Encounter between a girl and a witch end
ー現代ー
「ーーーそして、私を殺してくれる。」
そう言うアリアナの目には涙が浮かんでいた。
頬を伝い、吸い込まれるように地面に落ちていく。
その様子を、煙に紛れ切り株となった木の影から見ていた。
私は彼女をこんなに苦しめている。
それは分かっている。
理解はしている。
それでも、彼女を私の決意に巻き込むわけにはいかない。
そして、アリアナがどのような道を歩んできたのだとしても、私は彼女の前に出てはいけない。
私と言う存在が知れて仕舞えば、彼女は私に依存するからだ。
だから私は名前を隠す。
だから私は彼女から隠れなければならない。
自身の死を偽造してでも。
ーーー例え、街の一つを犠牲にしても。
運命のラッパが吹かれるその日まではーーー。
と、彼と出会う前の私ならば思っていたのでしょうね。
「やれやれ、しょうのない奴じゃなぁ。」
今の私には、あの街を捨てる選択肢はない。
私の願いを託した彼の住むあの場所を、見捨てて逃げ出す選択肢などない。
「やっぱり、生きてたんだ。
こんな偽物まで作って私から逃げたいの?」
そうだ、私は逃げ出したい。
孤独な戦いに巻き込みたくなかった、せめて彼女だけでも平和に生きてもらいたかった。
私に残った唯一の肉親として、私が鉄槌を下す最後まで生き残って欲しかった。
できることなら何も分からないまま、生を謳歌し、分からないままに死んで欲しかった。
だが、姉妹の絆というのは思っているよりも強いということらしい。
私の異能をも易々と突破する程度に。
「街を滅ぼす、等と剣呑な考えが聞こえてきたからのう。
本当はこのままやり過ごすつもりだったんじゃが、考えが変わらんのなら仕方あるまい。」
そう言いながら、煙管と白いタバコの葉を取り出して、煙管に詰める。
「さて、先ほどのでは足りんかった様じゃからな。
改めて、今度は力で話す時間じゃ。
腕の一本程度は覚悟してもらうぞ。」
言葉だけは強いモノで飾り付けておくことにする。
本当のところ彼女のことをどうこうするつもりは一切ないけれど。
いや、覚悟がない、と言い換えた方が正解だろうか。
「ジャヴァウォッキー、下がってなさい。」
異形がアリアナの背後に下がった。
水の異能をまともに使う気なのだろう。
先程、異形に攻撃させる影でコソコソ用意していた何かーーーなるほど。
空に浮かぶ多量の水。
異形の攻撃によって地面を抉り、流れる川の水を溜めて、量を集めていたらしい。
相変わらず川を水と認識しての制御はできないみたいだが、さて、どう使ってくる?
「叩き潰せ!!」
成程、質量の暴力か。
水が手の形になり此方に向かって振り下ろしてきた、当たったら痛いじゃ済まないだろうなぁ。
ならば、此方も肺の中で練り上げておいた煙を吐き出し対応すれば良ーーー側面から、衝撃。
此方を思い切り両脚で蹴り飛ばしてきた異形の姿。
何処か獣骨頭が笑って見えるが、すぐに疑惑の枯れた声。
「成程のぅ、言葉もブラフという事か、やりおるわい。」
残念ながら、わたしは吹き飛ばない。
時間は十二分にあった。
走って追いかける間も、彼女が煙と戯れている間も。
十重二十重に煙を板状と蜂の巣状に重ね、緩衝材にしておいた。
彼女の死体人形ならば手加減の必要も無い。
煙管は咥えたまま、空いている左手で私を蹴ったままの両足を掴み地面に叩きつけ、降ってくる水の拳を迎え撃つ為に肺の中の空気を圧縮し、喉を卵大サイズのものが通る感覚を味わいながら、煙で包んだ球を飛ばす。
そのまま、異形の頭を踏みつけ、踵に力を込めて地面に埋没させる。
と、同時に球体が水の掌に当たり破裂する。
中の空気が弾け飛び、その衝撃で水の掌が破砕された。
頭が地面に埋まった異形と、人工の雨が森の中に降り注ぎ、すぐに止んだ。
唖然とした顔の少女が此方を見ている、少々気持ちが良い。
「どうした? 終いか?」
向こうとしては気付いたら地面に下僕が埋まり、渾身の一撃が破裂していた状態だろう。
「ーーっく!」
そう言いながら改めて彼女が水の掌を作ろうとしたところで体を押さえつける為に走り出す。
右手首に、何かが巻きつく感覚。
舌か、時間稼ぎーー左手首も?
目の前でニヤリと顔を歪める彼女をみている間に、右足首と左足首をも絡め取られる。
これはーー。
「一本、取られたのう。」
どこに隠れていたのか分からなかった。
元が死体だからだろうか、気配を一切感じないままに、わたしは彼女のテリトリーに入っていたということなのだろ。
手足の先には獣頭骨が4体、埋めたものと合わせて全部で5体も居たのか、これは本当に予想外だった。
まごつく間に水の掌が完成する。
「叩きーーー」
やれやれ、仕方ない。
「潰せ!!」
リソースをこんな所で吐き出すことになろうとは思わなかった。
ローブとスカートの裾から、蓄えていた煙を噴出する。
そのまま、わたしを縛る舌を肺に溜めていた整形した煙で刻んで抜ける。
先ほどまで宙ぶらりんになっていたところに落着したのか派手な音が鳴り響く。
いきなりの目眩しにも関わらず、目標は見誤らないことに若干の関心を覚えながら、煙を集積させていく。
「化け物は化け物と遊んでもらって良いかのう?」
煙を変形させた多頭の巨大な犬を煙の中から、異形の数だけ解き放ち残った煙を再度仕舞う。
彼た叫び声と、化け物の鳴き声がデュエットしながら森の中に響き渡る。
その音をバックグランドに、わたしは彼女と対峙した。
「さて、これで一対一じゃな。
今度こそ、仕置きの時間じゃ小娘。」
グルングルンと腕を回す。
力の差はわかっている筈なので逃げてはくれないものか。
だが、目の前には決意に溢れた瞳。
どれほどこちらが望んでも止まることなど無いと思うには十分すぎた。
彼女にとってはようやく見つけた姉かそれに近しい者なのだから。
彼女の喉が、唾を飲み込んだのか上下する。
水が形をなし、薄く大きい楕円形を形成する。
鋭利な刃の様にも思えるそれは、彼女の構える右腕の上に停滞し、徐々に巨大化しながら号令を待っている。
わたしは、それに対して大きく煙草を吸った。
肺の中で、練り、ゆっくりと細く吐き出しながら自分の足元を覆っていく。
数分にも感じられる数秒が経過していく、森の中の化け物同士の喧騒はどこか遠くに聞こえ、彼女の頬を伝う汗の一雫が地面に向かい草の上で跳ねた。
瞬間。
「奔れ!」の号令と共に楕円形のそれが飛来する。
思ったよりも早い、が。
わたしが呼吸を一度するよりは、遅い。
練り上げた四十一層分の煙の壁に水が当たり異音をあげる。
硬度は鋼鉄並みの煙の壁。
見えないがそれを突き破ろうとしている、この水の楕円形は恐らく丸鋸のように遠心力で無理やり壁を斬り割こうとしているのだろう。
一点に圧力をかけた方が突き破れるだろうに。
全く相変わらず、自身の異能の勉強を忘れていたみたいだ。
後できっちりお説教の時間を設けないと。
追加で二度の衝撃が私の掌に響く。
成る程、足りない圧力は数で誤魔化すつもりだ。
元が川である以上無限に水は供給される。
でもそれじゃあさっきみたいにペットボトルの水だけだと対処は出来ないだろうに。
折角だから、手持ちの少ない状態での闘い方を魅せるとしましょうか。
とりあえず現状として、衝撃の来ている角度から、私の胴を狙っている。
あいも変わらず優しい子だ、殺すつもりでやると言っていた筈なのに。
胴程度なら切断されても、忌々しいことに時間が経てば元に戻る。
まぁ、そんなことは置いといて、恐らく後二度の衝撃で私の壁は切断される。
だが、今まで手に来ていた衝撃と感覚で分かる。
全て同じところに水の丸鋸は打ち込まれている、と。
ならば、当たっている部分を当たって居ない部分で外側だけ残して補強して、私は此処から煙に紛れて移動する。
ついでに中に派手に血が飛び散るように、赤い煙草の煙で作った血袋を設置する。
ものの10秒程でアリアナの後ろを陣取り、煙管を構えた。
到着したので、煙の壁の結合を弱める。
ビキリ、と音を立てて壁が切断され霧散していく。
と同時に仕掛けた血袋が破裂し血液が噴出する。
一瞬の驚愕した顔、その首筋に煙管を当てる。
「降参、するかのう?」
いつの間にやら、死骸の異形を打ち倒した多頭の犬達がアリアナを囲むように歩く。
森の中には静けさと、全部で12の犬の唸る声だけが響く。
黙ってスッと両手を上げるアリアナ。
降参、という意味だろう。
やれやれ、手を焼かせるーーーー
「お断りよ、姉さん。」
その言葉と共に、上げた両手の先にピンク色のヌラヌラとした何かが巻きつく。
いや、何かではない。
それは間違いなく舌。
先ほど私にも巻きついていた、地面を抉り木を切断していた、驚異の舌筋。
まだ、動けたのか。
それが彼女を上空へと持ち上げ、弧を描きながら遠い場所に着地させる。
木々の隙間から差し込む月光が、数メートル先に降り立った彼女と最初に埋めた筈の異形の姿を照らしていた。
彼女から解き放たれた遺骸の舌が煙の犬達を切断し、わたしの僕が霧散する。
「街を滅ぼす前に、姉さんに関係のある人を殺して回るわ。」
わたしに関係のある人……?
「昼間街を巡っている間にあたりはつけておいたから。
そうしたら、私を殺してくれるでしょう?
殺しにきてくれるでしょう……?」
わたしの返答を待つことなく彼女は勝手な講釈を垂れ続ける。
恐らくこの家を嗅ぎつけるまでの間に見つけた誰かの事だろうがーー。
「また、後で会いましょうね、きっと、きっと!」
そう言いながら、獣頭骨の異形に抱えられて猛スピードで去っていく。
もう一度油煙を落とし追いかけーーーられない。
先ほど使った油でストックが切れてしまっていたらしい。
先程吐き出したリソースの所為で煙による空間移動も今すぐできるわけでは無い。
シス君に渡してあるもう一つの予備策も恐らく機能しないだろう。
この前のクラリスも取り逃がしたと言うのに、嗚呼、クソッ自分の迂闊さに腹が立つ。
焦りからだろうか、思わず舌打ちしてしまった。
その音と地面を陥没させながら遠ざかっていく音が森の中に木霊するのを聞き、煙草に火をつけながら……湿気って使い物にならない……思案を巡らせる。
先程彼女は言っていた、街を巡っている間に当たりをつけていた、と。
思い返されるのはデニスの台詞。
ベリーとチェルシーが彼女に出会ったという言葉。
どのようなやりとりがあったのかは分からないけれど、恐らくは私との関係を知ってしまったということなのだろう。
彼女達が自身の仲間達を売ることは無いだろう。
数日とはいえ共に過ごせばあそこの住人がどれ程の結束で守られているか分かる。
故に危険だ。
彼女達がいくら強かろうとも、魔女の異能はソレを軽く凌駕する。
それ故にこの間もリコとエンリケは死んだ。
わたしが殺してしまった、シスくんは自分の所為だと思っているだろうが、準備を終わらせることのできなかったわたしの過失だ。
性格からして、彼は断固としてわたしの過失とは認めないだろう。
慰めもなんの役にも立たないだろう。
そう言いながら、自分の鏡写しであることに気づく。
恐らくわたしも彼が同じことを言っても間違いなく彼の過失とは認めない。
……いや、今は自責の念などに駆られている場合では無かった。
なんとか彼女に、アリアナに追い付かなければ。
家に戻ろうにも割と遠くに連れてこられてしまった所為で時間はやはりかかる。
家の中のストックも大半が水で流されてしまった。
彼女から聞かされていた通りアリアナはーー
「厄介な相手じゃなぁ。」
気付けばそう独り言ちていた。
そう言う事しかできない自分に苛つきながら、わたしは結局煙管にタバコの葉を詰め、家に向かって獣道を行く羽目になった自分を恨みつつ歩き出した。




