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Prologue2

「さて、では無くなった方の手を見せてくれるかのぅ。」

デニスが包帯で巻かれた右手をシガレットの目の前に出した。

親指以外は先日の一件で潰れてしまった為、厳密には親指と手の平だけである。


「指は潰れた挙句下水道に放置してきて、すでに有りません。

 それでも大丈夫なんですか?」

デニスの尤もな疑問が木製の小屋の中に響いた。

「ん?問題なんぞないわい、安心せい。」

薄らと笑みを浮かべながらシガレットが言う。

「そこは信頼して良い、コイツは自分の手を治してたからな」

そこにシス警部が合いの手を入れると呆れたようにシガレットが溜息をついた。


「自分のと他人のでは勝手が違うんじゃぞ?」

「なんだ、出来ないのか?」

煙草に火をつけるシス警部を尻目にシガレットが笑う。


「出来るに決まっとるじゃろう?」

そう言いながらシガレットはタバコを咥え、デニスの手を巻いていた包帯を剥がした。

薄く瘡蓋のできた生々しい傷跡が残る右手をマジマジと見る。

シス警部は剥がし始めた時点で目を逸らしていた。


「ふむ...」

と言いながらシガレットは患部に煙を吹きかけると

「確認のために痛むかもしれんが触ってもいいかのう?」と言い出した。

「はい、構いません、お任せします。」

その質問に対しすぐ様その様に返すデニスに、シガレットは患部を見ながら薄らと頬を緩めた。

スッと骨張った指が人差し指の第一関節の半分だけが残っている指を撫ぜる。

目を瞑り何かを感じ取る様に、中指、薬指、小指を撫ぜ、人差し指の傷口をゆっくりと軽く押した。

一瞬、デニスの顔が苦痛に歪む。

と同時にシガレットは手を離した。


「シス君、そこの棚...入り口から三つ目の棚の上から三段目、左から二番目の前から三番目の瓶を取ってくれるか」

そう言いながらシガレットが指した先の棚には900mlの牛乳瓶サイズの瓶の中に乾燥し、変色した葉が詰まった物が所狭しと並んでいた。

「上から3...左から2、前からーー3...これか。」

取り出した瓶を持ったシス警部がシガレットの方を見ると、細長い鉄の棒を持って踊っていた。

その様子を見ながらデニスは壁の方で包帯を巻き直していた。

そして警部は呆然とししていた。


「...何やってんだ?」

ようやく声を上げるシス警部を無視して踊るシガレット。

「ほっ、よっ...おっ、引っかかったわ。」

よく見ると天井には丸く小さい輪がついており、細長い鉄の棒の先は曲がり、その二つがすっぽりと上手くハマっていた。

「思ったよりも重度じゃったからのう、処置は上でしようと思ってな。」

そしてそのまま、丸い輪をクルクルと回すとーー天井の一部が外れ、下に開き上から簡易の階段が降りてきた。

「ほれ、登って構わんぞ。」

シガレットがそう言いながら階段を登るように手で促した。

「やけに建物が高い割に二階がないと思っていたら...」

そう独り言ちるシス警部に

「クカカ、秘密は色々あるもんじゃよ、いい女と家の中にはな。」と、魔女が返す。

言ってろ、と小さく呟きながらまずデニスにシス警部が登らせ、その二歩後ろから登り始める。

それを見たシガレットは、相変わらず優しいものだと心の中で思っていた。

以前のマンホールの時もそうだったが、シス警部にはしっかりと怪我人や女性を思いやる心はあるのだろう。

目を軽く瞑り、フッと笑いながらシス警部が登った後ろをシガレットも登っていく。


 シス警部が天井裏だと思って登った先には、天井裏とは思えない程整頓された空間が広がっていた。

埃を被った雑貨や、季節ものの服や、微妙な玩具や、捨てられなかった古雑誌。

そう言ったものは一切ない。

一言で言えば書斎だ。

一つ、ベッドこそあるが、並べられた本棚と棚、少ない雑貨、そして、テーブルと椅子と望遠鏡。

天井と前後の壁には開閉可能な窓がついている。

ログの香りが蔓延しており、煙草の香りは微塵もしない。

天井裏だからか1階と比べて天井自体は低いと言えば低いが、屈むほどのものでもない。

広さは一階の客間のような場所より二倍ほど広く感じられた。


「さて、デニス。」

「はい。」

後ろを振り向きシガレットの方を見るデニス。

その様子を見ながら、シガレットはベッドを指さすと、

「そこに寝転んで貰えるかのう?」

と言い出した。

「は、このベッドですか?」

「うむ」

少し怪訝そうな顔をしながらデニスがベッドに寝転ぶ。


「シス君、瓶を。」

あたりを見回していたシス警部の体がビクリと跳ねる。

「あ、ああ。」

カカカと笑いながら、シガレットが瓶を受け取り、中から干されて変色した草を一束取り出すと、書斎の机に座った。

魔女の煙草のマークが入った金属のグラインダー(煙草の葉を砕くための手回しの道具)をポケットから取り出すと、手に持った葉を詰めて砕き始めた。

珍しい物を見る様にシス警部が魔女の手元をマジマジと見る。


10秒ほど経ち、砕き終わったのか、グラインダーを置き、真っ白な10cm四方の紙を取り出すと、別の茶色のタバコを今度は何処からともなく取り出し火をつけた。

魔女が煙を肺にため、ゆっくりと茶色の煙を紙に吹きかける。

奇妙なことに10cm四方の紙にかけられた煙はその範囲にとどまったまま堆く折り重なっていく。

煙を吐き終える頃には茶色い立方体が出来ていた。

グラインダーを開け、煙の中にシャグ(砕いた煙草の葉)を落としていく。

落ちる度に煙の質量が減っていき、グラインダーの中身が空になる頃には何かが印字された紙とシャグだけになっていた。

シャグを整え、いつもの様に指先から今度はフィルターを取り出し紙の上に置き、机の端を指で叩くと紙が一人でに丸まり始め、ロングサイズのよく見る紙巻きタバコの姿になった。

そして、シガレットがペン立てからペンを取り出したーーが、思い立った顔をしてペンを戻した。


「どうした?」

と言いながら首をかしげるシス警部に

「売り物では無いから印を入れる必要もないと思ったんじゃよ。」と言ってシガレットが席を立った。

シス警部が頭を掻きながらデニスの寝転んでいるベッドに歩いていく魔女の後ろについていった。

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