BLACKDOC in HOUSE 4
「この施術をした医者はぁ、誰かなぁ!?」
「私達以上なんて凄いよねぇ!!」
「スカウトぉ!スカウトしたいぃ! ねぇ、ノワールゥ!」
「だよねぇ、ノワール! スカウトできないなら技術を教えてほしいよぉ!」
「ねぇ、デニちんでもシスんごでもいいから教えてぇ?」
突如テンションが爆上がりした。
目がキラキラと輝いて、此方に詰め寄ってくる。
「この技術を取り入れられればぁ、困っている子達をもっと助けやすくなるからぁ!」
「まるで何もなかったかのようになってるゥ! 本当に凄いぃ! 凄い技術ぅ!!」
「縫合後なんてぇ1ミリも見えないよぉ!?」
「本当にどうなってるんだろうねぇ、触っても一ミリも違和感がないよぉ?」
「まるで縫合なんてぇしてないみたいだぁ!」
「羨ましくてぇ、妬ましいなぁ、欲しいよぉ!
この技術欲しいよぉ!!」
「「教えてくれたらぁ、お金なら幾らでもぉ、払うからぁ!!」」
先ほどまでの異質な感覚は失せ、むしろ幼くすら見えるようになった。
…まじでコイツらは一体なんなのだろう。
「すいません、ノワールさん。
先程言った通り彼は『ホワイトクロス』とは関係ありませんが、この施術をした方はもっと厄介な何かと絡んでいるものでして。」
そう指を撫でながらデニスが答える。
「ホワイトクロスよりぃ……厄介ぃっ……?
テロ集団かぁ、何かぁ?」
苦そうな顔で女がデニスの方を見る。
「…まぁ、そんな様なものですね。
巻き込まれたら大変ですので。」
男の方も渋い顔をする。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うけどぉ……ねぇ、デニちん、一つだけぇ聴いてもいぃ?」
「なんでしょう。」
「仮にデニちんが話したくない存在かぁ、存在達とぉデニちん一派が戦ったとしてぇ、どっちの方がぁ強いぃ?」
今度はデニスの方が辛そうな顔をした。
「…デニス。」
なんと声をかけていいか分からない。
エンリケとメイド長の死の事を恐らくこの2人は知らないのだろう。
だからと言ってこれ以上踏み込む様なら俺が止める。
「そっかぁ、そう言う顔をするってぇことはぁ。」
「そういうことなんだねぇ。」
心構えをした矢先にも関わらず、思いの外すんなりと2人は身を引いた。
「これ以上は我儘言わないよぉ〜、ごめんねぇデニちん。」
そう言いながら女がデニスに抱きつく。
「きっとぉ、そっちのシスんごもぉ、当事者の1人なんだろうねぇ。」
そう言いながら男が俺の肩をポンポンと叩いた。
見た目は兎も角、根は悪い奴らではないのだろう。
「まぁ、その施術をした存在ほどではないけれどぉ。」
「私達のこともぉ、また頼りにしてねぇ?」
頼りにか。
そう言えば医師集団とのことだがコイツらは俺の家で何をしていたんだろうか。
と、はたと思い当たった。
異様な状況に頭がついていってなかったが、今は背後にある緑色の布の下にはソファ。
そして唯一姿の見えないチェルシーの姿、詰まるところチェルシーの治療か。
「デニちんにもチェルっちにもベリりんにも、で、今回こんな技術があるって教えてもらったからぁシスんごにもぉ借りができちゃったからねぇ。」
「いつでも頼ってくれて良いよぉ、シスんごにもこれぇ、あげとくねぇ?」
そう言いながら手渡されたのは黒色に青い十字が目立つ名刺。
そこには電話番号と8桁の番号。
「電話したらその番号を伝えてねぇ。
そうしたらぁ、施術費用が基本的には無料になるよぉ?」
施術が無料は確かに魅力的ではあるが、治療してもらって金を払わないのは気が引ける。
「いや、そういうわけにはいかねぇだろ、今日会ったばっかで信用もクソも無いだろ。」
一応断ってみる、がおそらくこの手のタイプはーー
「大丈夫だよデニちんの紹介みたいなもんだしぃ」
「それにぃ、取る人からはぁしっかり取ってあるからぁ。」
ケタケタと笑いながら予想外の答えが帰って来た。
俺から取らない分、誰か別のやつから取るということだろう。
「あっ、そうそう、デニちん、シスんご、ノワールゥ。
後ろ向いといてぇ?」
女の方のノワールにそう言われたので後ろを向く。
俺たちが後ろを向くや否や、ガサガサと音が鳴り始めた。
先程の布とか機材を片付けているのだろうか。
ついで衣擦れの音、やはり片付けをしているのだろう。
「よいしょぉっとぉ。」
いくら勝手にやったと言っても、なんとなく女性が1人でやるのは気まずい気がする。
デニスも男の方のノワールも平気な顔で後ろを向いているが、力仕事だろうに手伝うつもりはないのだろうか。
仕方ない、「俺も手伝ーー」
振り向く前に、光るものが俺の見ていた壁に刺さる。
壁に刺さっていたものは手術用の刃物……メスだったか何か。
「後ろ向いたらぁ、今度は脳天に差し込むからぁ」
そう言うノワールの声は先ほどと同じ様に聞こえなくもないが、どこか威圧感を含んでいる。
なんで俺はこんな目にあっているんだ?
「シスんごはエロガッパだねぇ。」
言われている意味がわからない。
「手術を受けていたのはチェルシーなんですよ、シスさん」
デニスが俺に向かってそういう。
「いや、だからなんだ? 手伝わない理由がわからねぇんだが」
「此処には手術用の服とかはないんですよ、そして今回していたのは開胸手術なんです。」
そう言えば肋骨の骨折がどうとか言っていたな。
いまいち要領を得ないが、ソレがどうしたというのだろうか。
「今、チェルっちは裸なんだよねぇ。」
「チェルっちのぉ、貞操はぁ、私が守るよぉ。」
……なるほど、これは確かにエロガッパ扱いを受けても仕方ない。
「鈍いにも程があるねぇ、周りに苦労かけてなぁいぃ?」
「いや……」と言って、幾つか思い当たった。
そう言えば、署内でちょくちょくこっちを気にかけてる奴が男女共にいた様な覚えがある。
魔女のことに躍起になって周りとの接触は殆どしていなかった気がする。
よく話す相手もスードラ警視とフレッチャーの奴くらいだ。
思い起こせば学校に通っていた頃も何人かに声をかけられた覚えがあるが全て無碍に断ってた様な......。
「思い当たる節ぃ、あったんだねぇ......。」
ノワールが少し気の毒そうな顔で此方を見る。
「シスさん...。」
デニスまでもが気の毒そうな顔で見てくる。
屈辱だ。
「終わりぃ、服着せ終わったからぁ、もう後ろ向いてもいいよぉ?」
そう言われて、助かった気分になる。
危ない目に遭わされたとはいえ、この空気を脱せるのであればありがたい事だ。
デニスとノワールが後ろを向くのにつられて俺も後ろを向いた。
目に飛び込んできたのは少し血のついた寝る前まで着ていた服でソファの上で死んだように眠るチェルシーの姿。
「お疲れ様でした、ノワール」
「「いやいやぁ、こんなのじゃまだまだ恩は返せてないんだよねぇ。」」
この2人とデニス達の間に何があったのかは分からないが、軽薄そうなその話し方の中に確かに信頼が見え隠れしているのが分かる。
俺にここまで信頼がおける相手がいるだろうか、友というより戦友に近い存在は。
一瞬頭の中にチラつくシガレットの姿。
俺はそれを否定するように頭を振った。
この前の一件だけだ、戦友と呼べるほどではない、と思う。
「どうしたんですか? シスさん。」
此方の様子を見て声をかけてくるデニスに「いや」とだけ返し、乱雑に緑色の布を掴み畳む。
デニス達もそうだ、署長の命令で護ってくれただけで戦友というには程遠い、と思う。
「悩み事ぉ? それならぁ、私がぁ、聞いてあげようかぁ?
一応ぅ、カウンセラーでもあったりするよぉ?」
誰がこんな小っ恥ずかしいこと聞けるか。
「いや、気にしないでくれ。」
頼むからほっといてくれ。
「一応お医者さんだからねぇ、私達の事はいつでも頼ってねぇ?」
軽く食い下がって、男の方がふいっと後ろを向く。
まぁ、心強いと言えば心強いのか?
医者の知り合いなんざ監察医のヴェルゴくらいしか居ない。
などと考えてる内に作業は数分で滞りなく終了し、俺は珈琲をプレス式で4杯淹れてテーブルに持ち運んだ。




