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BLACKDOC in HOUSE 6

  さて、どう切り出したものか。

私がこの男について来たのは当然ファルシオン隊長の命令もある。

唯一交戦した私が一番コイツを生き残らせやすいからだ。

が、それは建前であり、今回ついて来た理由はもう一つある。


あの、ブラウンダイヤモンドすら霞んで見える透明感のある褐色の美幼女は一体何者なのか。

様々な色が混じった虹彩にオニキスの様な艶のある黒の髪。

香りも素晴らしかった、鼻に入ってきたのはふんわりとした土と木の香り。

恐らくは外でよく遊ぶ子に違いない。

エメラルドを嵌め込んだ緑の瞳にアンバーの様な色合いの癖っ毛を持ち、古書の香りと花の香りがするネル様とは対照的にも見える。

つまりこの2人は血縁関係ではないはずだ。

シガレットさんも白銀髪に赤い瞳だったのを考えると3人とも血縁とは違ーー待て、考えたくはない、考えたくはないが。


髪色だけで考えればこの男の子供か?

しまった、クソッタレめ、なんて事をしてしまったのだ。

みすみす仲良くなれる事由の一つを潰してしまっている、とでも言うのか? この私が?

今からでもこの男に取り入るべきだろうか。

いや、だが、この男の癖毛は黒に近いダークブラウンだ。

少し毛色が違う。

だが、だからこそ、もしかするとコイツの嫁似と言う可能性も……?


…ベリー・レッドフィールドともあろう物が情けない。

嘗ての戦地、たった1人で敵軍を恐怖に陥れた私の胆力はどこに行った。

こんなものは直接聞けば良いのだ。


「ねぇ、シス。」

そうだ聞けば良い。

「……なんだ?」

三秒ほどの空白の時間。

声をかけてからこれまでの時間に何か考えねばならない事象があったのだろうか。

まぁ、良い。

割と考える気質である事はこの前のーーー作戦の時に確認済みだ。


「あの子は一体何者なの?」

後ろを向かずに声をかける。

「…あの子? ……ああ、ラケニカのことか?」

ラケニカというのか。

可愛らしい名前だ、人名とは少し思い辛いが。

「あなたの娘?」

と聞くと同時に吹き出す音が聞こえる。

噴飯物の話をした覚えはないが、反応だけでどうやら違うことが確認できた。

「あのなぁ!俺はまだ結婚すらしてねぇよ!」

喚くな、煩い。

と言って護衛対象でさえなければ叩きのめしていただろう。

今回は残念ながらそういう訳にはいかない。

本当に残念ながら。

「ふーん、違うなら良いわ。

 あの子何歳?」

「知らないし、分からないな。

 シガレットなら何かしらわかるかもしれないが。」

彼女の関係か、だがあの歳で魔女ということも無いだろう。

否、仮に魔女であったとしても関係ない。

可愛さの前に人か、そうでないかなんて関係無いのだ。

「シガレットさんと一緒に住んでいるのかしら?」

「今はそうだな。」

…誤魔化す言葉、恐らく何か知っているに違いない。

今はという事は今後は別のところに、例えばこの男のところに住む可能性もあるということか?

毒牙にかかるのを易々と見逃す訳にはいかない、今すぐこの男を殺すべきではないだろうか。


「あー、一応言っておくが。」

頭をボリボリと掻く音が聞こえる。

「ラケニカの事はマジで何もしらねぇぞ、アイツは多分記憶を無くしてる。

 言葉もろくに喋れねぇ、それをシガレットが保護したって感じだな。」

……命拾いしたな。

今の言葉から嘘の気配は感じられない。

ならば、今からラケニカちゃんを籠絡していけば私のことを好いてくれるかもしれない。

否、そんな及び腰でどうする、ベリー・レッドフィールド。

此方側から出来る限り可愛がってあげれば必ずや恩情と温情で報いてくれるに間違いない。

ふふ、楽しくなってきたぞ。

コンビニにもついた訳だしラケニカたんの好きなものでも買って帰ってあげよう。

女の子だしきっと甘い物が好きだろうなぁ。

チョコレートとキャラメルとキャンディとマシュマロあたりならどうだろうか。

ふふ、うふふ、ふふふふふふふ。



…コイツは本当に何のためについてきたのだろうか。

俺と一緒にいて聞いてきたのはラケニカの事だけだ。

てっきりメイド長の事で死ぬ程責められるのでは無いかと思っていたのだが……今目の前でニヤニヤと鼻の下を伸ばしながら菓子棚を見ているのを鑑みるに、恐らく単にラケニカの事を知る為だけに俺についてきたのだろう。


うわ、急に笑い出した。

早朝で良かった、いくら顔立ちが整っていようが奇行には間違いない。

一緒に入ったところを見られていては俺すら同類にーー。

店員と目が合った。

瞬間に目を逸らされる。

新聞まで持ち上げて、目を合わせようとすらしてくれない。


諦めて自分の買い物かごの中にトマトの缶詰と挽肉とナスを詰め込んでいく。

ラケニカがどれくらい食べるかは分からないが、1人で大人二人前は食べるネルとデニスとチェルシーと俺とベリーの分は少なくともある。

昼飯はこれでいいだろう。

朝飯は…ハムの塊と卵と食パンでいいか。

ついでに切らしていた紅茶のパックも棚から取る。

もしいる事になっても晩飯はまた後で構わないだろう。

それこそ出前でも取るなりなんなり、ネルとラケニカの好みを聞くのがいいだろう。


…何も見なかった事にしたいが、目の前に山盛りの菓子類を詰め込んだベリーのカゴが見える。

チョコレート、マシュマロ、クッキー、キャラメル、ポテトチップス、生クリームのスプレー缶にキャンディの大袋、スコーン、グミ、ガムやらなんやらかんやらが思い切り詰め込まれている。

先ほどまで見ていたであろう棚を見ると、何一つ残ってはいなかった。

後で来るであろう子供が見たら泣くだろうに何を考えているのだろうかこの女は。

まだ、何かを積み上げようとしているベリーを放ったらかしてカゴをレジまで持っていく。

「……っしゃーせぇ…。」

新聞を置きながら、若者が俺の商品のレジ打ちを始めた。

普段ならその態度に苛つきを覚えるところだが今日だけは違う。

ベリーと同類と見られていると考えるならかなり気まずい。

商品のバーコードを読む音が鳴り響いているだけの筈だが非常に長く感じる。


「あーっしたぁっ。」

体感時間20分ほど、現実時間は5分も経っていないだろう。

この長い5分を耐え切ったからこそ、とっとと外に出てタバコを吸いたい。

そう思いながら手動式の扉を開けて寒空の外に飛び出した。

ちょっと横の路地に灰皿があるのは知っている。

ベリーが出てくるまでの間たっぷりと吸うとしよう。


1本目に火をつけて、半分ほど吸った頃だった。

ん…?

何か右足に違和感を感じる。

何かぬるりとした物が足首に巻きついてーーー。


おっ……あっ……ッッ!?

視界が、回転、する、何、が、起こっ「初めまして、名前も知らない貴方。」

急に視界に入って来たのはひっくり返った女の顔。

いや違う、ひっくり返って宙ぶらりんになっているのは俺の方だ。

「突然だけど、貴方を拉致します。

 私と姉様の為に。」

コイツは何を言っている?

顔も何も知らないこの女……いや、待て。

逆になったとはいえ、見覚えのある服。

そして、何よりも息が止まるほどの妙な威圧感…いや、違和感?

奥でローブをかぶっているコイツは、もしかしなくても森から出る時に見かけた二人組。

そして、今喋った時にチラッと見えた獣と言って差し支えのない歯はーー。


瞬間、風が吹く。

捲り上がるローブのフード。

奥に見えたのは獣の頭骨。

被っている、否、下顎と接合さーーー顎、に、衝撃。

目の前が、真っ、白ーー。




20分後。


「あぁーっしたぁー」

その声と扉を開く音はほぼ同時だった。

ベリーが山盛りの荷物を抱えて外に出る。

「待たせたわね、さっさとーー」

握りつぶされ落ちている煙草の箱と食料品の詰まった袋、そして路地側のコンビニの壁面に書かれた文字。

踏み鳴らされる足音。


「クソッタレ……ッ!」

ベリーの舌打ちが路地裏に響いた。

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