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BLACKDOC in HOUSE 2

「事は夕方に遡るんですけどね?」

そう言ってようやくチェルシーが口を開いた。

久々にファルシオン・イースタンにメイドと執事達は休暇を貰ったらしく、デニスはもとより予定のあったシスと合流、フリオはロドリーゴと山に、アンナは親交のあった裁縫店に、そしてベリーとチェルシーは2人揃って趣味の買い物を満喫していた。

ベリーとチェルシーが銃工房、ナイフ屋、ジビエの肉料理店、小学校前で30分、ぬいぐるみショップ、情報屋、火薬店、鋳物店と回った後に違和感を感じる存在に出会った。

ソレは誤魔化してはいるが何処か腐臭を感じるローブの被った子供とベストを着ている少女の二人組。

路地を曲がり、2人が軍隊時代に扱きに扱いた男がタバコを取り扱っている店の方に向かって行くのを察知したベリーとチェルシーは二人組を尾行した。

想定通り、路地先にあった『ロックガット』と銘打たれた煙草屋に侵入した二人組。

中から男の罵声が聞こえてきて、やれやれと思っていると地面に肉が叩きつけられる音が聞こえてきた。


作戦を立て、ベリーが挑発し隊一の俊足のチェルシーが逃げる事で脅威を退けることになったがーー。


「アレは本当の意味での化け物です。

 この街の路地は完全に把握してるんです、私。

 それに私、100m11秒で走れるんですよ?

 相手がオリンピック選手でもない限りは追いつけるはずがないんです、普通。」

そう言いながらチェルシーがタオルの上を撫で、溜息をつく。

「足音、というか陥没音がしたので手鏡で確認した瞬間には距離はもう5mまで詰められてました。

 でも後数メートルで大通り、このまま行けば逃げ切れると言うところでぬるっとした物に足を掴まれて、引きずり戻されたんです!」

大きく身振り手振りをし、たまに肋骨付近を押さえながら話を続けていくチェルシー。

その顔は少し青褪めていた。

「それは細くて薄くて長い舌。

 それを認識した瞬間に私、地面に叩きつけられて意識を失いました。」

シスの喉が鳴る。

デニスの方はいつもと同じ表情でただ淡々とその話を聞いていた。


「あと覚えている範囲だと、『ロックガット』の店内に叩きつけられたことと、ベリーちゃんが助けてくれた事くらいです。

 ベリーちゃんがあそこを何とか収めてくれたんだと思うんですけど...」

「まぁ、姉は暫く起きないでしょう。」

未だに幸せそうな顔で鼻血を垂らし地面に倒れているベリーを見下ろしながら、デニスが若干呆れた態度を見せた。

「まぁ、何で来たのか理由は分かったが……」

本当に俺の家に来なければならなかったのか?という言葉をシスが飲み込む。

聡明な署長のことだ、シガレットと綿密な関係を持つ自分が狙われる可能性は充分ある。

それ故に、一度は撃退したベリーを護衛につけてくれているのだろう。

「…お前らの分の朝飯と昼飯は保証しないからな。」

遊び半分の可能性も若干考慮しつつ、状況を何となく察したシスはそう言葉を濁した。


「泊まっていいんですか?」

「ガキの相手を俺一人に任せるつもりか?」

シスが換気扇を回し煙草に火をつける様子を見て、少し口角を上げてデニスが笑う。


そのまま、シスが煙草を吸い終わるまでの間三人はテーブルで談笑した。

改めて聞いてみるとやはり署長の命令で護衛を務めてくれるらしい事が発覚した。

それから今日の事、ここ数日の事、エンリケとリコの話と圧力の魔女のことには触れずに長年の連れ添いの様に他愛のない話を。


煙草が吸い終わった後にデニスとシスがベリーをマットの上に置き、怪我をしているチェルシーをソファの上に連れて行く。

そうして、思い出した様にシスが車の鍵をかけに行き、部屋に戻って来てタバコの2本目を半分吸う頃、時間は3:00を回ろうとしていた。

「シスさん、姉が目を覚ますまでは私が起きていますので。」

「…あ?あぁ……すまん、寝てたか、俺。」

目を擦り、ぼんやりとデニスの方をシスが見る。

「無理は禁物ですよ、肋がイっていても私は大丈夫なんでシスさんは寝ててください!」

「……ぉぅ…。」

限界が来ていたのだろう、その言葉を聞くやいなやシスがタバコを灰皿の中に突っ込み、椅子に座ったまま机に突っ伏しいびきをかきはじめた。


「おやすみ〜」

「貴方も寝てて下さい、チェルシー。」

元気そうに話すチェルシーをデニスが諌める。

「連絡の取ったから『ブラックドク』が来てくれるまで待つよ。

 夜中だけど来てくれるって言ってたからさ。」

寝転びながら胸を張るチェルシーに対しデニスがため息をついた。

「呼んでたんですか。

 シスさんの許可もなく。」

「ぁ。」

チェルシーの顔に脂汗が浮かぶ。

「今からの施術であればあなたは眠ることになるでしょうし、どう言い訳するのかはーー」


やりとりする最中、玄関の扉を叩く音が響いた。

「……符牒は?」

「今日は『お医者様ですか』だって。」

デニスが頷くと玄関の前に立つ。


「お医者様ですか?」

「いんやぁ〜?医者では無いねぇ。」

デニスの言葉に反応したのは男の声。

「医師ですか?」

「いやいや〜、医師でもないよぉ。」

先ほどとは違う女の声。

「では、なんですか。」

「「闇医者だよぉ〜。」」

次いで男と女の声が合わさり聞こえる。

その言葉と共にデニスが玄関の鍵を開けた。

「ひっさぁ〜デニちん。」

「チェルっち大丈夫ぅ〜?」

そう言いながら扉の前に立っていたのはまるで冗談の様な格好をした手荷物を持つ2人組だった。


まず目につくのはその髪だった。

二人揃って左右逆の腰まである長いサイドテール、顔の中心から半分はまゆの上で切り揃えられており、もう半分は纏められているものの前に長く垂れている。

青と白のメッシュの入ったその髪は奇抜と言って差し支えないだろう。

更には墨で染めた白衣にアクセントの様に巨大な十字が青色で書いてあり、前が開いたその下にはペンキをぶちまけた様なイラストのシャツを来ている。

男の方は黒いダメージズボン、女の方は裾がボロボロのスカートを履き、靴下の色も青と白の縞模様の左右長さが違うものをそれぞれ付けている。

顎から首にかかる様につけられた黒いマスク、ニヤニヤ笑う口元、その耳にはピアスをつけて、美容師がつけるシザーケースの中にメスや鉗子が入っていた。

まさに異様と言うに相応しい二人のそっくりな男女。


「久々ですね、『ノワール』のお2人。

 チェルシーの事を宜しくお願いします。」

「「貴方達にはァ〜、恩があるからねぇ。」」

そう言いながら、チェルシーの元に二人がゆらゆらとシンメトリーに揺れながら歩いていく。


「よく無事だったねぇチェルっち〜。」

「ただの骨折ですよ?」

「物凄い強い力で叩きつけられたぁ、でしょ?

 多分内臓もイってるよノワール。」

外から見ただけでそう判断するノワールと呼ばれた男の方が女の方を見てそう言う。

「やっぱそうだよねぇ、ちょっと触るよチェルっち〜。

 うん、うんうん……。

 肋骨刺さりっぱなしだから大丈夫なだけで抜けたら喀血だねぇ。」

女の方が軽く触り、手をパッと話すと笑いながらそう言った。

「これで動いてたんだぁ、やっぱみんなバケモンだねぇ。」

クスクスと二人の笑い声が木霊する。

「そう聞いたら急に気持ち悪くなって来たんですけど?」

「だよねぇ、ようやく正常〜、で、このおっさんは何者かなぁ?」

2人してシスを見て首を傾げる。

「その方は我々の協力者です、『ホワイトクロス』とそのシンジケートとは関係ないのでご安心を。」


「君が言うのなら間違い無いんだろうねぇ〜、デニちん?」

「エンちゃんかアンナ老が言っていたらぁ、信用出来なかったかもぉ、しれないけれどぉ、ね?」

その言葉にデニスが苦笑し、チェルシーはバツが悪そうに笑ってみせた。

その苦笑にはどのような意味が込められているのか2人は知らない。

その為に2人揃ってデニスとチェルシーを見ながらヘラヘラと笑っていた。

「まぁ、今は寝ていますし心配であれば起きる前に終わらせて頂ければとは」

「言ってるじゃぁん、デニちんの事は信頼してるよぉ?」

そう言いながら男の方がデニスの肩に、女の方が腕に枝垂れかかった。

「…ありがとうございます。」

その言葉を聞いて、悪戯がバレた子供のように一瞬笑うとスッとデニスから2人とも離れた。

「さぁてノワールやろうか?」

「うん、やろうかノワールゥ。」

その言葉を言い終わるや否や、二人はマスクを鼻上まで上げ、持っていた手荷物から手術着を取り出し、白衣を脱いでシャツの上から着込んだ。

更に、これまた黒いゴム手袋を取り出して装着する。


「デニちん、これお願いするねぇ」

そう言いながらデニスに女の方が霧吹きを投げ渡す。

「ここでやるならぁ無菌は無理だから、ねぇ。」

デニスは頷くと周りに霧吹きの中身を散布し始めた。


「そいっ」と言いながら男が女に注射器を投げ渡す。

「ほいっ」と言いながら女が受け取りチェルシーの腕に注射器を刺し、中の液を注入した。

「よっ」と言いながら女が空の注射器を男に投げ渡す。

まるで曲芸でもやるかの様に、二人の間で器具が飛ぶ。

あれよあれよと言う間にチェルシーの寝転んだソファの周りに開胸手術の場が出来上がる。

「チェルっちぃ〜、起きたら全部終わってるからねぇ。」

そう言いながらヒラヒラと女の方が手を振りながらチェルシーに向かって笑いかける。

「ノワール、そこまで。」

「あいょ、ノワール。」

ピタリと粘着質かつ軽薄そうな笑いが止まり、二人の目付きが変わる。

心なしか空気すら何処かのひりつく様に感じるのは雰囲気が変わったからであろう。


「時間は2時間以内を目処に。」

「患者はチェルシー・スタングラード。」

「症状は肋骨の骨折及び内臓の損傷、胸骨に罅、全身に打撲、擦過傷、足部内出血、その他細かい症状諸々」

「状況確認終了。」


その言葉と共に二人の目が更に鋭くなる。

「我々の」

男の声。

「モットーは」

女の声。

「この世の全てに」

それぞれが

「救済を」

交互に話す。

「されどその為に」

「研究と、設備と、実験の為に」

「「金を」」

息を一瞬吸い二人の声が合わさった。


「それでは手術を」

「開始するーーー。」

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