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BLACKDOC in HOUSE 7

 シガレット・スィガリエータに告ぐ。

お前の愛する街の住民を数人集め1人ずつ殺す。

止めたければここまで来い。


壁に書かれていたのはそのような文言。

彼女を知っている誰か。

恐らくは昨日私達と鎬を削り、チェルシーを叩きつけたあの二人組だ。

煙草屋の同業者の線も考えられなくは無いがーー。


耳に当てた携帯からコール音が鳴り響く。

が、10コールで出ない。

彼女は自宅にいない? なら先に隊長に連絡だ。


1コール目が鳴り切る前に電話が取られる。

「……」

電話口の相手は、ファルシオン隊長は黙っている。

「クリティカル(致命的な状況)です。」

「成程、3分後にC-2番で再連絡します。」

そのまま電話が切られる。


クソッ、自分の迂闊さに腹が立つ。

あの圧力の魔女を倒したシガレットさんが戦っていたのだから大丈夫だろうと、何処か慢心していた。

何事もないだろうと、隊長の杞憂だろうと。

この前の作戦から僅か7日しか経っていない、未だ肉片になったリコ副隊長とエンリケの葬儀すら終わっていないというのに。

イライラしながらポケットに入れておいたガムの銀紙を破いて口に放り込む。

こんな時はタバコを吸いたくなるが、折角ここ数年吸わない様にして、辞めたのだから今吸うわけにはいかない。

3分、3分、3分ーー携帯の時計を見る。

電話が切れてからまだ1分しか進んでいない。

早く、早く、早く早く。

こんなに気が急くのは何時ぶりだろうか。

怒られるのが怖いからとか、呆れられるのが嫌だとか、そう言うのもない訳ではないのだろう。

だが、それは全部自身の失態の所為だ。

1番嫌なのは自分のせいで誰かを失う事なのだ。

それが例え特に好いている訳でもない男だろうとなんだろうと。

だからこそ思い出したくもないあの日に、真っ先に狙撃手を選んだと云うのに。


コール音。

電話番号確認。

「はい。」

「取り敢えず写真だけ撮って痕跡を消した後にシス・セーロスの家に戻りなさい。

 その間にロドリーゴを呼び戻して送りまーー」

誰かが駆け込んでくる音が受話器の向こうから聞こえてくる。

と同時に音が消える、恐らく隊長が受話器を塞いだのだろう。

耳を欹ててみるが、かろうじてその声が師匠ロドリーゴのものであるとしか判別できない。

慌てている? あの冷静沈着な師匠が。

一体何が……。


「ベリー。」

隊長の声が聞こえてくる。

「はい。」

「フリオも攫われました。」

「…はい?」

「状況は追って説明しますが、恐らくあなた方に聞いていた情報と一致します。

 至急対策します、デニスに聞いた話だと其方にはネルさんとラケニカさんと呼ばれる子もいるらしいですね。」

「はい。」

「では、私がアンナ、ロドリーゴとそちらに向かいます。

 それまでシス警部の部屋で待機して置いてください。

 デニスとチェルシーには事のあらましを話しておいて下さい。

 分かっていると思いますが、コンディレッド(非常に危険)です。

 一度撃退しているとはいえ貴方も攫われる可能性があります、気を抜かないようにお願いします。」

「はい。」

そこで何時もの符牒通りの電話が切れる。


だが、どう言うことだろうか?

私やデニスならまだ理解もできるが、フリオが攫われた?

あの場所にいなかったにも関わらず…?

まさか、偶々狙った相手が私達の関係者だったということか?

いや、若しくは無差別に攫っている可能性も考えられなくもない。

仮にそうだとして、一体何人が捕らえられているのだろうか。


写真を撮り終わり歩きながらの自問自答、疑問が頭の中に木霊する。

頭は悪くない方だと思ってはいるが、探偵の真似事は良くない。

私は所詮人を殺す機械の様な物なのだから。


考えるうちにあの男の家の前。

非常に自責の念に駆られる。

落ち着け、深呼吸だ。

1つ。

2つ。

よし、ドアノブに手をかけて開く。


「おかえり!!」

元気よく、天使が、私を迎えた。

「あれ? ベリーお姉ちゃんだ!」

うぅぅん、お姉ちゃん? お姉ちゃんって私を呼んでくれるの?

「べいぃ、あねぇちゃ?」

ネルちゃんの後ろにはラケニカちゃん。

まさか天国か、此処は。

いや、仮に地獄でも構わない。

ネルちゃんとラケニカちゃんに囲まれて永遠の責め苦を味合わされるなら、それは寧ろご褒美だ。

「ねぇねぇ、ベリーお姉ちゃん。

 何でそんなにうれしそうなの? 楽しい事でもあった?」

あったというより現在進行形なんだよねぇ。

無垢で純粋で、私と違って悪にも善にも染まれる、未来が決まっていない少女2人、私を迎えてくれている。

それもお人形の様な可愛さの少女とよく見ると睫毛が長い美人な少女2人だぞ?


はー可愛い、撫でくりまわしたい。

ほっぺたプニプニしたい、髪をクンクンしたい。

2人に挟まれて嗅ぎ比べとかしたい。

2人をパンにして私を具にしてサンドイッチにして欲しい。

ここまで自分の事を慕ってくれているのなら(※別に慕われてはいない)それくらい許されるかぁ〜?

だが、残念ながら今は仕事中……全てが終わった時のご褒美にーー。

チラリと見える覚えのある顔。


「姉さん…?」

「大丈夫です? ベリーさん。」

そうだ、アイツ攫われたんだった。

愚弟とチェルシーを見て、声をかけられて、なんとか桃源郷から戻ってこれた。

「ワプッ」

ポンポンと頭を撫でて誘惑を断ち切り、部屋の中に足を踏み入れ椅子に座る。

「…シスさんはどうしたんですか姉さん。」

デニスから懐疑の視線。

いない事に違和感を持たれることは当然だ、胸の奥が少し痛む。

だが、隊長にも言われたが、これは私からデニスとチェルシーに伝えなければならない。

一つ、息を吸い込み息を吐き、「攫われたわ。」端的にそう伝える。

目を見開くデニスとよろけるチェルシー。

「今、隊長達がこっちに向かってる。

 フリオも攫われたらしいわ。

 コンディレッド、言ってる意味はわかるわね?」

殺気。

受け慣れているはずだけれど、少し異質なそれを感じた。

それはデニスの方から放たれていた。


「そんな風に睨まないでよ。」

何も言わずにこちらを睨め付け佇むデニス。

「じゃぁ私が聞きますけど、ベリーさんは何をしてたんですか?」

チェルシーからの鋭い質問。

「…言い訳はしない、この子達の分のお菓子を買い出しをしていたわ。」

「その間に護衛対象から目を離した訳ですよね。」

チェルシーからも僅かな殺気。

正直気持ちは分かる。

もしも護衛対象がこの子達でデニスやチェルシーが目を離した隙に攫われでもしたら、私なら責めるでは済まないだろう。

「……そうね。

 今回の件に関しては本当に私の所為よ。

 だからーーーー」

だからこそ。

「命をかけてでも絶対に連れ戻す。」

自分自身を許せない。

こんな状況にしてくれた相手には必ず三倍以上で返礼してやる。


デニスの殺気が緩む。

「その言葉、忘れないでくださいよ。」

……姉としても失格かも知れない。

デニスがあの男に此処まで懐いていたという事に気づけないとは。

いや、だが懐く要素があっただろうか。

護衛の間に情が映るタイプでもないだろうし。


…まさか自分の境遇とアイツの境遇を重ねている?

確かに、例の作戦前に魔女と署長から聞いたアイツの境遇は私達の姉弟に似たところはあった。

だからこそ感情移入していないとは言い切れない。

私達には絶望の一歩手前で救いの手がやってきた、その後の境遇がどうであれ、結果的には救われているし、あそこで助かっていなかったら今の出会いも無かっただろう。

だが、アイツにはそれが無かった。

仔細はわからないが助けられるまでの間、目に焼き付けられたのは魔女による同じ窯の飯を食った存在の虐殺。

自分自身の無力を呪い、矮小さに身悶えし、嘆き苦しんだ筈だ。


だからこそ私はその境遇に苛立ちを、デニスはきっと同情と憐憫を感じたのだろう。

そう思いながら、カップに入った冷めた飲みかけのコーヒーを啜る。

…割と美味い、これで一つ別の理由もできた。


「ベリーお姉ちゃん…シスおじさんはどこに行ったの?

 さらわれたって言ってたけど…。」

ネルちゃんがこっちを見ている。

責める瞳では無く心配した瞳で。

「もう本読んでもらえないのかなぁ…。」

きっとどう言う状況で攫われているのか分かっていないのだろう。

言葉と上部の意味だけしか知らないのが尚のこと私の胸を抉る。

「大丈夫、シスおじさんは必ず私と皆で助けてくるから。」

そう言いながらお菓子を手渡してあげる。

それでも少し不安そうな顔。

1番の理由が出来た。

この子の笑顔を見る為に私は必ずあの男を、シス・セーロスを助け出す。

「たすえぇくうから。」

ラケニカちゃんはちゃんと言葉を話せないみたいだ。

2歳くらいの赤ん坊のように、こちらが言っている言葉を舌ったらずに繰り返している。

非常に可愛らしい。

私の名前を今から教え込めば自意識を持って話す1番最初の言葉がベリーになるのではないだろうか。

この子はどうやらあの男のことはどうでも良いのだろう。

先ほど考えていた籠絡作戦を今こそ実行するべきでは…?


「大丈夫、こう見えてもベリーお姉ちゃんも、私も、デニス君も強いんです。

 必ず、シスさんは戻ってくるから安心してくださいね、ネルちゃん。」

そう言いながらチェルシーがネルちゃんの頭を撫でる。

満面の笑みで。

その様子を見て、ネルちゃんが小さく頷いた。

「代わりに私が本を読んであげますね!」

「チェルシーさん、病み上がりなんですから無茶しないで下さい。

 僕が代わりに読みます。」


じゃぁ、間を取って「私がーー」

「「ベリーさんは黙ってください!」」

2人の怒声。

…正直今回ばかりは本当に立つ瀬が無い。

普段なら言い返すところだが、何も言う事はできない。

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