「そう思ったので、夜勤に市内の見回りとそう言う内容があった場合には私に報告後、写真を撮り痕跡を消しておく様に頼んでいます。」

流石だ、抜かりが無い。


「さて、改めて臨時の策ですが。

 今回の相手は1人ではありません。

 ベリーとロドリーゴの話を総合した結果ですが、少なくとも魔女が1人とよく分からない化け物が最低でも二体いると考えられます。」

最低でも? どう言うこと?

隊長の言葉を鵜呑みにするのであれば、チェルシーの足に追いつけ壁を跳ね回ることのできる舌が伸びる怪物がたくさんいることになる。


「あんなのがいっぱいいるってことですか…?」

チェルシーも同じ疑問を持っていた。

その言葉に隊長は頷いた。

「ベリーがいたリンガーマートからロドリーゴ達のいた山までは数キロは離れています。

 いくら相手が健脚であったとしても、わずか10分程度でその距離を走破してフリオを攫うことはできないでしょう。

 それにーー」

「私の目の前にはその少女とやらは現れませんでした。

 化け物の身長も私をためを張る程度……少年と呼ぶには流石に大きかったですからなぁ。」

隊長の言葉の途中でちらりと見られた師匠が言葉を続けていた。


「ですので、今回は3チームに分かれます。

 1チーム目はアンナとロドリーゴに頼んでいます。」

この隊の一員ならば誰もが納得する鉄板のコンビだろう。

一線を退いたと本人達は言っているが、未だに私は2人に敵わない。

唯一勝ち星を上げたからこそリコ副隊長が副隊長になられていた。

「老骨には響きますがね、今回ばかりは出張らせていただきますよ。」

老いてなお盛んが正解でしょうに。


「2チーム目は、ベリーとデニスが組んで下さい。」

狙撃手の私と近づいて来た奴をデニスが相手するフォーメーションという事だろう。

だが、今回ばかりはそう言うわけにはいかない。

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