BLACKDOC in HOUSE 3
鼻に刺さる血臭。
あと…何だこれは薬の臭いか?
病院の中と表現しても差し支えない気がする。
目を開ける前に、考える。
ここは何処だ?
俺の家のはずだ、断じて病院の中などではない。
昨日寝る前に何が……そう魔女に、シガレットに頼まれてネルとラケニカを連れてデニスと一緒に自宅に帰り、そこにチェルシーとベリーが居て……。
カチャカチャという金属音。
そして、キッチンから何かを洗い流す水の音。
「ふぅ〜終わったぁ〜。」
「今日のも楽しかったねぇ。」
聞き覚えのない男女の声。
デニスかベリーが起きているはずにも関わらず侵入者…?
薄らと目を開けて周りの様子を見る。
見えるのは壁のみだ。
座った机の場所がまずかった。
目を開けたところで何も見えない、水音の中でガラスか何かが触れ合う音と金属音だけが聞こえている。
相手が誰かは分からないが、血臭と薬の匂いで想定できるのは何かしらの薬品を散布し動きが鈍ったデニスかベリーを殺し、寝てる俺たちにバレないうちに金品を奪って逃走しようとしているのかもしれない。
ゆっくりと腰に手を伸ばすが、空ぶる。
そうだった……今日に限って銃は腰元にない。
寝るときは何時も枕の下に置いてある、が今日に限って玄関においた鞄の中だ。
そして、その玄関に行くまでの間に何者かがいる。
せめて何か武器はーーーポケットにボールペン。
取り敢えずこれでいくしかないだろう。
「さぁてぇ〜?」
水の音が消えて声の主がゆっくりと歩いてこちらに来る音が聞こえる。
「残りの後片付けと行こうかなぁ?」
認識が甘かった、そもそも俺達も殺すつもりだったらしい。
カチャリという金属音が背後からも聞こえる。
キッチンの方に2人いたということは全部で三人…?
コツコツという音が聞こえ、俺の背後に誰かが立った。
そして、俺の背中に何かが触れる。
瞬間に、ボールペンのキャップを片手で引き抜きながら俺は襲撃者にボールペンを突き立てーーようとして止められた。
「シスさん、起きてたんですか。」
目の前にいたのはデニス。
そして俺のソファがあった場所には緑色の布が敷き詰められてその緑色の布の中に血が飛び散っていた。
いや、なんだこの状況。
まるで俺の部屋が手術室みたいになってるじゃねぇか。
「どうしたのぉ?デニちん。」
……なんと形容していいか分からないやつが目の前にいる。
デニスの旧友だろうか。
「すいません、混乱は分かります。
姉かチェルシーが貴方の許可を取る前に勝手に呼んでいたみたいで……いや、なんと言っていいか、本当にすいません。」
そう言いながら頭を下げるデニス。
いや、まぁ、その、なんだ。
デニスが悪いわけではないのにそこまで頭を下げられるとこちらが悪いことをしている気分になる。
「…あぁ、いや、ソレはいい……いや、良くはなかったが…こいつは一体誰だ?」
「ざぁんねぇん、『コイツ』じゃぁなくてぇ、『コイツら』なんだよねぇ」
そう言いながらもう1人が現れた。
先ほどしてたもう一人の声はコイツか。
見た目は飛んでいる血以外完全に一致している。
いや、鏡合わせみたいな見た目だが。
双子か?
「自己紹介はぁ、必要?」
声から察するにこっちは女なのだろう。
「しとこっかぁ、ノワール。」
「そうだねぇ、ノワールゥ。」
そう言いながら2人が此方を見て恭しくお辞儀してきた。
「「私達はぁ、医師集団『ブラックドク』のリーダーァをぉやっているゥ、『ノワールゥ』と言いまぁすぅ。
以後お見知り置きをぉ。」」
『ブラックドク』…?
何処かで聞き覚えがあるような、ないような。
「おっさんもぉ、お金くれたらぁ、死んでさえいなければ治してあげるよぉ?」
「おっ…」
おっさんじゃない、と言おうと思って止まる。
2人の年齢はどう高く見積もっても20代前半に見える。
対する俺は30代、おっさんと言われても仕方ないのかもしれない。
納得は、したくないが。
「ノワール、事実だとしてもぉ、ソレは言っちゃダメだよぉ?
名前を教えてもらえるかなぁ?」
…まぁ、デニスの知り合いという事なら見た目は滅茶苦茶怪しいが怪しくはないのだろう。
「俺はシス、シス・セーロスだ。」
2人の耳が同時にピクリと動いた。
「「シス? …シス・セーロス…?」」
…なんだ? 俺のことを知っているのか…?
2人は此方を見て不可思議そうな目をし、2人同時に目を輝かせた。
「「シスんご!」」
?
シスンゴ…ってなんだ。
「おい、まさかとは思うが…。」
いやいや、そんなまさか。
さっき言ってたデニチンっていうのも良く分からなかったが、デニスの方を見ながら言っていたよな?
いや、でも、まさか、そんな。
「貴方のぉ渾名ぁ。」
此方を見てニコニコと笑う二人。
「気に入ったからぁ、つけといたよぉ。」
おっさんとどっちがマシだっただろうか。
もし誰かの口が、例えばデニスが署長に報告して、署長の口から署内の誰かにバレたなら……翌日から俺は署内の全員に半笑いで相手にされることになるだろう。
ソレは非常に困る。
「ま、まっ」
「ところでぇ、シスんごとデニちん。」
ヤバい、定着する。
「「その傷、どうなってるのぉ?」」
一瞬、時が止まった気がした。
俺の足の先と、デニスの指を2人がそれぞれ指差している。
「…なんの話だ?」
確かにそこはついこの間、圧力の魔女とやり合った時に2人が失くした場所。
そして、今日改めて魔女が治してくれた場所だ。
「惚けなくていいよぉ?
皮膚組織が古いんだよねぇ、ここから先ぃ。」
そう言いながら、デニスの無くしていた指と俺の潰れていたはずの足首から先をなぞる。
「そのくせしてぇ、接合部分が全く分からないんだよねぇ。
ここって切断されたりとかしてる……いや、潰されてる…よねぇ?」
冷や汗が背中を伝う。
なぜそんなことが分かる?
医者だからといってそこまでわかるとは思えない。
「こんな事ができるなんてぇ……。
一つ聞きたいんだけどぉ?」
ニヤニヤと笑いながら、俺の足を指さしていた女の方が見上げてくる。
その吸い込まれるような濃い青色の瞳の奥。
何処か狂気すら感じるような、その瞳の奥に俺は深淵を覗いた気分になる。
地面に足がついているはずなのに、奇妙な浮遊感。
そして、奇妙な威圧感。
俺は間違いなく、コイツらがこの後する質問に答えてしまうだろう。
2人の口が開くのが酷くゆっくりに感じる中、俺は溜まった唾を飲み込んだ。




